酩酊
「大分、酔ってるんじゃないか?」
「冗談でしょ」
「本当に大丈夫なんだな?」
「勿論」
こいつはやたらと案じるけれど、あたしは自分の酒量くらい弁えている。有無を言わず口調で押し切って、あたしは店員に追加の注文を投げた。
さして上等でない店の、やはりお粗末なテーブル席。
店内は薄暗く、猥雑に姦しい。向かい合って額を寄せねば、互いの声も聞き取れない。
そんな一席で、あたしはさっきから管を巻いていた。
「しっかし馬鹿だよねぇ、アンタ。何もかもを棒に振ってさ」
「何度も言うな」
幾度目とも知れないあたしの言葉に、こいつもまた、幾度目かの同じ答えを返す。
この男は先日まで、所謂正しいものの側に居た。その歩く道は陽の下にあって、光の中で呼吸するのが当然だった。それなのに。
「オレの欲しい物はあそこになかった。ただそれだけの話だ」
それなのに、どうしてだろう。
今はあたしの隣なんかに居る。
杯を干したその瞳は後悔とは無縁に、ひどく穏やかに笑っている。
「……」
どうしてか気恥ずかしくなって視線を落とした。卓上の彼の手が目に留まる。
大きなてのひらだった。
特に深い意図もなく、沈黙を持て余したので手を伸ばす。右手でひとさし指、左手で薬指。両手で彼の指を上げて曲げて弄ぶ。
そんな会話の間隙を縫って、無愛想な店員が注文の品を置いていった。グラス同士を軽くを触れ合わせてから、一口。
「だけどさぁ……世間一般的に言って、あたしは法の埒外よ?」
「法の内側に居るのが善人ばかりとは限らない。法の外側に居るのが悪党ばかりとは限らない」
酒で少しばかり舌の回りをよくして呟くと、こいつは解ったような言葉で小器用に片目を瞑って見せた。
アルコール度数が高まった頭には、まるで禅問答だ。口を尖らすあたしを、やはり穏やかな瞳が見ている。余裕めいた態度がカンに障った。
あたしはぐいと身を乗り出した。
唇を重ねる。短く、時間とは反比例の情熱を込めて。
「……やっぱり、酔ってるだろ?」
照れを覆い隠そうとする物言いだった。勝った。ようやくこいつを綻ばせてやった。
勝利を抑めて気分がいいから、この問いには、少しばかり正直に答えてやろうと思う。
「そうね──」
この恋に。
つまりアンタに。
「かなり、酔っているかもね」