ダンジョン管理局に就職したけど、何していいかわからない
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——終末実験
予言の日まで、あと数年。人々は何を願い、何を望んだのか。
人々の思いが、コアとアグンを生み出した。
「落ち着いて聞いてください、ロダンさん。ダンジョンは今、スタンピード寸前のようです。早めの対処をお勧めします」
顔色一つ変えずに言うトング。向かいに座るロダンという男は、額から汗を吹き出した。
「スタンピードって。そんな冗談を言わないでください」
両手を広げたロダンは語気を強め、さらに続ける。
「ダンジョン内に魔物は湧いていますが、スタンピードが起きるほどの数は出現していないはずなんです。むしろ、少ないくらいだ」
トングは心の中で頷く。たしかにダンジョン内に異常はなく、魔力の乱れもない。その設計は完璧だと断言して良い。だが、トングは致命的な欠点を見抜いていた。
「ロダンさんが生成したというダンジョン。あれは本当にあなたが生成したものですか?」
男の顔が曇った。なぜ分かるのだ。そう言いたげな目。トングはそれを見逃さず、男に揺さぶりをかけた。
「あれがオリジナルダンジョンであれば、ロダンさんは相当な腕の持ち主のようですね」
表情が苦虫を噛んだように変わる。ロダンは負けじと言葉を絞る。
「もちろんです。トングさんと言いましたか?あなたは私に、その力がないと、言うのですか?」
トングはいたって冷静に、そして突き放すように言った。
「その力、というのがオリジナルダンジョンを生成する力を指すのであれば、あなたにはそんな力はないでしょうね」
その言葉が効いたらしい。両手を広げ、かつてはトングを見下すような発言をしたロダンだったが、彼の心は一瞬にして折れた。しばらくは口を噤んでみたものの、実は設計図を購入したのだと、静かに告白した。目にはうすら涙。
トングはため息をついた。はじめからそう言えばいいものを。これだから成金は。どうせ身の丈に合わない、高価な設計図を買ったのだろう。扱いきれなくて当然だ。
トングは怒りを覚えながらも、目の前の男に静かに告げた。
「ロダンさん、設計図の説明書は読みましたか?」
首を傾げる男。眉を奇妙に動かして一点を見つめた。これは、どっちだ。何か重要なことを見落とした時の顔か、そもそも注意書きなど知らない時の顔か。結局のところ、答えは後者だった
ロダンは遠い寄り道をしながら言い訳をしたが、やがて黙り込んだ。自分の言葉が恥ずかしくなったのだろう。
トングは仕方がなく、同じ型の設計図を取り出して目の前に広げた。
(設計図ーーパルーノン商会が取り扱うダンジョンの設計図。貴族向けに販売され、高品質ながらも負担なくダンジョンの設置が可能だ。最近では財閥や大地主がこぞって買い漁り、生産が追いついていない状況。)
一枚目の設計図の右下。かなり目立つところに、『取扱説明・注意書き』と書かれている。黒と黄で縁取られた、嫌でも目に入るデザインだ。トングはそこを指さしてロダンを見る。
「見てください。『この設計図は森林用です。決して、他の環境に設置しないでください』と、こう書かれていますね?」
ロダンに目を向けると、彼の目は酷く驚いているように思えた。トングは続きを読み上げる。
「『尚、沼地に設置した場合、スタンピードが発生する可能性があります。お取り扱いには、十分に注意をしてください』と、こう書いてありますね?」
そう言いながら、トングはさらなる怒りが湧くのを感じた。金を持つと盲目になるのだろうか。なぜ注意書きすら見えない。
ここまで来たのに……俺は、どうしてこんなことを……
ロダンの小さな声が、部屋の隅に寂しく消えた。
しばらく俯いたロダンは、いきなり立ち上がると、今度は喉を裂く剣幕で怒鳴る。
