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足湯喫茶は今日も客の心を癒す  作者: 櫛田こころ


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第2話 足湯喫茶を始めるきっかけ

 橘花が店を持つようになったのは、五年ほど前のこと。


 家から南の方角にある商店街の端に、『温泉』が掘り出されたとニュースになったときは……ほかの店で、雇われ店長をしているだけの普通の獣人でしかなかったが。


 そろそろ、自分だけの店を持ちたい年齢ではあった。資金もほどよく整ってきたが、まずはひとりで切り盛り出来る範囲の『店』のイメージがうまく浮かばないでいた。そんなときに、南側の商店街で温泉発掘というニュース。銭湯が出来るなら少し通いたいと思うくらいだったが、それ以上にもっと……と、ふんわりした『何か』が橘花のなかでイメージを固めようとしていた。


 温泉は水質検査が終われば一般家庭にも引けるという仕組みになりつつあったが、まだもやもやしていた橘花が落ちていた雑誌のページに『SAでの足湯無料開放』という箇所を見つけたときに……それが解決したのだ。



「喫茶店と足湯をいっしょにしてみよう!!」



 設備も備品もなかなか大変だと思うが、営業時間外は自分も足湯を堪能できるからとちょっぴり自分勝手な要望も入れてしまうというお茶目はともかくとして。


 さっそく、上司には退職願いと独立することを正直に話した。長年の部下に、オーナーは『頑張れよ』と言ってくれたので、より一層、足湯喫茶の実現を具体的なものにしなくてはいけなかった。



「……足湯を喫茶店にねぇ?」

「山奥でならともかく、町で気軽に使えるのはどうかと思って」



 知り合いの建築デザイナーに話を持ち掛けたところ、意外にも乗り気になってくれたのかさらさらと建物などのデザイン案をいくつか出してくれた。



「石造りもいいが、足湯の周りが冷たいのがいかんな? そこは木材でなんとか」

「建物自体もログハウス風はどうでしょう?」

「今更異色だらけの商店街だしな? 端のテナントを使えるなら、いっそ一から建てるか!!」

「お願いします」



 温泉の水道光熱費等の手続きも済ませてからは、建築工事が始まれば差し入れもしながら橘花も可能な範囲の作業を手伝ったりしていたら、月日は半年もかかった。微調整や足湯の温度調整の実験の繰り返しも含め、きちんと営業できるように工夫を凝らしたのだ。


 そして、店名が決まったあとにオープンのシミュレーションは元上司らや建築技師らに頼んでひとりで乗り切ってみた。ある程度、日数をこなしてからは商店街と駅やバスに広告を配りに行き……足湯喫茶『らぱん』を無事に営業出来るようになったのである。


 そこからわずか五年で、商店街の名物喫茶になるのは橘花としても予想外だったが。



「今日はクヌギ……がいいな。香りが穏やかだ」



 薪を店主特権で選ぶ時間も楽しみで仕方ない。足湯のぬくくて温まりやすい温度はきちんと守っているが、穏やかな木の香りだけは自分で選びたいのだ。客にも文句は言われていないし、むしろ『いい匂い』と好評だ。



「よぉ。今日はクヌギか?」



 そして、久しぶり来店してきたデザイナーの幸樹にも見破られるが、ライオンの頭を持つ獣人の彼の表情はいくらか緩んでいた。ここ最近、仕事の受注が多くてなかなか常連だった者でも寄れなかったそうだ。


 なにせ、この名物喫茶店のデザイン全般を手掛けた職人としての知名度が高いのだから。



「いらっしゃいませ。お陰様で、昨日も満員でしたよ」

「そんくらい。店の売りもだが、お前さんの接客もいいからだな」

「そうでしょうか?」

「んだよ。ちょいくつろぎたいから、座敷席借りていいか?」

「大丈夫です。メニューは?」

「あ~……がっつり食いたいな。サンドイッチでいいが」

「じゃあ、ソースたっぷりのロースかつサンドにしますか? ちょうど作り置きが出来たところなので」

「おう。熱々もいいが、少し冷めてカリっとした衣もいいからな?」



 大柄な客の場合はカウンターだと手狭なので、座敷席に案内するようにしている。と言うよりも、幸樹が自分で設計したのでそこは彼好みというわけだ。実際、彼以外の客でもくつろげると好評だが。


 キッチンに入り、二度揚げして予熱で中の火を落ち着かせていたロースかつを手に取った。たっぷりのウスターソースにくぐらせ、辛子バターを塗ったパンに刻んだキャベツをたっぷりいっしょに挟んだらキッチンペーパーに包んで馴染ませる。


 飲み物は言われていないが、付き合いの長い彼の好みを考えてホットの紅茶。ミルクポーションを添えておくのは忘れない。


 トレーに乗せてから席に行けば、相当疲れていたのかテーブルに頭を乗せて半分寝そうになっていた。



「幸樹さん。出来上がりましたが」

「お~……。すまん、久しぶりに堪能してたわ」

「それは良かったです」



 自分でタオルを持ってくる彼なので、足を拭くのを手伝いフタを閉めてやった。テーブルに置かれた皿いっぱいのサンドイッチを見て、目を輝かせるのはよほど腹を空かしていた証拠。


 大口を開けても、味わうようにひときれの半分にかぶりつく。キャベツの咀嚼音が小気味よく橘花の耳にも届くと、あとで自分でも食べたくなってしまうのは職業病かもしれない。



「ほどよく温かくて、脂身も赤身も甘い。うまいぜ、今日のサンドイッチも」

「お粗末様です。……お時間いっぱいまでごゆっくり」

「ああ。ほかの客の様子も見させてくれ」



 束の間の癒しを堪能しつつも、仕事をするのも忘れない。大柄で太陽のような風貌を持つ幸樹の働きっぷりには、毎度感銘を受ける橘花だった。

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