5.偶然の向こう側(アレクシス目線)
本屋の扉を静かに押し開けると、乾いた木の香りと、長い時間を吸い込んだ紙の匂いが穏やかに鼻先をくすぐった
外の喧騒は扉の向こうに置き去りにされ、店内には靴音とページをめくる微かな音だけが漂っている
奥の棚へと足を進めながら、私は視線を巡らせる
目的の人物を探すためだ
通路の向こう、書棚に挟まれた静かな一角に、見覚えのある姿があった
背表紙を一冊ずつ確かめるその仕草は慎重で、けれどどこか楽しげで、彼女の性格をそのまま映しているようだった
選ぶ時間さえも愛おしんでいる、そんな様子に無意識のうちに目が留まる
こちらから声はかけない
彼女が気づく、その瞬間を待つ
あくまで“偶然”を装うために
「……ルーヴェンシュタイン様?」
名を呼ばれた瞬間、彼女の肩が小さく震えた
驚いたようにこちらを振り返り、その瞳が私を捉える
「ヴァルグレイヴ嬢、またお会いしましたね」
できるだけ不自然にならないよう、声の調子を整え、柔らかく微笑む
計算された行動であることを悟らせるような愚行はしない
「えっと……こんにちは」
彼女は小さく頷き、手にしていた詩集を抱え直す
その仕草と同時に、頬に淡い赤が差すのを見て、思わず唇が緩んだ
やはり、可愛らしい反応だ
「偶然とは面白いものですね
よろしければ……少し一緒に見て回りませんか」
押しつけがましくならない、ごく自然な提案
断る余地を残すことで、選んで近づいてきたという感覚を与える
そうした方が、人は心の距離を縮めやすい
並んで棚の間を歩きながら、私は時折、何気ない話題を振る
彼女の表情の変化、指先の迷い、視線の揺れ
そのすべてに注意を払い、反応を確かめる
「この本は面白そうですね、ヴァルグレイヴ嬢」
言葉と同時に差し出した一冊
本に囲まれた静かな空間の中で、自然と距離が縮まっていくのがわかる
これは計算された再会
偶然を装い、日常の延長線上に身を置くことで、彼女の警戒心を少しずつ溶かしていく
本屋という、彼女にとって安心できる場所
同じ時間を共有するという行為
その積み重ねが、確実に彼女との距離を縮めるだろう