「俺は、どうなるのですか!どのような罪に、問われるのですか!」
唾が飛び散り、目が血走っている。
「それは我々の管轄でないので、分かりかねます」
トングは男を哀しく見つめることしかできなかった。
「後ほど、別の者がここに参ります。正直に証言するのが良いでしょうね」
トングはそう言い残し、彼に背中を向けた。
グランリル国法第七十二条
ダンジョン設置者及び所有者は、スタンピードの発生を防止しなければならない。
客室を出ると、一人のメイドが立っていた。
「我が主人が申し訳ありません。来週の社交会までになんとか間に合わせようと、目の前が見えなくなっていたのです。」
社交会の直前にこれか。それはまた、とんでもないな。トングはロダンを哀れに思った。
「班長!」
廊下を走る影。白服を身に纏う彼はジューラ。最近配属されたばかりの彼は、これが初めての正規任務だ。
ジューラがここに来たということは、終わったらしい。
ジューラはトングの足元で膝を付くと、報告を行った。
「コアを停止させました。現在、携帯コアにて運用中です」
「そうか。原因は分かったか?」
「はい、コアの魔力形が、地下水脈と重なったようです。偶然ではありますが、水脈を通して魔力が沼地に流出したのかと」
「そうか。魔物が少なかったのにも説明がつくな」
「はい」
トングはメイドに向き直った。彼女は当然ながら、理解不能という表情。
「一応説明した方が良いか」
トングはそう言うと、簡単に説明を始めた。
ダンジョンとは、一つの"コア"と複数の"部屋"から成る。部屋は、コアから供給される魔力を得て形を保っている。
「今回なら、当然コアを破壊するしかないだろうな」
「ごめんなさい。まだ、よく分からなくて」
メイドは溶かしたような目をトングに向ける。そりゃすぐに理解するのは難しいだろう。トングはそう思ったが、それ以上に何を説明すれば良いのか分からず目を逸らした。
何も分からないままでいいんだよ、こういうことは。トングは心の中で呟いた。
ゆっくりと扉が開く音ー
心ここにあらずのロダンが顔を出した。
この先の話を聞かせるには不憫に思い、トングはジューラをダンジョンに向かわせた。
駆けていくジューラを見届けて、トンガは目の前の男に注目をした。
男ははゆっくりとトングの前に歩み出る。そして、拝むように言った。
「トングさん、やはり、破壊するしか方法はないのだろうか」
声と手が震えている。
「コアというものを破壊せずとも、解決する方法はいくらでもあるはず。どうか、どうかお願いだ」
若干腰を折り曲げたロダン。トングはあり得ないという意味の表情をした。だがロダンはそれに気がつくことなく続ける。
「以前、文献で読んだことがある。コアを改修すれば、その性質が変わると」
トングは何も言わず、あからさまに大きな息を吐いた。さらに男は続ける。
「ようやく日の目を見られると思った。決して、対等にとは言わない。ただ、少しは貴族と肩を並べることだって、私にはできたかもしれない。それなのに」
抜け殻のような表情。口からぼろ雑巾にも似た言葉が落ちた。トングは彼の大半の言葉を聞き流していた。
トングの心にあったのは呆れと腹立たしさ。ロダンという男、まるで馬鹿の化身。見栄を張り感情に身を任せて怒る。挙げ句の果てには泣きついてきたのだ。
トングは腹に溜まる言葉を抑えきれず、吐き出した。
「ロダンさん、原因はご自分にあるって理解されてます?沼地に設置しないでと書いてありましたよね」
人を罵倒する快感が目の前にある。
「あなたの所有地に森林なんてないですよね?なぜ森林用の設計図を買ったんですか。馬鹿ですか?そもそも、あなたに、ダンジョンなんて必要あります?貴族と肩を並べるなんて、そんな夢物語を見る前に、自分の立場を理解した方がいいですよ」
庶民のくせに。トングはその言葉を必死で飲み込んだ。
