第16話:街の静寂
朝の光は柔らかく街を照らしていたが、その下で異変は静かに、しかし確実に広がっていた。
井戸の水は濁り、商店の魔力は不安定で、街灯の光は瞬きながら揺れる。
人々は日常を送るが、歩く足取りは重く、表情はどこか曇っている。
「なんだか、おかしいな……」
誰も理由は分からない。
しかし、体は微かな違和感を感じ取り、心の奥に不安が芽生えていた。
リリエルは街角に立ち、手を差し伸べる。
微かな魔力を指先に通し、濁った井戸の水を清らかに戻す。
商店の魔力も街灯も、彼女の手の動きで安定する。
人々には気づかれないが、世界は確実に救われていく――静かに、しかし確実に。
城内では、カインが机に突っ伏し、拳を握りしめている。
「……聖女を追放したせいで……これほどまでに世界は狂うのか」
数字では異常は現れない。
しかし、胸の奥の焦燥と苛立ちは紛れもなく存在し、体全体を締め付ける。
自分たちの判断が、世界の歪みを止められない無力さを、痛感していた。
レオンハルトも街を見下ろし、眉をひそめる。
歩く人々の微妙なリズム、商店の揺らぎ、街灯の瞬き。
すべてが不自然で、数値には出ない異常が確かに存在していた。
「聖女……まだ間に合うのか」
無意識に視線はリリエルの立つ場所に向く。
直接的には気づかない。しかし、潜在的に街の異変を止める鍵が目の前にあることを理解しかけていた。
リリエルは深く息をつき、次の異変へと歩みを進める。
瓦が微かに揺れ、水面が波打ち、風が冷たく通り抜ける。
街の人々が日常を送るその背後で、聖女の手は今日も確実に世界を守っていた。
誰も気づかない。
しかし、この静かな救済こそが、街と世界の未来を繋ぐ唯一の力だった。




