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二人分の仕事を押し付けられて倒れた私は、退職代行で人生をリセットします  作者: たま


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4/5

4話

数ある作品の中から本作をお選びいただき、ありがとうございます。

拙い部分もあるかと思いますが、最後までお楽しみいただければ嬉しいです。

私の名前は高橋。ある中堅商社の営業推進課で課長を務めている。

今、私のデスクの上には、他部署からのクレーム処理票と、取引先からの督促状、そして「退職代行サービス」と書かれた一枚の通知書が並んでいる。頭が割れるように痛い。こめかみを指で押さえながら、私は一体どこでボタンを掛け違えてしまったのか、激しい後悔と共に振り返っていた。

すべての発端は、二週間前。エース社員だった26歳の美咲さんが、会議中に突然倒れたことだった。

プロジェクターの前で真っ青な顔をして床に崩れ落ちた彼女の姿が、今も目に焼き付いて離れない。病院に救急搬送され、医師から告げられたのは「極度の過労と栄養失調」。最低二週間の絶対安静、入院という名の強制停止だった。

当時の私は、ただただ困惑していた。

「美咲さんは有能だし、少し残業が多いなとは思っていたが……まさかここまで無理をしていたなんて」

だが、本当に恐ろしい事態は、彼女が不在となった翌朝から始まった。

美咲さんが倒れて二日目。私は23歳の若手、加代子さんをデスクに呼んだ。彼女は美咲さんが教育係を務めていた後輩だ。いつも明るく、愛想がよく、部署のムードメーカー的な存在だった。

「加代子さん、美咲さんが入院してしまった。申し訳ないが、美咲さんが持っていた案件の一部と、君の本来の業務をしっかり進めてもらう必要がある」

加代子さんはいつも通り、ハキハキとした声で微笑んだ。

「わかりました! 先輩の分まで頑張ります。私、やります!」

その言葉に、私は心底安心した。加代子さんはこれまで、「昨日のデータ入力、大変でしたけど一人で全部やりきりました!」「あの企画書、私が徹夜同案で仕上げたんです」と、大きな仕事をいくつも自力で達成したと私に報告してきていたからだ。美咲さんの穴は大きいが、急成長している加代子さんがいれば、なんとかこの修羅場を乗り切れるだろう。

そう信じていた。いや、信じたかった。

しかし、その期待はわずか数時間で、見るも無惨に打ち砕かれることになる。

「あの、高橋課長……」

午後、加代子さんが泣きそうな顔で私の元へやってきた。手には、今日の午前中に締め切りが過ぎているA社の見積書を持っている。

「加代子さん、見積書はどうした。もう先方に送ったかね」

「え、あ、はい。それが、今確認しているんですけど……ちょっとシステムの調子が悪くて、データの出し方が分からなくて……」

システムのせいではない。加代子さんの手元を見ると、見積書をイチから作る手順すら分かっていないのが一目で分かった。画面に入力されている数値は支離滅裂。これまで何度も「自分で作った」と報告してきたはずの、基本中の基本の書類すら、彼女は作れなかったのだ。

嫌な予感が背筋を駆け抜けた。

翌日、その予感は最悪の形で現実となった。他部署の部長が、私のフロアまで直々に怒鳴り込んできたのだ。

「おい高橋! お宅の杉谷加代子に頼んでいた営業データの共有が、三日前から完全にストップしてるぞ! どうなってるんだ!」

私は加代子を問い詰めた。

「加代子さん、どういうことだ! あのデータ処理は、君が自分で全部やりましたと私に報告したはずだろう!」

すると、加代子は顔を真っ赤にして、オフィス中に響き渡る声で逆ギレするように叫んだのだ。

「だって、美咲先輩がいつもそのデータを裏で処理してくれていたんです! 私はやり方を聞いていません! 先輩が教えてくれなかったんです!」

オフィスの空気が、一瞬で凍りついた。

「……なんだって?」

私の口から、乾いた声が出た。

加代子がこれまで私に誇らしげに報告してきた「実績」の数々。私がそれを鵜呑みにして「よくやった」と褒めちぎっていた手柄のすべて。それは、彼女自身がやったものではなく、裏で美咲さんが二人分の仕事を血を吐く思いで片付けていたものだったのだ。

