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普通の青春をしたいだけなのに、隣の席も幼馴染も全然“普通”じゃない。~つくば市の県立高校に入学した俺は静かに青春するはずだったのに、隣の席の毒舌美少女と世話焼き幼馴染が放っておいてくれない~  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第31話 仕切ってるように見せるのは、だいたい一言で足りる

 人を「ちょっと面倒なやつ」に見せるのに、長い説明はいらない。


 むしろ、いらないからこそ厄介だ。


 たった一言でいい。

 細かいよな。

 また始まった。

 そこまでやる?

 仕切るの好きだよな。


 それだけで、空気は少し動く。


 もちろん、それだけで全員が「そうだな」と思うわけじゃない。そんなに人間は単純じゃない。けれど、一度そういう見方の入口を置かれると、人は無意識にそのレンズで相手を見始める。


 黒崎蓮司は、その入口を作るのがうまい。


 そして今度は、それを僕に向けてきている。


 昨日の“古い版の資料”の件のあと、班の空気は少しだけ微妙になった。


 悪くなったわけじゃない。

 むしろ木乃実も小坂も三田村も、露骨に僕を責めたりはしない。していないどころか、むしろ「神代くんだけのミスって感じじゃない」と言ってくれた。


 そこはありがたい。


 ありがたいのだが、それとは別に、僕の中には妙に引っかかるものが残ったままだった。


 大したミスではない。

 でも、“ちゃんとしてるやつが一回ずれた”という印象だけは残る。

 その残り方が、たぶん黒崎にとっては十分にうまい。


 だから今日は、少しだけ意識していた。


 僕が何かを言った時、それがどう見えるのか。


「神代くん」


 朝のホームルーム前、木乃実がまた振り返ってきた。


「何」

「今日、昨日より一段むずかしい顔してる」

「その表現、もう少し優しくできない?」

「無理」

 木乃実は即答した。

「だって今、“次は見え方まで気にしないといけないのか”って顔してるし」

「……」

「図星」

「おまえほんと、人の顔を勝手に字幕付きで解説するな」

「最近やりやすいんだもん」

「嬉しくない」

「でも、そこ考えてるのはたぶん正しいよ」

 木乃実は少しだけ真面目な顔になる。

「昨日のやつで、黒崎くんたぶん次にやること分かったし」

「次?」

「神代くんを“ちょっと面倒なやつ”っぽくすること」

「……」

「違う?」

「違わないと思う」

「だよね」

 木乃実は小さく息をつく。

「嫌だなあ、ほんと」


 後ろで佐伯が頷く。


「昨日の“神代も完璧じゃないじゃん”もそうだったしな」

「うん」

「直接責めるんじゃなくて、“あれ、神代ってちょっと神経質かも”“ちょっと仕切りたがりかも”って空気にしたいんだろ」

「……」

「何でそこで黙る」

「いや」

 僕は少しだけ苦笑した。

「最近、佐伯も整理の仕方がうまくなってきたなって」

「誰のせいだと思ってる」

「僕のせい?」

「半分くらいは」

「半分もあるのか」

「残り半分は黒崎」

「そこは妥当だな」


 少し離れた席から、エヴァの声が飛ぶ。


「それで済めばまだ楽ですけれど」


「何が」

 僕が聞くと、エヴァは淡々と答えた。


「“ちょっと面倒”で済ませるうちは、まだ軽い方だということです」

「……」

「やっぱり朝から重いな」

「軽く言う必要がありますの?」

「必要はないけど」

「なら結構です」

「最近その“結構です”便利だな」

「あなた方の“便利”に巻き込まないでください」


 朱音は今日も、教室へ入るなり僕の顔を見て少し笑った。


「おはよう」

「おはよう」

「今日、わりとちゃんと気にしてるね」

「何を」

「言い方」

「……」

「図星」

「最近おまえら、本当に遠慮なくなったな」

「慣れてきたんだよ」

「何に」

「恒一くんの面倒くささ?」

「それ褒めてないだろ」

「半分くらいは」

「また割合で逃げるのか」

「便利だから」

「その流行、教室から追放したいな」


 午前の授業は平和だった。


 平和、というのも少し違うかもしれない。

 事件は起きなかった。でも、空気の動きはあった。


 班発表の準備が進む中で、僕は自然と確認役みたいなことをしてしまう。

 木乃実がまとめた進行の順番を見て、小坂の整理した読む箇所とずれていないか確かめる。三田村の持つ資料に抜けがないか一応見る。別に管理したいわけじゃない。したくてしているのではなく、気づいてしまうから口に出しているだけだ。