間髪入れず、廊下に荒い声が響く。
「お前に何が分かる!」
声の主はロダンだった。震えている。
「貴族に、まるでつま先のような扱いをされて、俺は生きてきた。辛かった。耐えるしかなかった。だけどもう、今日で!今日で終わるはずだったんだ!」
メイドが彼に駆け寄りハンカチを取り出した。彼女はトングを一度睨みつけてから、主人の涙を抑えた。
「管理局か何かは知らないが、お前ら上級国民に、何が分かるんだよ!俺たちの苦労も分からないで、口を出すなよ!」
断末魔のように叫ぶロダンは、息を切らして泣いた。
普段は怒ることはないのだろう。声にならない声しか出せず、メイドを掴み泣きじゃくる。
この男は何も分かっていない。トングは思った。
いつからか、ダンジョンは権威の象徴となった。ダンジョンを生成したのなら、誰でも富や名声を手にすることができるだろう。しかしそれでも、彼らが庶民であることは変わらない。それが現実なのだ。
「ロダン様!」
メイドが叫ぶ。
「たとえ誰に何を言われようと、いつかきっと叶います!未来ではきっと、英勇と称えられております!」
その言葉は、理想に逃げるための言い訳にしか聞こえなかった。
「そうか。そうなのだろうか」
ロダンは柔らかい目をメイドに向ける。
トングは深いため息をついて、二人から目を逸らした。
「班長!」
この声はジューラ。いいタイミングかもしれない。だがそうじゃないかもしれない。彼は再びトングの足元に膝を付いた。
「報告します。ダンジョンの大部分において、改修が完了しました。一か所だけ不安定な魔力場がありますが、大した問題にはならないと思います」
「そうか。改修、したのか?」
「はい。ダンジョンについては一任されていたので」
「そうか。まぁ、いいだろう」
ジューラがそう判断したのなら問題ない。
不安定な魔力場。そこだけ気にはなる。問題が起きれば、きっと所有者が異変に気が付く。さて、このダンジョンの所有者は誰だろうか。トングはこの館の主人、涙で顔を濡らした男に顔を向けた。
「ジューラ。とても分かりやすい管理説明書を、ロダンさんに渡して差し上げろ」
「承知、しました。どのくらい分かりやすくでしょうか」
ジューラは不思議な顔をした。そんな彼に、トングは思い切り皮肉を込めた命を出した。
●
トングたちダンジョン管理局第二班は、馬車に揺れていた。彼らは設計図を眺め、口々に言葉を発した。
「森林用の設計図を沼地に設置するなんて、アホじゃねえんだからな」
「いや、あいつはたぶんアホだったぞ。始めの挨拶も、なんか変だった」
「それは無理に貴族ぶってたからじゃないか?」
「あれはぶってるとかじゃねぇ。ぜってえ自分は貴族様だと思い込んでやがる!」
大きな笑い声。
ロダン邸からの帰り道、二台の馬車がトングたちを運んでいる。盛り上がっているのは後ろの馬車。前を走る馬車は静かである。
トングは前の馬車に乗っていた。本当は後ろの馬車で、皆と笑い合いたい。だが、今日は妙に疲れて、体を休めたい気分だった。
トングは座席に腰を落ち着かせ、静かに瞼を閉じた。
「班長!起きてください!」
トングは突然降り注ぐ声に目を覚ます。肩を強く揺らされたのが緊急事態の合図だった。飛び起きると、側に膝を付くジューラ。かなりの剣幕でトングを見ている。
「状況を教えろ」
無意識にその言葉が出た。
馬車はかなり速い速度で走っているようだ。馬車が大きく揺れ、危うく腰が落ちそうになる。トングが腰を据えると、ジューラは汗を滲ませ報告をした。
「地竜です!追われています!」
「地竜?なぜここにいる」
トングは努めて冷静に言った。目が充血したジューラのことを鎮めようとしたのだ。
「分かりません。しかし、幼体です」
先ほどより落ち着いた様子のジューラは報告を続ける。
「親とはぐれたようで、錯乱状態にあります」
「そうか。他に反応はあるか?」
