表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/13

第七話

 ロットンとの対戦が始まった。

 第1ラウンド開始。

「太蔵さん、中央遮蔽帯を活かしてください。カグラは右通路から高所を確保して。私は倉庫側、左ルートで音取ります」

「はーいはーい」

「了解」

 ──この時点で、読みは完璧のはずだった。

 足音。階段の軋み。金属を踏む硬い響き。

 敵の配置が“視えた”。

「カグラ、今動くと交差する。止まって、五秒待って」

 ……だが、応答はない。

 数秒後、唐突に響く銃声。そして──ダウンのアイコン。

「え、え、そっちに来るの!?」

 慌てた声。だが、すでに遅い。

 太蔵も中央で孤立していた。

「抜かれた」──短く、乾いた声。

 “DEFEAT”

 目に刺さる赤い文字。

 読みは合ってた。けれど、それは独りよがりの“独り言”だった。

 伝わらなければ、読みなんて意味がない。

 試合前のインターバル。音声チャットに、混じるノイズのような声。


「空間管理もできてないのに、情報だけ飛ばしてどうするの?」

「“正解”ってさ──ちゃんと届かなきゃ、ただのノイズだよ?」

 それは、相手のロットンの声だった。

「将棋盤じゃないんだよ、ここ。現実は泥だらけの床。読みたいなら、まず足元拭いたほうがいい」

 熱はなかった。ただ、突き放すような確信があった。

「……でも、あんたみたいな“正解しか知らない奴”って、最初に崩れるんだよな」


 言葉を投げ捨て、ロットンは通話を切った。


 第2ラウンド開始。

 私は手早くノートにマップを描き直し、言語を変えた。

「カグラ、右奥の足場までスライドして。そこから、対面のパイプ裏──視線が通る」

「……わかりやすい」

 ほんの少し、意外そうな声だった。

 私は“自分の頭の中だけの地図”を、“伝わる言葉”に変えた。

 その瞬間、わずかに世界が応えた気がした。

 太蔵が左から、音もなく挟み込む。

 私は倉庫裏からロットンの背面を取る。

 遮蔽物の影から出てきたロットン。撃つ。

 一発命中──だが、倒しきれない。

「……ふーん。やっと“自分の地図”から出てきたか」

 音声が返ってきた。軽い口調の中に、わずかに混ざる焦り。

 即座に指示を飛ばす。

「太蔵さん、倉庫通路から回って! カグラ、そこから遮蔽出て!」

 カグラの弾がロットンを撃ち抜いた。

 ログに“KAGRA→ROTTEN”の文字が浮かび、その直後、最後の敵も太蔵が仕留める。

 “WIN”

 けれど、勝ったというより──帳尻が合っただけだった。


 そして、第3ラウンド。

 私はノートを再び開く。敵の足音、反響、斜線。

 それらを組み替え、“伝える言葉”に変換していく。

「カグラ、右の鉄骨足場に入って。パイプの陰を抜けた敵、そこから狙える」

「分かった」

 試合開始。

 私は階段を上り、わざと鉄板を踏んで音を響かせる。

 おとり。音で敵の視線を集める作戦。

 ロットンが反応。銃口がこちらに向く。

 私はすぐに姿を隠す。完璧な流れ──のはずだった。

「……太蔵さん?」

 左側にいるはずの太蔵が、動いていない。

「敵の足音が消えた。ルート、ずらされてる」

 ──一瞬のズレ。

 その刹那、ロットンが唐突に振り返る。

 そこに──カグラがいた。

 だが、予定より早いタイミング、違うポジション。

「撃たれた!」

 遮蔽に入る前に撃ち抜かれるカグラ。“ROTTEN→KAGRA”の表示。

 私が焦って覗いた瞬間、ロットンのスコープがこちらを捉えていた。

 ズレた、じゃない。読まれていた。

 銃声。アーマーを貫く衝撃。

「ナナミ!?」

 中央から太蔵が出てくるが、すでに──待ち伏せされていた。

「……読み負けたか」

 彼の低い声と共に、再び“DEFEAT”の赤。

 “正しい読み”では、勝てなかった。

 あの男は、こちらの“読みの言語”ごと──上から塗り替えてきた。

 ロットンは、ただの強者じゃない。

 彼は、“盤面そのもの”を動かせるプレイヤーだった。

 私の“地図”が、閉じられていく音がした。


 4ラウンド目

 私はノートを見返しながら、前回の成功パターンを“逆転”して設計し直した。

「作戦は“ミラー展開”。前回と同じ初動で、逆の配置。カグラは左通路、太蔵さんは中央から。私はまた上段を踏みます」

「了解」

「動く」

 私は階段を踏みながら、再び金属の音を鳴らして上段に向かう。前回と同じ誘導。相手にとっては“またか”という既視感のはず。

 案の定、ロットンが再び遮蔽物の陰から姿を現した。

 今度は警戒して、慎重にこちらを狙っている。

 私は姿を少しだけ見せる。

 ロットンが狙撃姿勢に入った瞬間、私は横に跳び、遮蔽に隠れる。

 そのわずかな間に、太蔵の銃が一閃。中央通路から正確に撃ち込まれた弾が、ロットンの肩口をかすめる。

 ロットンの照準がぶれた瞬間、カグラが左通路から駆け上がってきた。

 斜線がクロスし、ロットンが慌てて後退したところに、カグラの弾が背後から命中する。

 “KAGRA→ROTTEN”の表示が再び浮かぶ。

 同じ戦法は通用しない? なら、“同じ構図”で逆に読ませる。

 それが、空間を読むということ。


 最終ラウンド

「最終作戦、ロットンを動かして、動線のズレを誘導します」

「了解」

「了解」

 私は倉庫側の鉄板通路を小走りに移動し、射線が通る場所でリスキーだったけどあたしは陽動のために動いた。

 金属が鳴り、工場の空間に反響する。

 ロットンが反応する。スナイパーポジションから移動し、こちらへ向かってくる。

 私はその場から動かない。

 敵の意識を釘付けにしたまま、じっと息を潜める。

 通路を抜けたロットンが、私に照準を合わせた。

 その瞬間――左の通路からカグラが滑り込むように飛び出す。

 ロットンがわずかに後退しようとしたとき、背後の遮蔽を抜けて太蔵が姿を現す。

 まるで最初から、そこに“誘い込まれていた”ように。

 太蔵の弾が、ロットンの背中を撃ち抜く。

 ロットンの身体が弾かれるようにして倒れ込むと、続けて残りの敵も一掃された。


 “VICTORY”


 白い勝利の文字が、ディスプレイに浮かび上がった。

 私は思わず、ヘッドセットを少しだけ外して、深く息をついた。


「っしゃああああ!」


 通話越しに、カグラの声が跳ねる。

「ナナミ、今の作戦、ガチで天才じゃん!」

 私は言った。

「命名、斜線クロス作戦!」

「なにそれダッサ……」

「命中したんだからいいじゃん!」

 私は笑った。

 私は、手元のノートを見下ろした。

 ロットンからチャットが届く。


 ROTTEN:“共有できる地図”か。悪くない。次は、もっと“読みにくい盤面”で待ってる。


 太蔵さんからは、短いひと言。

 TAIZO:一勝、おめでとう。

   

 私はノートの余白に、丁寧に書き込む。


「“見えてても伝わらなきゃ意味ない”。次はそれも含めて読む。」


 次はもっと、正確に。

 もっと早く、もっと伝わるように。

 この世界を、誰よりも正確に、“美しく”読んでみせる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