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11ー5

 避難訓練の日の計画を少しだけ話し合って、その日はお開きになってしまった。


「そういえばさ、極寂の遺体がある場所ってここ?」


 帰り際、携帯電話の画面を見せながら訊ねてきたくーちゃんにうんと頷きを返す。彼女はそ、とだけ呟いてすぐに携帯電話を片付けた。


「通報しないでよ」

「しないわよ。わたしだって──ともかく、気をつけて帰りなさいね、二人とも。また明日」


 保健室を出る。

 吹奏楽部が練習する音が校舎には響いていた。

 人気のない廊下を蝶と並んで歩く。蝶はずっと、雨の日の夜みたいな瞳をしたままだった。


「ねえ、蝶。あのさ」


 続けるべき言葉を考える。選ぶべき言葉はいくつかあった。そのうちの一つを口にする。それを訊ねるべきかそれともさっきの呟きについて訊くべきか、どちらかしか今は選べないとわかっていながら。……でもそれは結局、どちらも同じところに繋がっていたのかもしれない。


「あのさ、昼休み、なんで保健室に来たの?」

「……嫌だった?」

「そんなわけないでしょ。けど、その、昨日のことがあったから気になったの。やっぱ、あの子たちに何か言われた?」


 目だけを蝶へと向ける。蝶は昏い瞳のまま口を開きかけて、けど、言葉は吐き出されなかった。


「……あ」


 足を止めた彼女に倣って立ち止まる。真っ黒な瞳が小さく震えていた。

 視線の先を追う。下足箱のそば、靴を履き替えている二人が私たちに気がついた。でもすぐに、その目は私たちから逸らされてしまう。


「あ、えっと、蝶」


 蝶の友人たちが出した声はぎこちない。蝶と友人であるはずなのに、まるで無関係な他人に話しかけているようだ。


「極寂さんと一緒、だったんだ」

「……うん」


 会話が続かない。いつものような無遠慮な明るさが今の彼女たちにはない。

 何か言わなきゃ。原因は私だ。ならなんとかしないと、じゃないと、蝶は──でも、何も言葉が見つからなかった。


「あ、あー、あたしらもう帰らないと! じゃあね!」


 そうして、二人は足早に昇降口から出て行く。蝶は追いかけることもせず俯いている。


「蝶……」


 何を、言えばいいんだろう。呼びかけに蝶が顔を上げる。力無い笑みは、私の胸を強く締め付けた。


「ちょっと、二人と上手く話ができなくなっちゃって。それだけ。仲間外れとかじゃないよ、別に。何話していいかわかんなくなっちゃっただけ、私も、多分二人も。あ、クラスの人に何か言われたりとかはないよ! 二人とも黙ってくれてるみたい。だから二人は何も悪くないの。何も悪く、ないんだけど」


 早口で言うと、蝶はまた視線を床へと落とした。

 開け放たれたドアの向こうにはほのかに黄色の混じる青空が広がっている。陽の光は入ってきているんだけど、でも今私たちが立っている場所には影が落ちていた。だから、俯かれると顔が見えない。蝶は今、どんな顔をしてるんだろう。蝶は今、どんな気持ちでいるんだろうか。


「ごめん、帰ろっか」


 作り笑いを浮かべた顔が私に向けられる。それに笑顔を返せないまま頷くことしかできなかった。

 日が、当たらなくても良い。無理に光ってなくたっていい。だけど暗いところには居ないで欲しい。


「大丈夫。大丈夫だよ、蝶」


 歩きかけた蝶の足が止まる。

 昏い瞳がぼんやりと私を見ていた。私が羨んだ蝶は、そんな目をしてなかった。たとえ裏でどれほど思い悩んでいたんだとしても、それでもこんな目はしてなかった。

 だから。


「蝶は、ひとりぼっちにはならないから」


 ひとりぼっちにはしないから、絶対に。

 たとえ私がいなくなったとしても。

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