第25話:静寂の後
街は、ゆっくりと日常を取り戻し始めていた。
瓦はまだ所々にずれているが、崩壊の恐怖は消え、井戸の水は清らかに澄み、街灯は安定した光を放つ。
通りを歩く人々の表情は柔らかくなり、子供たちは笑顔を取り戻した。
長く続いた不安と恐怖が、静かに溶けていくようだった。
城内では、カインが机の前に座り、深く息をつく。
「……聖女が、すべてを救ったのか……」
怒りと苛立ちは後悔に変わり、今は静かな畏敬に変わっていた。
彼は初めて理解する。
己の力だけでは世界を守れないこと。
そして、目の前に立つ聖女こそが、世界を救う真の力であることを。
レオンハルトもまた、バルコニーから街を見下ろし、目を細める。
歩く人々の足取り、笑顔、安定した街灯の光。
すべてが平穏を取り戻し、かつての不安の影は消えつつあった。
「……聖女……」
無言で頭を垂れる。言葉は必要なかった。
街の安寧は、目の前の聖女がすべてを背負い、守り抜いた証だった。
街角でリリエルは微かに息をつき、手を下ろす。
静かに街を見渡す瞳には疲れもなく、ただ確かな安堵が宿っていた。
誰も気づかない。しかし、彼女の静かな魔力が世界を救ったのだ。
瓦の落下は止まり、井戸は澄み、街灯は穏やかに光る。
人々はその奇跡に気づかないが、世界は確実に救われていた。
街の小さな広場では、子供たちが笑い、親たちは安心して見守る。
瓦の下で泣きそうになっていた老人も、静かに笑みを浮かべる。
すべては、聖女リリエルの静かなる奇跡によって守られたのだ。
カインは深く息をつき、レオンハルトにそっと言った。
「……俺たちは、彼女の力を信じるしかなかったんだな……」
レオンハルトは黙って頷き、街の安定を目で確認する。
リリエルは微笑まない。
ただ、静かに、世界が再び繋がれたことを確認し、次の歩みを準備している。
その背中に、誰もが静かに涙を落とす――
それは悲しみでも喜びでもない、世界と人々への深い感謝と、希望の涙だった。




