第3話:追放という判断
城内は静まり返っていた。
会議室には書類が並び、数値だけが冷たく重く存在している。
誰も声を上げない。誰も疑問を抱かない。
正しいと信じる判断――ただそれだけで、聖女の運命は決まった。
リリエルは静かに歩く。背筋を伸ばし、目を伏せたまま、ただ石畳の冷たさを感じながら前へ進む。
扉の向こうでは、カインが書類を手に揺れることもなく立っている。
表情は淡々としているが、指先の微かな震えが、内心の迷いをかすかに物語っていた。
「……これでいいのか?」
誰も答えない。声は自分の胸に吸い込まれるだけだ。
リリエルは心の中で深く息をつき、視線を城内の空に向けた。
淡い光が差し込む窓から、埃が小さく舞う。
舞う埃のひとつひとつが、世界の歪みの象徴に見える――
街では、いつも通りの朝が始まった。
だが、リリエルには違和感が感じられる。
風の匂い、微かにずれる魔力の流れ、水面の揺れ。
すべてが、静かに狂い始めている証だった。
騎士団長レオンハルトは書類を握りしめ、眉をひそめる。
「聖女……追放するのか?」
声は低く、しかし誰も答えない。
数値だけを信じ、世界を評価しようとする者たち――彼の胸に、焦燥と不安が渦巻く。
だが、言葉にできない。誰に伝えればいいのかも、分からなかった。
リリエルは石畳を踏みしめ、冷たい廊下を通り抜ける。
風が窓を揺らし、遠くで屋根瓦がかすかに響く。
足音は静かだが、世界は確実に狂い始めている。
人々はまだ、異変に気づかない。
彼女の存在の有無が、すべてを左右しているのに――誰も気づかない。
城を出ると、街の空気が少しずつ変化していることに気づく。
人々の足取りが微かに重く、子供たちの笑い声も少しだけ鈍く感じられる。
魔力の風がほんのわずかに匂いを変え、誰も意識しない異変を運ぶ。
リリエルはそのすべてを感じ取りながら、静かに歩みを進めた。
「誰も気づかない……でも、私が知っている」
心の中で呟き、肩をそっと動かして風を受け止める。
世界の変化は、まだ序章に過ぎない――
だが、この静かな歩みが、確実に未来を動かすことを、リリエルは知っていた。




