長谷川道隆の受難
Ⅰ教室
ごく普通の高校生である飯塚真美と伊達誠司は前世の記憶がある。
そんな二人はかつて夫婦であった。
現世の彼らは現在も仲睦まじく付き合っている。
「私たちがまた巡り合ったのはまさに運命だわ」
真美は誠司と向き合い微笑んだ。
「ああ、二人はどんなに引き離されようとも必ずまた出会うことができる」
誠司も真美の手を自身の両手で包みながら優しく囁いた。
「大好きよ、ダーリン」
「僕もさ、ハニー」
周囲は完全に彼らに呆れかえっているのか無視している。
だからだろうか彼らもヒートアップしていく。
「もうどうしてあなたはそんなにかっこいいのかしら?」
「それはこちらのセリフさ。君はどんな大輪の薔薇にも負けたりはしない。そう、こんなにも僕の心を魅了してやまない…罪な人だ」
どこからかため息が聞こえるが当人たちには聞こえない。
「ダ、ダーリン!」
「ハニーーー!」
歓喜まわった二人は抱きしめあうとゆっくりと互いの顔を近づけていった。
パキッ!!
すさまじい破裂音とともにチョークが粉々に粉砕された。
「貴様らぁぁぁぁぁ!今は数学の授業中だということを何回言わせるんだ!!いちゃつきたいならあと五分待て、チャイムがなるだろうがぁぁぁくそどもがぁ」
いつもの怒声に慣れている周囲からは同意のうなずきを得られている。
現在二人がいちゃついていたのは四時限目の数学の時間。
教師は怒りは怒りのあまり顔を赤くして、荒い息を吐いている。
それでなくても数学の成績の悪いこの二人はいつもこうである。
長谷川道隆、新任の数学教師。ただ今、頭が痛い…
Ⅱ教室
それは突然だった。
「ダーリン、あの女はいったい誰だったの!」
急に怒りだした真美に誠司は大いにたじろいでいた。
「ハニー、それはいったいいつの話だい?」
なんとかなだめようと真美に手を伸ばす誠司であるが、真美はその手を打ち払った。
「ごまかさないで!今から520年前の花屋のある街角で会っていた女よ。忘れたと言わせないわ」
どうやら前世の話のようである。
「ただ道を聞かれただけどろう?」
「…離婚よ」
「り、離婚!」
慌てふためく誠司に対して真美はもう冷静なようだった。
「あの子の親権は私がいただきます」
「何を言っているんだ!あの子は僕が引き取るよ」
何やら話がどんどんややこしくなってきているようだがそろそろ堪忍袋の緒が切れてきた。
どんなにシリアスな話をされようが、今は数学の補習中だ。
それも成績が崩壊してきている二人のためのだ!
バンッ!
