第14話:静かなる介入
城下町の朝は、いつもより少し冷たく感じられた。
空気に微かに違和感があり、瓦がわずかにずれ、井戸の水は濁り、街灯は瞬きながら揺れる。
歩く人々の足取りは鈍く、笑顔は減り、日常のリズムは微妙に狂っていた。
誰も原因は分からない。
しかし、リリエルにはすべてが見えていた。
彼女は街角で立ち止まり、井戸の水面に手を差し伸べる。
微かな魔力を指先に通すだけで、濁った水はゆっくりと清らかさを取り戻す。
商店の魔力も、街灯の光も、彼女の手の動きで安定する。
人々にはその変化は分からない。
しかし、確実に世界は救われていく――静かに、しかし確実に。
城内では、カインが書類を破り捨て、拳を握りしめる。
「……聖女を追放したせいで……これほどまでに狂うのか」
数字では異常が見えない。
だが、胸の奥の焦燥感と苛立ちは、体全体を締め付ける。
自分たちの判断が、世界の歪みを止められない無力さを、痛感していた。
レオンハルトもバルコニーから街を見下ろし、眉をひそめる。
歩く人々、商店、街灯――微細な異常を目で追う。
「聖女……まだ間に合うのか」
無意識に視線がリリエルの立つ場所に向く。
まだ直接的には気づかない。
しかし、街の異変を止める鍵が目の前にあることを、潜在的に感じ取っていた。
リリエルは深く息をつき、歩みを進める。
瓦が揺れ、水面が波打ち、風が冷たく通り抜ける。
街の人々が日常を送る背後で、聖女の手は今日も確実に世界を守っていた。
誰も気づかない。
しかし、この静かな救済こそが、世界の未来を繋ぐ唯一の力だった。