加代子は、ただ美咲さんの労働を盗み、口先だけで私を騙していた。そして私は、その口実を信じ込み、本当の功労者である美咲さんに「有能だから」とさらに仕事を押し付け、限界まで追い詰めてしまった。

パニックに陥ったのは加代子だけではない。我が推進課、ひいては会社全体が、そこから未曾有のゴタゴタへと巻き込まれていった。

美咲さんという「部署の全業務を把握し、裏で全てのミスを回収していた大黒柱」が消えたのだ。

加代子が放置していたタスク、適当に処理していた書類の不備、取引先からの未返信メールが、ダムが決壊したかのように一気に噴出してきた。

「高橋、B社からクレームだ! 契約書の文面が間違っていると!」

「課長、C社への請求書の金額が、先月のデータとズレています! 誰が担当したんですかこれ!」

連日、他部署や取引先からの怒号が鳴り響く。私を含めた中堅社員全員で美咲さんの過去のログを漁り、必死で穴埋めをするが、彼女がどれほど精緻で膨大な仕事を一人でこなしていたかを知るたびに、全員が青ざめた。

「美咲さん、一人で三人分の仕事を回してたぞ……」

「それを加代子が全部自分の手柄にして、定時で帰ってたのか?」

部署内の空気は最悪だった。周囲の社員たちは、かつてチヤホヤしていた加代子を、今や「職場を崩壊させた嘘つきの戦犯」として冷徹な目で見つめていた。

加代子は仕事を聞かれるたびに「体調が悪い」と給湯室やトイレに逃げ込むようになり、フロアの隅で怯えるようにスマホをいじるだけの、ただの粗大ゴミと化していた。私は彼女を怒鳴りつける気力すら失い、ただ冷たく「マニュアルを読め」と言い放つことしかできなかった。

そして、美咲さんが倒れてから二週間が経とうとした頃。

決定的な破滅が訪れた。

私の元に届けられたのは、美咲さん本人からの連絡ではなく、「退職代行サービス」からの受任通知書と、弁護士名の入った退職届だった。

有給休暇の全消化、即時退職、そして会社側からの直接の連絡は一切拒否する、という一分の隙もない書類だった。

「嘘だろ……」

私は椅子の背もたれに崩れ落ちた。

彼女はもう、二度とこの会社に戻ってこない。私たちの謝罪を受け入れる機会すら、永遠に失われたのだ。

優秀な生え抜き社員を、上司の無能さと後輩の虚栄心のせいで使い潰し、退職代行で辞めさせた。この事実はすぐに役員会の知るところとなり、私は「管理監督不行き届き」および「労働環境の是正怠慢」として、次期降格処分が内定した。

会社全体としても、美咲さんの退職によって営業推進のラインが一時的に完全ストップし、取引先数社への補償問題にまで発展している。経営陣からは連日、再発防止策と業務プロセスの可視化を求める叱責の嵐だ。

そして、当の加代子はといえば。

美咲さんの退職が決まった翌週から、「精神的なストレス」を理由に無断欠勤するようになり、先ほど、彼女の母親から「娘はもう限界ですので辞めさせていただきます」と、殴り書きのような退職届が郵送で届いた。

残されたのは、ボロボロになった部署の人間と、未だに片付かない書類の山、そしてガタ落ちした我が課の信用だけ。

誰もいない夜のオフィスで、私は美咲さんがかつて使っていた、今は完全に私物が片付けられた真っ白なデスクを見つめる。

あの時、彼女のSOSに気づいていれば。加代子の甘い言葉を疑っていれば。

どんなに悔やんでも、失った信頼も、去っていった優秀な部下も、もう二度と戻ってはこない。私はただ、自業自得という名の重い十字架を背負いながら、終わりの見えない残務処理のために、再びキーボードへ手を伸ばした。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

誤字脱字のご連絡ありがとうございます。

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