 それが、黒崎にはちょうどいいらしい。


「神代、そういう時ほんと細かいよな」


 三時間目のあと、班ごとの軽い打ち合わせをしていた時のことだった。


 言葉そのものは軽い。

 しかも笑いながら。


 でも、その一言だけで空気が少し変わる。


「え、そう?」

 木乃実が言う。

「いや、細かいっていうか」

「確認魔って感じ」

 黒崎が肩をすくめる。

「そこまでやる必要ある?ってとこまで見るじゃん」

「……」

「また管理始まった、って感じするわ」


 それを聞いた瞬間、自分の中で“ああ、来たな”と分かった。


 この方向だ。


 正しいことを言う。

 確認する。

 抜けを減らす。

 それ自体は悪くない。


 でも、そのやり方だけを切り取って“細かい”“管理好き”“仕切りたがり”へ寄せる。


 しかも言い方が軽いから、聞く側も一瞬「まあたしかに」と思いやすい。


 そこが嫌だった。


「今の、別にそんな変じゃないと思うけど」

 小坂が小さく言った。

「え?」

 黒崎がそっちを見る。

「いや、だって」

 小坂は少しだけ怯みながらも続けた。

「班の確認って必要じゃない?」

「必要だけど、神代ってちょっと過剰じゃん」

「過剰かなあ」

 木乃実が眉をひそめる。

「今日のは普通に必要な確認じゃない?」

「必要っていうか」

 黒崎は笑う。

「神代がやると、急に“ルールです”みたいな空気になるんだよな」

「……」

「それ、言い方でだいぶ変わるだろ」

 僕は静かに言った。


 黒崎が見る。


「何が」

「今の」

 僕は机の上の資料を軽く指で押さえる。

「確認してること自体は同じでも、“管理始まった”って言えば急に嫌な感じになる」

「被害妄想じゃね?」

「そう見えるように言ってるの、おまえだろ」

「……」

「しかも、“そこまでやる必要ある?”って」

 僕は少しだけ首を傾ける。

「今、班発表の確認で必要なことしてるだけだけど」

「いや、でも」

「でも?」

「神代、やっぱそうやって一個ずつ詰めるじゃん」

「必要ならな」

「ほら」

 黒崎は笑う。

「そういうとこ」


 そこへ、木乃実が割って入る。


「いや、今のは黒崎くんの方が言い方ずるい」

「は?」

「だって神代くん、今ただ確認しただけじゃん」

「……」

「それを“管理好き”とか“仕切ってる”とかに変換してるの、そっちだよ」


 佐伯も後ろから続けた。


「それな」

「おまえまで?」

「いや、普通にそう見えた」

 佐伯は肩をすくめる。

「最近黒崎、神代にそういうラベル貼りたがってる感じあるし」

「ラベルって」

「“細かい”“面倒”“正義感強い”あたり」

「……」

「しかも毎回軽口っぽく言うから、余計にやりづらいんだよな」

「……」

「嫌な意味でうまい」


 黒崎は一瞬だけ黙った。


 黙る、ということは効いているのだ。


 今までなら“冗談だって”で流せたところを、最近は木乃実や佐伯が先に“その言い方が嫌だ”の方を言うようになっている。そこがたぶん、黒崎にとっては少し面倒になり始めている。


