12ー3
壁にかけられた時計の針が指すのは午後四時半。聞こえるのは時計の針が進む音とくーちゃんがパソコンのキーを叩く音だけ。
蝶は保健室に来ていない。二人と仲直りの会をするんだってさ。
「本当に行かなくて良かったの」
「いいよ。死人が行っても仕方ないでしょ。親睦を深めたってどうせすぐ消えるんだから、私」
さっぱりと返したつもりだったのだが、くーちゃんは辛そうな表情をする。なんだか申し訳なくて、話題を変えることにした。
「屋上、大丈夫そう?」
まあ、変えたところで、と思わなくもない内容なんだけど。問いかけに、くーちゃんは辛気臭い顔のまま頷いた。
「鍵開けて拡声器置くくらいならね。念のため聞くけど、叫んでそれで終わりよね?」
「ん? ……うん」
「ちょっと、なによその間は、まさか飛び降りたりしないでしょうね? 極寂、飛び降りたら消えるんでしょ?」
「同じ場所から飛び降りないと消えないよ、大丈夫」
それが本当かどうかはわからないが、とりあえずそう書かれていたのだから信じるしかない。くーちゃんは辛気臭い顔からものすごく渋い表情へと変わる。
「なんなのその顔」
「……いや、怖くないの?」
「……怖いよ、そりゃ」
当たり前だ。怖くないわけない。だって私はとびきりの怖がりなんだから。
「飛び降りるのは、もちろん怖いよ。いくら痛くないって言ったってさ、怖いに決まってるじゃんか。……みんなの前で叫ぶのも怖いよ。話聞いてくれるかわかんないし、無駄に終わるかもしんない」
クッションを抱きしめる。それでも誤魔化しきれなくて顔を埋めた。ぎぃ、と、椅子の軋む音が耳に届く。暗闇の中、くーちゃんがこっちに近づいて来ているのがわかった。
「怖いなら、やめてもいいのよ」
声はすぐ目の前から。優しく私を止めてくれる。引き留めてくれてる。
きっと、死ぬのが嫌だって言えば、くーちゃんはあの死体をなんとかしてくれる。根拠なんてないのにそんな気がした。
でも。
「──ううん、やめない。ね、くーちゃん。私はやっぱり今が間違いだと思ってる。知んだ人間は生きてちゃいけない。生き返っちゃいけない。だから今は、間違った時間が流れてる」
自分で自分の存在を否定する言葉を吐いて、その言葉が鋭く胸へと突き刺さる。馬鹿みたい。自分がつけた傷で泣きそうになるとか。でもさ、事実だから。
「私は、屋上から飛び降りるかどうかはわかんないけどさ、それでもみんなの前でちゃんと言うよ。それは必要なことだから。私がこの世界とお別れするために。蝶がこれから過ごしていくこの場所を、少しでも変えるために。だから、たとえそれが無意味に終わってもやる」
鼻を啜って顔を上げた。上げたのと同時に、くーちゃんが私の頭に手を置いた。ものすごく辛そうな笑顔を浮かべて。
「約束する。無駄にはならない。無駄にはしない、わたしと丹吉瀬さんが。だから、極寂も約束しなさい。避難訓練の日まで毎日ちゃんと保健室に来るって」
「──うん」
絶対よ、なんて静かな声が私の心臓を掴んだ。あんまりにも強く握るものだから痛くて泣いてしまいそうになる。
けど、今じゃない。泣くのはきっと今じゃないから、私も笑った。それがとびきり歪な笑顔だとわかっていても、笑った。涙がたっぷりとためられた灰色の瞳から目を逸らさずに。




