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2ー3

 期待する気持ちが半分。心配だとか不安だとか、そういう暗い気持ちが半分。競り合う私の気持ちも知らぬまま、振り返った先生は口を開いた。


「極寂さん、その、最近はどう?」

「……え、っと」


 どちらの気持ちも優位にならないまま、視線を彷徨わせる。投げかけられた言葉は私にとっては答えにくいもの。というか、正直訊かれたくはないこと。だけど声をかけてくれたというその事実はどうしようもなく私の胸を掻き乱す。

 落ち着かない感覚が私の背を押していた。何か言うべきだって。話をするチャンスだって。でも。


「そう、ですね。大丈夫、です」


 伊好先生の顔をまともに見ることができないまま、私の唇は勝手に弧を描く。何の答えにもなっていない私の返事に、先生はそう、と曖昧な笑みを浮かべるだけ。お互いに向けるのは作り物の笑顔。踏み込めないのか。踏み込まないのか。それとも踏み込む必要なんてないと思っているのか。……そんなの全部、結果は一緒じゃないか。


「ええと、無理はしないでね。もし何かあれば……いえ、何もなくても、極寂さんさえよければ話を聞きたいって思ってるから」

「……ありがとう、ございます」


 それでおしまい。伊好先生は今度こそソファから離れていってしまう。声が出そうになって、でも言葉は何も出てこなかった。本当はまだ話がしたかった。聞いてほしい話も、ないわけじゃなかった。それでも右手をソファに押し付ける。何もしないまま、私は伊好先生が保健室を出ていくのを見送った。


「ふふっ」


 そんな私を笑う人が一人。口を尖らせてそっちを向けば、デスクに戻ったくーちゃんが椅子に座るところだった。彼女は置きっぱなしにしていたマグカップを手に取ると、とっくに冷めてしまっているであろうコーヒーを口に運ぶ。


「何笑ってんの」

「ん? べっつにー、素直になれば良いのにねぇ?」


 揶揄うように言って、くーちゃんが立ち上がる。窓際に置かれたコーヒーメーカーをいじり始めたその姿を睨みつけてみたけど、彼女は私の方なんて見向きもしない。


「話したいんでしょ、伊好先生と。ならそう言えば良いのに。言葉にしなきゃ叶わないわよ」

「それができたらやってますよーだ」


 クッションを抱え直して再びソファに身体を倒す。横になった視界の中でくーちゃんがちらとこちらに目を向けた。


「伊好先生ね、極寂のこと気にしてるのよ。話をしたいのはあの人も一緒。気持ちは違うけどね。でも心配してくれてるのは本当なんだから、ちょっとくらい頑張ってみなさいよ」

「…………」


 心配、されたって。そう思っているはずなのに、今自分が唇を噛み締めている理由はそれとは違う気がした。


「ま、あんまり困らせないであげなさいよ」


 わかってるよと投げやりに返事をしてクッションに顔を埋める。暗くなった視界の中で、どうだかと呟いたくーちゃんの声が聞こえた。その声は私を咎めていない。そのせいだ。頭を支配するのは考えたくもないことばかり。

 わかってる。全部ちゃんとわかってる。伊好先生が私を心配してくれていることも。それが担任として当たり前の感情であることも。それ以上の気持ちがないことも。

 わかってるよ。くーちゃんにも心配をかけてることだって。全部全部、原因は私にあるんだって。

 でも、どうしようもないじゃん。わかっててもどうしようもない。学校に、みんなの中に馴染めないのはもうしょうがないんだよ。

 誰かに嫌がらせをされてるわけじゃない。誰かが悪いわけじゃない。それでも、どうしたって、私はあの空間に居られない。居たくない──それは、私が普通になることを放棄しているせいなんだけど。

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