「常時探知魔法を発動させていますが、周辺に反応は一切ありません」
「一切、ない?親の反応もか?」
ジューラは一拍おいてから、喉を詰まらせながら答えた。
「はい、ありません」
地竜の生息地はここより西のはずだ。なぜここにいる。しかも、幼体が。親はどこで何をしている。嫌な汗が服に染み込んだ。
地竜の幼体
地竜は孵化後百年間、親とともに生活をする。その期間の地竜を〝幼体〟と呼ぶ。幼体は親から供給される魔力を糧に生き、十分に魔力を得られると親離れをする。
「幼体との距離は?」
トングは語気を強めて言う。
「五十ラージです」
トングはおもむろに立ち上がると、馬車から顔を出した。
地盤が壊れるような重い音。地面が捲り上がる様子はまるで噴火。土煙が立ち込める中で巨大なものが動く。
耳をつんざくような咆哮。空気が痺れて頬が痛い。
まるで災害。
一頭の馬が地面を蹴った。馬車を引き、息を切らして走っている。その馬車から身を乗り出す男。彼はトングに気が付いて叫んだ。
「班長!もう馬の脚が持たねぇ!迎え撃つべきだ!」
トングは周辺の地形を確認する。右後方に大河。左後方には針葉樹林。今はちょうど平原の真ん中を走っているらしい。なんて運が悪い。追いつかれるのは時間の問題か。
トングは叫ぶ。
「もう少し耐えてくれ!」
「あぁ分かった!頼んだぞ」
わずかながらに、その声が聞こえた。
トングは前方に視線を向ける。見えたのは小高い丘。小さか滝が垂れ水飛沫が光る。その高さはちょうど地竜の幼体の頭ほど。大岩がゴロゴロと転がり、頂上にはナイフで切ったような一枚岩。
あれだーー
トングは側に控えるジューラと、同乗する魔法師たちに叫ぶ。
「ここから二十ラージほど先、丘の頂上で迎え撃つ!上級火魔法を準備しろ!」
揃った返事が馬車に響いた。
ジューラは後ろの馬車に乗り移り、作戦を共有する。魔法師たちは杖を取り出し、各々戦闘準備を始めた。
トングは再び後方を確認する。先ほどよりも近い。土煙の中、巨大な白いものが顔を出している。まるで灯台。あれが、地竜の角。
地殻を裂く轟音。頬にピリピリと痛みが走った。
丘が目前に迫る。馬は骨を絞り、斜面を一気に駆け上がった。
「まじですげぇな、この馬」
息を切らして互いを称え合う二頭の馬。ジンガは眼を丸くして彼らを見ていた。
「そりゃ、第二班の馬だからな」
トングはそう言い、ジンガの分厚い背筋を叩いた。
太い腕を組み、馬の肉付きを観察する男。藍色の瞳と頬の傷は、まさに猛者。ジンガは剣士で、第二班の攻撃の要だ。トングに敬語を使わない数少ない人物の一人だ。
「班長、俺らも準備できてんで。あいつに魔法効かなかったら呼んでくれや」
トングは笑い、ジンガの目を見る。
「ジンガ、お前を最終手段とする」
彼は軽く笑みを浮かべ、敬礼をした。
「班長にそう言われたらその役目、やるしかねぇ」
ガハハと笑うジンガ。彼は魔法師の一人に目をやる。
「ルヴィ、しっかりやれよ。お前がやらなきゃ俺に仕事が回るんだ」
冷たい紅花の瞳を持つエルフ。黒髪を風に揺らす女がルヴィ。
「当たり前よ。あなたが出る幕はないわ」
不服そうなジンガ。口をむの字にして肩に力が入る。しかし一度言葉を飲み込むと、軽快に叫んだ。
「まぁそうだな、俺は最終兵器だからなぁ」
「最終手段ね。兵器じゃないから」
間髪入れずに言葉を放つルヴィに、ジンガは何も言葉が出なかった。
「距離、間もなく五ラージです!」
ジューラの声が響いた。続いてルヴィの声。
「上級火魔法、準備完了しています!」
魔法師たちが一列に並び、魔法陣を構えている。
「粉々にしてしてしまえ!」
ジンガが笑いながら言う。
土煙は丘の足元にまで迫る。地面からの衝撃は激しさを増す。岩は木をなぎ倒しながら転がり、地面で砕けた。
地竜の咆哮は雲を飛ばし、地平線の先まで支配する。地響きは怪物のような鳴き声をあげて襲いかかった。
