第20話:静かなる救済
朝の光は柔らかく街を包むが、その下で世界は静かに、しかし確実に崩れ始めていた。
瓦が大きくずれ、井戸の水は濁り、街灯は瞬きながら揺れる。
歩く人々の足取りは重く、笑顔は消えかけ、子供たちの遊ぶ声も力なく跳ねる。
理由は分からない。しかし、街全体の空気が異常を告げていた。
城内ではカインが机に突っ伏し、拳を握りしめたまま呻く。
「聖女……追放した俺たちが、世界を狂わせてしまったのか……」
数字には異常は出ない。
しかし、胸の奥にある焦燥と苛立ちは全身を締め付け、正しいと思った判断が、目の前の崩壊を止められない無力感を痛感させる。
バルコニーに立つレオンハルトも眉をひそめ、街を見下ろす。
歩く人々、商店の揺らぎ、街灯の瞬き。
すべてが微妙に狂い、数値には表れない異常が確かに存在する。
「聖女……まだ間に合うのか」
無意識に視線が街角に立つリリエルに向かう。
直接的には気づかない。しかし、潜在的に街の異変を止める鍵がそこにあることを理解しかけていた。
街角でリリエルは立ち止まり、濁った井戸の水面に手を差し伸べる。
微かな魔力を指先に通すだけで、水はゆっくりと清らかさを取り戻す。
商店の魔力も街灯の光も、彼女の手の動きで安定する。
誰もその変化には気づかない。
しかし、世界は確実に救われていく――静かに、確実に。
瓦が揺れ、水面が波打ち、風が冷たく通り抜ける。
街の人々が日常を送る背後で、聖女の手は今日も確実に世界を守っていた。
誰も気づかない。しかし、この静かな救済こそが、街と世界の未来を繋ぐ唯一の力であった。
カインとレオンハルトの焦燥は頂点に達する。
だが、二人の潜在意識は、目の前の聖女こそが、世界を救う希望であることを、ようやく理解しかけていた――




