第3話 いつでもお越しください
これにて完結
今日の薪をどれにするか。毎日の楽しみを選びつつ、そろそろ開店の時刻も迫ってきた。
足湯と言えど、温泉の管理をしているようなものなのでモーニングメニューは設けていない喫茶『らぱん』。逆に、近辺のモーニングでコーヒーブレイクなどをした客が来ることも多いので、客たちはのんびりゆったりを楽しみに来ているそうだ。
わずか五年程度で、町の商店街の中でも名物喫茶にのし上がってしまったにも関わらず、そんな扱いをしてもらえるのは、店主の橘花の人柄が接客によく表れているかもしれない。
彼をここまで鍛え上げた存在は、商店街でも北側の老舗喫茶店のオーナーだと聞く。
「……よし。久しぶりに松にしてみようか」
薪をストーブへ放り込んだと同時に、来店のドアベルが豹の耳に届く。開け方からして、少し年配の客層だと予測して振り返れば……少しぶりの顔に、きちっと会釈をするのを忘れない。
「やあ、元気そうだね。キッカ」
「少しぶりですね? 靖之オーナー」
「ここじゃ、お前さんがオーナーなんだからワシは違うぞ」
「すいません、つい」
そろりそろりと、足取りがゆるやかなトカゲの身体を持つ靖之は橘花の独立を許してくれた大恩人。喫茶店のいろはを一から十まで叩き込んでくれた喫茶店の大ベテランでもある。ドリンクだけでなく、フードの基礎も徹底的に技術を惜しみなく伝授してくれたのだ。そのおかげもあって、『らぱん』の人気は足湯だけではない。
モーニングが落ち着いた昼前に来店ということは、ゆっくりのんびり足湯に浸かりに来たのだろう。いつもの席に案内すれば、くてんとテーブルにもたれかかるのもいつものことだった。
「あ~。今日の木の香りもいいねぇ?」
「今日は松にしてみました」
「さっぱりふんわり……うちじゃ、薪ストーブ出来んから、ここだけの楽しみだ」
「ありがとうございます。今日はなにか召し上がりますか?」
「そうだね。ワシ、まだなにも食っとらんから……ブランチ向きので、甘じょっぱいの」
「かしこまりました」
この内容だと、巷で話題になっているパンケーキとベーコンエッグなどの異色な組み合わせを食べてみたいのだろう。自分で作れても……他人の腕前を見たいし、単純に食べたいと思う気持ちがあるのはよくわかる。橘花も定休日のときは靖之の店に食べにいったり、ほかの店に行くこともあるからだ。
(靖之さんの胃袋と、温まってくる身体を考慮すると……ベーコンエッグよりもしっかり食べたいのかもしれない)
冷蔵庫の食材ストックを確認しながら、まずはパンケーキを用意。しっかり焼いたホットケーキ風もいいが、やわらかい味わいが好みの靖之を考えてここはメレンゲから作るパンケーキに変更。待ち時間は足湯で身体をしっかり温めているから、寝ていてもこの店ではよくあることなので客も橘花も気にしていない。
むしろ、ゆったりのんびり心身をリラックスできる時間を提供できているのが、なによりの喜びだ。
生地が出来たら、同時に焼くために『ミニハンバーグ』を別のフライパンで焼いていく。これはデミグラスドリアなどの時に仕込んでおいてあるランチやディナーメニューでも、割かし人気のメニューに使う食材だ。
せっかくの恩人の来店と、ブランチも兼ねての胃袋を刺激するにはこれくらいがちょうどいいだろうと踏んで、じっくり丁寧に焼いていく。これをパンケーキに添えるので、ソースは甘いのではなくデミグラスソースに。
パンケーキの甘くて優しい香りと、重厚感のあるハンバーグの肉汁の香りがコラボする……何とも言い難い匂いに橘花の胃袋も刺激を受けそうだった。いけないと集中して仕上げていく。
そして、飲み物は緑茶にして用意したのをいっしょに持っていくと、靖之は完全に蕩けて眠っていたため、そこまで癒されてくれたのは嬉しいが食事が冷めてしまうので起こすことにした。
「あ~……足湯やっぱり気持ちいいわ。近くないのが難点だけど、歩く健康考えるとちょうどいい」
「よかったです。お食事、どうぞ」
「ほぉ? ベーコンエッグじゃなしに、パンケーキとミニハンバーグ?」
「どうでしょう?」
「ちょいがっつり食べたかったから、嬉しいわ。…………んま! パンケーキふわふわ!!」
「メレンゲから仕込んでみました」
「お前さんなら三分で作れるしな?」
「それは大袈裟です」
恩人との和やかな会話を続けていると、ほかの客が来店してきたので靖之はゆっくり食べていくから接客に行きなさいと言った。
ふたりでのんびり過ごす時間も楽しかったが、ここは元居た店ではなく橘花の『居城』とも言える大舞台だ。商店街を歩き回り、疲れた足を温めて癒すだけでなく、ご飯もドリンクも人気の少し変わった名物喫茶店『らぱん』は、今日も黒豹の店主が快く出迎えてくれる優しい場所。
ログハウス風の店内は、掘りごたつの代わりに『足湯』が用意されています。
食事中だけは、タオルで足を拭いてフタをしてください。湯に食べ物が入ったら大変です。
それ以外は、営業時間中はいくらでも足湯で身体も心もぽかぽか温まってください。そんな注意書きがほんわか和む空間がそろっている名物喫茶。
今日も今日とて、満員御礼なのは嬉しい限り。いつでもお越しください。




