第13話:勇者の焦燥
城内の書庫は静まり返っていた。
カインは机に突っ伏し、拳を握りしめる。
目の前の書類には、数字上の異常は一切ない。
だが、胸の奥には冷たい焦燥が渦巻き、言葉にならない苛立ちとなって体を締め付ける。
「……聖女を追放したせいで……」
声にならない呟きが、書庫の静寂に吸い込まれていく。
数字だけを頼りに正しい判断をしたつもりだった。
だが、目の前の街の様子を見れば、その判断がどれほど無力だったかが痛いほど分かる。
城のバルコニーでは、レオンハルトも街を見下ろしていた。
歩く人々のリズムは微かに狂い、商店の魔力は揺らぎ、井戸の水は濁り、街灯は瞬きながら不安定に光る。
目に見える異常が、数値に現れない――
その矛盾が、苛立ちと無力感を一層強める。
「聖女……いや、間に合うのか」
レオンハルトは無意識に街角に立つリリエルの姿に視線を向ける。
まだ気づかない。
しかし、潜在的に――
世界の異変を止められる存在が目の前にいることを、彼は無意識のうちに察していた。
一方、リリエルは井戸の前に立ち、濁った水面に手を差し伸べる。
微かな魔力を指先に集め、波紋を整える。
商店の魔力も、街灯の光も、彼女の手の動きで安定する。
誰もその変化に気づかない。
しかし、確実に世界は救われていく――静かに、しかし確実に。
瓦がわずかに揺れ、風が冷たく通り抜ける。
街の人々が日常を送る背後で、聖女の手は今日も確実に世界を守っていた。
リリエルは微かに息をつき、次の異変へ向けて歩みを進める。
世界はまだ崩壊していない。
だが、勇者たちの焦燥と苛立ちは、すでに街全体の空気を重く歪めていた――




