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10ー2

 聞き慣れた足音が遠ざかっていく。それがすっかり聞こえなくなったところで、私は蝶の友人たちに向き直った。


「悪いけど、帰ってくれる? 二人が話したいのはきっと私じゃなくてレズビアンの同級生だよね。そういうの、嫌だからさ」

「っ、そんなつもりじゃ」

「そうだよ、あたしらは普通に極寂さんと仲良くしたいだけで、別に極寂さんがレズかどうかなんて、そんなの」

「じゃあ、なんで無遠慮に踏み込んできたの? 訊く必要なかったよね、本当に同性愛者なのかどうかとかそういうこと」


 それは、と二人は顔を見合わせる。お互いに何か弁解の言葉を持っていないかを訊ねるように。だけど二人とも、そんなもの持っていなかったんだろう。 


「……ごめん、極寂さん」


 謝らなくていいよ、なんて、思ってもいない言葉が口から飛び出す。吐き出したそれにはひどく暴力的な色が滲んでいるような気がした。


「……ほんと、ごめん」


 そう言って、二人が私に背を向ける。彼女たちはそのまま保健室を出ていこうと歩きだして、でも。 

「待って」


 でも、その声に足を止めた。


「待って、二人とも」


 蝶が、立ち上がってた。黒髪が彼女の顔を隠していて、私にはその表情がわからない。

 シャツの胸元を握りしめる手は小さく震えている。苦しげに息が吐き出された。

 そっと、顔が上げられる。漆黒の瞳は不安そうで、だけどそこにはいつもみたいな輝きがある。

 その瞳が、真っ直ぐに彼女たちを見つめた。


「──私はさ、鈴と同じなんだよ」

「────」


 息を呑んだのはきっと、蝶以外の全員。

 心臓が凍りついてしまったみたい。息が止まる。蝶から視線を逸せなくなる。一瞬が永遠に感じられる。止まってしまった時を、蝶は無理矢理動かした。


「私も鈴と同じで女の人が好き。同性愛者ってやつなんだよ」


 知らなかったでしょ、なんて冗談めかして蝶は口にする。でもそれがただの強がりだってことくらい誰でもわかるよ。だからそんな風には笑わないでよ。


「あ……っと、あ、あれでしょ。あたしたちが変な感じになっちゃったから冗談言ってるだけ、だよね?」

「そ、そんなことしなくてもいいよ蝶! あたしらもなんか、悪いことしちゃったなって思ってるしさ。ほら、その、無理に気を遣わなくたって」

「違う。違うよ、二人とも」


 蝶はきっぱりと首を振る。力強いその動作に気圧されたように二人は黙ってしまう。


「冗談じゃない。鈴を庇うとかそういうのでもない。私は二人に本当のことを知ってほしかっただけ。ほら、気になってたんでしょ、なんで私が鈴と仲良くしてるのか。教室でもずっと知りたそうにしてたじゃん」


 だから言ったの。

 その声はひどく静かで暗い。まるで海の底の色だ。


「私は同性愛者だよ。鈴と同じ。だから鈴と仲良くしてた。私と同じでみんな普通に、って二人は言ったよね。……ごめんね、私はその普通の仲間じゃないんだ」


 ──断絶だ。

 いつか自分が見た景色が今この場で再現されている。それがわかっているのに私は、何も言えない、何もできない──でも、それは蝶の友人たちも同じだったんだろう。二人は何も言えないまま視線を泳がせていた。そんな二人に蝶が向けたのは作り物の笑顔で。


「ごめん、不快な思いさせて」

「そ、ちがっ、蝶が謝ることじゃ」

「そうじゃ、そうじゃないよ、蝶。あたしら、あたしたちは、ただ──」


 ただ、って、言うけどやっぱり言葉は見つからないんだろう。ぎゅうと強く目を閉じて、蝶の友人たちは首を横に振る。そんな彼女たちに蝶はもう一度、ごめん、なんて謝罪を口にしていた。


「──あ、あー、あたしたち、今日は帰るね。ごめん。ちょっと、考えさせてほしいから」

「……うん。ごめん、蝶。極寂さんも、ごめん、色々」


 蝶の友人たちは早足で出入り口に向かう。少しでも早くこの場から逃げ出したいなんて足取りで。

 去り際、じゃあねと吐き出された言葉は、正しく別れの言葉のように感じられた。

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