12ー4
午後五時を過ぎて保健室を出た。別れはいつも通りで、だから明日はきっと今日と変わらないはずだ。
誰もいない廊下を進んで昇降口へ。静かだった。生徒たちの声も吹奏楽部の練習の音も聞こえるのに、それでも静かだと思った。きっと別の世界の音だと認識してるんだろう。もう交わることなんてない世界の音だって。
「極寂、さん」
その声に、足を止める。本当は止める必要なんてなかったのかもしれない。それでも足は止まった。
顔を上げる。正面には伊好先生の姿があった。鈍色の瞳が頼りな気に揺れている。その目は私を見ようとはしない。
「伊好先生」
紡がれた言葉が昇降口に大きく響いた。伊好先生はまだ、私を見ない。
「避難訓練の日は、私のこと見てくださいね」
「……へ?」
どういう意味? そう訊ねるような瞳が私に向けられる。ようやく私を見たその目は、けれど私が真っ直ぐに見つめ返せばまた逸らされてしまう。
「その時になればわかりますから。それじゃあ、失礼しますね」
下駄箱に向かう私を止める声はない。
伊好先生は結局、私の言葉を受け取ってくれたんだろうか。私は伊好先生の言葉を受け取れないままだった気がする。受け取れない言葉は存在する。だから、仕方ない。仕方ないけど、もう少し時間があれば何かが変わっていたんだろうか。
声は届かず、時は足らず、そうして終わる──たとえそうなったとしても、それは後悔にはならない気がした。