教科書で机をたたく音が教室に鳴り響いた。
「お前らいい加減にしろよ!今は高校生だろうが」
道隆が呆れて言うと真美と誠司はキッと睨みつけてきた。
「あなたにいったい何がわかるというの?大人の世界なの…そうね、もうはっきりさせましょうか。あなたはいったいどっちについていくつもりなの?」
「もちろん僕の方だよね?」
雲行きが悪くなってきた。
「おなかを痛めて生んだのは私よ!」
「おむつを替えていたのは僕の方だ!」
二人は道隆の肩に手をかけながら顔近くで言い争っている。
「やめろーーーー!!」
あまりのうるささに我慢できなくなった。
「何、反抗期なの?」
「なんだって息子よ!」
「うるせーー!昔はあんたらの息子だったが、今はお前らよりも年上なんだよ、教師なんだよ!敬え、現
実を見ろ!今のお前らは結婚もしてないしこどももいないだろうがぁぁ」
長谷川道隆、独身。かつては彼らの可愛い息子である。
Ⅲ職員室
道隆は頭を抱えていた。
「お前の成績はそうにかならんのか、飯塚」
かつての母の成績の悪さに嘆かずにはいられない。
「難しいと思うわ。けどそんなことより、彼女はできたの?」
「ブハッ!何言ってやがる!」
すぐさま周りを見渡したが幸い周囲は騒がしく彼らの会話は聞こえていなかったようだ。
「関係ないだろうが」
「そんなことはないわ。あっそうそう、あのことはどうなったの?ファーストキスの相手の隣に住んでいたかわいい子。えっと、5歳だったわよね」
「はっ?」
その時、職員室からざわめきが消えた。
静寂である。
道隆はすぐさま立ち上がって弁明した。
「違いますから、皆さん。ほんとうに違いますから、飯塚のジョークです。ははは、は」
笑ってごまかそうとする道隆は不意に肩をたたかれた。
ゆっくりと振り返ってみるとひきつった笑顔の校長が立っていた。
「わかっているよ、長谷川先生。けど、ちょっと大事な話があるから校長室まで来てくれるかな?」
「校長…」
長谷川道隆、彼女募集中。
ただ今、ロリコン疑惑が全校に知れ渡っている。
Ⅳ授業中
「じゃあ、この問題は飯塚」
「はい、54です」
当てられた真美は目をキラキラさせながら立ち上がって答えた。
「いい自信だ。でも違う…手を使ってもいいから計算してみろ。それにしても何でそんなにいつも自信満々なんだ」
間違ったからなのか真美の視線は下を向いていた。
「どうした、飯塚」
「……どうして、そうなの?」
「なんだ?急にってかもういいから座っていいぞ」
なにやら話を変えたほうがよさそうだ。
だがうまくはいかない。
「どーしていつもみたいにマミーって呼んでくれないの!!」
「おいおい」
「昔はあんなに笑顔で呼んでくれたじゃない!」
教室何がざわめきだした。
「飯塚、黙れ。そして座れ」
ふくれっつらの真美を何とか座らせることはできたがはっきり言ってこれはやばい。
さっさと違うやつを当てよう。
なんとか持ち直そうとする道隆だが…
「伊達だけか…」
手を上げているのは誠司だけだ。
「しょうがない、伊達」
「はいルート5です」
「これはルートの問題じゃないだろうが…」
「――――何故、伊達なんだ!!」
「お、お前もか!」
やはりこいつもダメだった。
「昔みたいにダディーってよんでくれ」
「知らん!」
何ともこの二人の今現在の名前は疑惑を呼ぶ。
はた迷惑だ。
「僕たちが過ごした日々はそんなものだったのかい!」
「伊達も座れ。俺はお前とそう言い合えるほどの時間を過ごしてはいないぞ」
もうなんでもいいからしゃべらないでくれ。
「そうよ、あんなに一緒にお風呂に入ったじゃない。私と一緒じゃないとダメだって」
あああああ飯塚ぁぁぁ!!
「眠れない夜は僕が腕枕してあげて語り合ったよね」
伊達ぇぇぇぇキサマァァァァ
必死な道隆だったがふと背中に突き刺さるきつい視線は生徒だけではないことに気が付いた。
生徒の視線はもちろんのこと今日は授業参観である。
「お、親御さん…」
『長谷川先生、長谷川先生、支給職員室まで来てください。臨時職員会議を始めます。逃げるなよ、ロリコン長谷川ぁぁ』
「くびか…」
授業後すぐにかかった放送の呼び出しに道隆は重い足を引きずりながら職員室へと向かった。
長谷川道隆、ロリコン疑惑に加えて女子生徒と男子生徒に手を出した変態教師として、懲戒免職の危機を迎えている。
「心配しないで、私たちが付いているから」
「そうだよ、僕たちが養ってあげるから」
職員会議終了後笑顔で道隆の自宅で待っていた。
前世の記憶があるというのはどうしてこんなに厄介なことなんだろう。
「ああもう!母さんも父さんも大っ嫌いだぁぁぁ」