そして、トングが叫ぶ。
「攻撃を中止しろ」
直後、全ての視線がトングに集まった。
沈黙。
「はぁぁ?一体何が起きたんだよ!」
ジンガが狂ったように叫ぶ。
「攻撃中止!魔法陣解除!」
指示を出すルヴィ。
トングは静かに地竜を睨んだ。
ジューラが声を上擦らせて言う。
「まさか、亜種ですか」
トングは小さく頷いた。
「まだ確信はない。だが、状況的にそれしか考えられない」
「亜種?」
ジンガが聞くが、彼は首を横に振った。
「今は時間がねぇ。俺らは何をすれば良い!」
皆が息を呑んでいる。亜種、つまりは進化個体だ。桁違いの強さを有しているはず。
嫌な予感の正体はこれだったか。トングは油断していた自分を責めた。
「魔法師は結界を、剣士は抜刀しろ!」
思ったよりも声が太くなりトングは驚く。
「結界は物理耐性!一度攻撃を受ける!」
間にジューラの声が響く。
「二ラージです!」
その瞬間、衝撃で砕けた岩が残像を残し、ものすごい速度で跳弾した。
「結界を発動して!」
ルヴィの指示で結界が発動される。しかし間に合わなかった。数人に直撃しその場に倒れる。
トングの指示は続く。
「結界は対象が死ぬまで発動しろ!四肢を根本から斬る。ジンガ、お前はあの角を切断しろ」
「はっ!最終兵器登場ってか!」
ガハハと笑うジンガは腰の大刀を掴み、抜刀した。銀色に光る刀身が顕現する。
「戦闘不能5名、内重傷4名です!」
ジューラの報告に、トングは怒鳴る。
「悪いがあの化け物が先だ!」
ジューラは苦しい顔をしたが、小さく謝りジンガに叫ぶ。
「地竜の角は垂直に刃を入れなければ斬れません!根本から斬ってください!」
「そりゃ難しい注文だなぁ。まぁ、やるしかねぇ!」
ジンガは両手で柄を持つと、重心を下げて構えた。
地面が波打ち、砂の大波が迫る。一瞬にして結界を飲み込むと、バチバチと巨岩を弾く音が聞こえて多数の閃光が発生した。まるで竜巻の中心にいるようだ。
直後、聞こえたのは世界で最も悍ましい声。まるで世界が終焉を迎えるような咆哮に身震いが止まらない。
「衝突します!」
ジューラの声が聞こえたのと同時に、爆発にも似た衝撃が結界にぶつかった。衝撃は内部にも伝わり、爆風が吹き荒れ視界を覆う。
目を開けると、とんでもないものが目に入った。目の前には内側に大きく凹んだ結界。ビリビリと音を立て、今にも崩壊しそうである。
「なんだ、これは」
皆が、無惨な状態の結界を見て呆気に取られていた。
トングは叫ぶ。
「修復しろ!」
「ダメです!一度解除しなければ直りません!」
ルヴィが叫ぶ。額に汗を滲ませて歯を食いしばった。
「なんとかしろ!」
トングが怒鳴った直後、結界の真上に黒いものが現れた。虹色のオーロラが蠢き、光の粒が舞っている。その正体が瞳だと気がつくのに、相当な時間を要した。
「ま、まじかよ」
「なんだよ、これ」
脳が混乱し言葉が出ない。トングでさえ、この状況を理解しようと必死であった。
「落ち着け、落ち着け!」
上空に現れた目。よく見るとまつ毛もあるし、時々瞬きをしている。ぎょろりと瞳を動かしトングたちを観察している。
二頭の馬が金切り声を上げて倒れた。
「班長、4名が失神、重傷6名です!」
ジューラは大声で報告した。直後、時空が裂ける音とともに巨大なものが衝突した。魔力場が乱れ、結界が溶けたグラスのように歪む。
地竜が巨大な角を結界を叩きつけたのだ。
結界に大きな稲妻が走る。衝撃は丘にも伝わり、足元の岩が大きくひび割れる。
「もう持ちません!」
ルヴィの声。
地竜は再び角を振りかざすと、結界目掛けて叩きつけた。その瞬間結界が変色し、バリンという音を立てて腐り堕ちた。
地竜は待っていたとばかりに角を一気に振り下ろす。トングは、それが自分たちを仕留める最後の攻撃だと理解した。同時に、ジンガに命じる。
「今だ!斬れ!」