「……神代、最近ほんと味方増えたな」

 黒崎が笑う。

「味方っていうか」

 木乃実が言う。

「今の、普通に神代くんだけの問題じゃなかったし」

「そうそう」

 佐伯も頷く。

「“確認するやつ”を“仕切りたがり”ってことにすると、今後誰も確認しなくなるし」

「……」

「それ、教室として普通にだるい」


 その言葉は、妙に効いた気がした。


 そうなんだよな、と僕も思う。


 正しいことを言えばいい、では足りない。

 でも、正しいことを言う人間を“うるさい側”へ押し込む流れを放置すると、結局しわ寄せはもっと弱いところへ行く。


 そこまで見えてきた時点で、もう前みたいに単純ではいられない。


 休み時間の終わり際、エヴァが小さく言った。


「正論は、タイミングを間違えると敵を増やしますわ」

「……」

「何ですの」

「いや」

 僕は少し苦笑した。

「それ、今の流れのまとめとしてだいぶ正確だなって」

「当然です」

「でも」

「でも?」

「今の僕、タイミング間違えてた?」

 するとエヴァは少しだけ黙った。


 その間が、妙に長く感じた。


「半分くらいは」

 彼女はようやく言った。

「半分」

「ええ」

「残り半分は?」

「黒崎蓮司が、最初からそう見せるつもりで言っている」

「……」

「だからあなたのせいだけではありません」

「そこ、ちょっとだけ優しいな」

「違います」

「早い」

「違います」

「二回言った」

「必要だったのです」

「そこ、木乃実と同じ理屈になってきたな」

「やめてくださいません?」


 そこへ朱音がすっと入る。


「でもエヴァさん、今のたぶん正しい」

「何がですの」

「半分ってとこ」

 朱音は僕を見る。

「恒一くん、今の返し自体は間違ってない」

「うん」

「でも、“その言い方で相手がどう見えるか”まではまだちょっと雑」

「……」

「そこ、最近たぶん黒崎くんに狙われてる」

「やっぱりそうか」

「うん」

 朱音は頷く。

「正しいこと言ってても、“言い方きついよね”“細かいよね”に変換されたら負けるから」

「……」

「で、黒崎くんはそこ狙ってる」

「……」

「最近ほんとみんな、教室の空気の解像度だけ上がっていくな」

 僕が言うと、木乃実が苦笑した。

「嬉しくない成長だよね」

「でも必要かも」

 小坂が小さく言う。

「今のクラスだと」

「……」

「……そうだな」

 僕は認めた。


 放課後、班の準備を少しだけ進めたあと、三田村がぽつりと呟いた。


「神代くん」

「何」

「今日さ」

「うん」

「ちょっと俺、言おうか迷った」

「何を」

「黒崎くんの“管理始まった”ってやつ」

「……」

「でも、うまく言えなかった」

「……」

「ごめん」


 その謝り方が、少しだけしんどかった。


「謝るなよ」

 僕はすぐに言う。

「でも」

「でも、じゃない」

「……」

「今のって、言える方が珍しい」

「……」

「しかも僕のことだし」

「でも神代くん、最近俺の時には言ってくれてたじゃん」

「……」

「だから、何か返した方がよかったかなって」


 そこでようやく、僕は少しだけ息を吐いた。


 なるほど、と思う。


 最近の流れは、三田村にもちゃんと残っているのだ。

 助けられる側だったやつが、今度は助け返そうとして、でもまだうまくいかない。そのぎこちなさが、少しだけありがたくて、少しだけ重い。


「三田村」

「うん」

「今ので十分だよ」

「え」

「言えなかったって分かってるなら、それで次がある」

「……」

「それに、僕の方もまだうまくない」

「神代くんが?」

「うん」

「……」

「今日、黒崎の言い方にすぐ乗り返したけど」

「うん」

「たぶん“正しい”だけじゃ足りなかった」

「……」

「そこ、最近ようやく分かってきた」

 三田村は少しだけ笑った。

「神代くんでも、そういうのあるんだ」

「あるよ」

「ちょっと安心した」

「それ、昨日も似たようなこと言われたな」

「ごめん」

「だから謝るなって」


 教室の外で、黒崎の笑い声がした。


 わざとらしくない。

 でも、聞こえる位置。


 その声だけで、今の会話の延長がまだ終わっていないことが分かる。


 僕は少しだけ窓の外を見る。


 正しいことを言うだけでは足りない。

 相手に正しく見えるように言わないと、空気の方で負ける。

 そして黒崎は、そこを狙ってくる。


 たぶん次は、もう少しだけ直接的になる。


 僕が“仕切りすぎているように見える”だけでは足りなくなるからだ。

 次はたぶん、僕が本当に困る形を少し混ぜてくる。


 そう思った時、教室の空気はまた次の段階へ進みかけていた。

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