表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

恋愛短編

酩酊

作者: 鵜狩三善

「大分、酔ってるんじゃないか?」

「冗談でしょ」

「本当に大丈夫なんだな?」

「勿論」


 こいつはやたらと案じるけれど、あたしは自分の酒量くらい(わきま)えている。有無を言わず口調で押し切って、あたしは店員に追加の注文を投げた。

 さして上等でない店の、やはりお粗末なテーブル席。

 店内は薄暗く、猥雑(わいざつ)(かしま)しい。向かい合って額を寄せねば、互いの声も聞き取れない。

 そんな一席で、あたしはさっきから(くだ)を巻いていた。


「しっかし馬鹿だよねぇ、アンタ。何もかもを棒に振ってさ」

「何度も言うな」


 幾度目とも知れないあたしの言葉に、こいつもまた、幾度目かの同じ答えを返す。

 この男は先日まで、所謂(いわゆる)正しいものの側に居た。その歩く道は陽の下にあって、光の中で呼吸するのが当然だった。それなのに。


「オレの欲しい物はあそこになかった。ただそれだけの話だ」


 それなのに、どうしてだろう。

 今はあたしの隣なんかに居る。

 杯を干したその瞳は後悔とは無縁に、ひどく穏やかに笑っている。


「……」


 どうしてか気恥ずかしくなって視線を落とした。卓上の彼の手が目に留まる。

 大きなてのひらだった。

 特に深い意図もなく、沈黙を持て余したので手を伸ばす。右手でひとさし指、左手で薬指。両手で彼の指を上げて曲げて(もてあそ)ぶ。

 そんな会話の間隙を縫って、無愛想な店員が注文の品を置いていった。グラス同士を軽くを触れ合わせてから、一口。


「だけどさぁ……世間一般的に言って、あたしは法の埒外(らちがい)よ?」

「法の内側に居るのが善人ばかりとは限らない。法の外側に居るのが悪党ばかりとは限らない」


 酒で少しばかり舌の回りをよくして呟くと、こいつは解ったような言葉で小器用に片目を瞑って見せた。

 アルコール度数が高まった頭には、まるで禅問答だ。口を尖らすあたしを、やはり穏やかな瞳が見ている。余裕めいた態度がカンに障った。

 あたしはぐいと身を乗り出した。

 唇を重ねる。短く、時間とは反比例の情熱を込めて。


「……やっぱり、酔ってるだろ?」


 照れを覆い隠そうとする物言いだった。勝った。ようやくこいつを(ほころ)ばせてやった。

 勝利を抑めて気分がいいから、この問いには、少しばかり正直に答えてやろうと思う。


「そうね──」


 この恋に。

 つまりアンタに。


「かなり、酔っているかもね」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 ぽちりとやっていただけましたら、大変励みになります。 小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