ジンガは地面を思い切り蹴り、空へ舞い上がった。空中で体を捻り地竜の死角に入り込む。
雲を切り、一網打尽にしようと角を振り下ろす地竜。まるで巨塔の倒壊を下から眺めているようだ。しかしあまりにも遅い。これが、走馬灯というものだろうか。トングは歯を食いしばった。
空気を蹴り落とし、巨大な角の正面を捉える。
力はいらない。流れるようにゆっくりと。刀身ではなく、鋒で斬るように。迫る角。ジンガは腰に回した刀を静かに肩まで突き上げた。
そよ風のような一閃。まるで音がなかった。僅かな風が若葉を落とす。体を捻ると地竜の後方にふわりと着地した。
角を失いバランスを保てない巨大生物。転がろうとする体を押さえつけていた。
ジンガはその瞬間を見逃さない。
「お前ら、斬れ!」
直後、いくつもの斬撃が地竜を通り過ぎる。一度瞬きをすると、地竜は四肢を失っていた。若葉が揺れる。
ジンガが刀を収める。彼はいつの間にか落ちた地竜の頭の側に静かに立っていた。
幼体亜種
地竜は孵化後百年の間、親とともに暮らす。
親を失った幼体は、新たな親(依り代)を探そうとする。無事新たな依り代を見つけると、適応のために進化をする。その進化個体を、幼体亜種と呼ぶ。
尚、新たな依り代は、魔力を持つもの全てがその候補になり得る。
(トングの考察)
何かしらの原因で親を失った幼体が、偶然膨大な魔力源を見つけた。それこそがロダン所有地内の沼地である。そこにはダンジョンから溢れ出た、膨大な魔力が存在した。
地竜の幼体は、その沼地を新たな依り代とした。
しかしダンジョンが正常化し、魔力の供給を断たれた幼体亜種は実質的に依り代を失った。結果、錯乱状態に陥った。
可能性は限りなく低い。しかし、不思議なほどに辻褄が合う。
膨大な魔力が放置されると魔力災害が引き起こされる。幼体がいなければ、さらなる被害が出ていたことだろう。まさに救世主。
しかし、人に危害を与え討伐された。皮肉なものである。
角はトングたちから十ラージほど離れた場所に突き立っていた。遠くからは、それはまるで巨塔のようにさえ見えて、トングたちが来るまでは誰もその正体を言い当てることが出来なかっただろう。
トングたちが角を回収しに行くと、興味本位で群がっていた者は不思議な顔をいた。
「お前たち、ただの冒険者ではないな?」
話しかけてきたのは初老の男だった。
「もしかしてS級か?それとも、本部の人間か?」
トングはその身分を明かすべきかを十分悩んだ末に、明かすことにした。どうせ、地竜の幼体亜種を討伐したとなれば、その情報はすぐに広がるだろう。ここで身分を隠すのは、余計な疑いを思ったのだ。
「俺たちは管理局の者だよ。これを回収しに来た」
初老の男は目を丸くしている様子。
「まさか、局の方がこんなところにいらっしゃるとは」
トングは角の正体を明かさず、ただ回収しろとだけ命令をした。ものの数秒で異空間にしまい込むと、皆はすぐに馬車に乗り込んだ。
「まさか、あんなドデカい灯台を、一瞬で」
初老の男が動けずにいるところを見逃さず、トングも急いで馬車に乗り込む。
「すぐに出せ」
トングがそう言うと、馬車は地面を滑るように走り出した。初老の男が走り、何か叫んでいるのが見えた。だが、その口元を確認する猶予もなく、男は遥か遠くの点になった。
あんなに走って、まだこれほどの速さで走るとは。トングの頭には、第二班の自慢の馬を褒める言葉しか浮かばなかった。
グランリル国大審院にて、ロダン=ランラゼルの裁判が行われる
判決:意図的にスタンピードを引き起こし、近隣の街を攻撃しようとしたとして、重大犯罪に認定。終身刑を告げられる。
ヒヨツヨル教会 の介入により、ロダン=ランラゼルを恩赦。
ロダン、ミンキイユ王国に亡命。
読んでいただきありがとうございます。
感想やアドバイスお待ちしております。
第2章も制作中です。




