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10ー6

 何を変えるのか、誰のためなのかはわからないけれどね、と。そう口にした母の瞳は誰のものとも違う。強いて言うなら、そう、くーちゃんが私に向けている目に似ているんだ。


「わた、し、私は、本当は、ずっと、嫌だった──」


 だからなんだろう。ずっと続けてきた演技ができなくて、自分を守るような強い態度も今は取れなくて。


「結婚とか子供とかそういう話を聞くのが嫌だった。だって私は結婚しないし相手がいたってできないじゃんか。子供だって持てないし持ちたくないし、何なら嫌いだしさ。彼氏は居ないのとか無神経だし余計なお世話だし、そもそも男の人が好きな前提で喋んないでほしかった。男の人を好きになるのが当たり前で普通で、そういうのが私は、ずっとずっと嫌だったんだよ」


 うん、と優しい声で相槌が打たれる。両親は私の身勝手な言葉を遮ろうとはしない。くーちゃんが私に向けるのと同じような目をしたままだった。

 そんな二人の顔が歪む。滲む視界を否定するように首を振った。泣いていいわけない。だってこんなの、ただの我儘でしかないのに。


「でも、でもそれがみんなにとっては普通のことなんだって、当たり前の日常なんだってわかってる。わかってるんだよ。仕方ないって我慢して黙ってればいいだけなんだって、わかってるよそんなの。それなのに私、我慢できなくて、聞き流せなくて勝手にイライラして、ただ適当に相槌打って終わらせればよかっただけなのに。ずっと黙ってればそれでよかったのに。なのに、私にはそれ、もうできない、できなくて、私──なさい、ごめん、ごめんなさい──」


 唇を噛み締めた。そうしていないと何かが自分の中から飛び出してしまいそうだった。飛び出したら最後、自分が自分でいられなくなる気がしたんだ。

 どれだけ強く唇を噛んだってやっぱり少しも痛くない。血の味もしない。

 鈴、と。呼びかけられた声はひどく優しい。穏やかな笑みが滲む視界の中で揺らいでいた。


「鈴は悪くない。悪くないんだ、何も、絶対に」

「──でも」

「たとえ他の誰かに悪だと言われたって、それでも悪くはないんだよ。たとえ誰にも認められなくても。なあ、鈴。そのままでいいんだよ。人を殺したり危害を加えるようなことなら咎められるべきかもしれないけどさ、鈴はそんなことしないだろう。ただ同性が好きなだけなんだ。それを悪いなんて言う権利は誰にもない。みんなと同じになりなさいなんて言う権利もない。そうなる必要だってないんだよ。少なくともお父さんは、お父さんとお母さんはそう思ってる」


 二人の顔が見えなくなる。泣くものかと瞼が勝手に抵抗した結果だった。それでも強く閉じた瞼の隙間から涙は溢れ出す。

 自分の感情が少しもわからない。嬉しいのか悲しいのか、それとも怒っているんだろうか。何一つだってわからなかったけど、でも、確かに一つだけわかる感情があった──じゃあ、なんで私は死ななきゃいけなかったんだろうか。なんで私は死んじゃったんだろう──ああ、泣いてる理由なんて簡単じゃないか。

 もう、戻れないって、戻せないって本当にわかってしまったからなんだ。

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