6ー3
「……ただ同性が好きなだけ、でしょ」
悲痛な声に顔を上げた。蝶の前髪が彼女の瞳を隠してしまっている。今、蝶がどんな感情でいるのかわからない。それでもスカートの上に置かれた両手が強く握りしめられているのはわかった。
「それが普通じゃないとか、それでみんなから拒絶されるとか、そんなのはおかしいでしょ。そっちのが、ずっと間違ってる」
どうしてか、その声が必死なものに聞こえた。そうじゃなきゃいけないって、言い聞かせるみたいに。
「普通じゃないなんてことはないって、私だって……でも多数派じゃない。だから受け入れられない人はいるし、みんなの輪に入れないことだってある。一般的じゃないんだもん」
「だけどそれだけで」
「私さ、子供嫌いなんだよね」
唐突な私の発言に蝶が顔を上げる。白い鼻の先が赤くなっていた。蝶は何が言いたいのかわからない、なんて表情で首を傾げる。
「それだけ、じゃないって話。ほら、みんなは子供のこと可愛いって言うじゃん。早く結婚したいとか子供が欲しいとか、そういうこと言ってみたり。……私はそういうの、少しも理解できない。理解、したいとも思えないんだよね。子供が可愛いとか一回も思ったことないし、絶対産みたくない。もし自分が妊娠したらとか子供を持ったらとか、そういうの考えると吐きそうになる。ほんと、気持ち悪い」
吐き捨てるように口にして、小さく息を吐いた。腹の底に溜まりかけていた黒く粘り気のある感情を減らしたくて。でも少しも減ってない。真っ暗なそれは蝶の瞳と同じ色をしているはずなのに、蝶のそれとは違う。輝かない。光はない。美しさだって。
「あー、だからさ、そういうところも普通じゃないの、私。みんなみたいに思えない。みんなみたいになれない。それが嫌なくせに私は、みんなみたいになろうとしない」
意味わかんないでしょ、そう言って口を閉じる。
保健室に訪れるのは静寂。時計の針が進む音だけが異物のように自己主張していた。昼休みを楽しむ生徒たちの声は確かにこの場所に届いているはずなのに、違う世界の音みたい。今この瞬間、保健室だけはこの学校から切り離されている。私の望みとは違う形で。
制服のスカートを握る私の両手は震えていた。小さく息を吸い込む音が耳に届く。怖かった。何を言うんだろうって。何を言われるんだろうって。
「……はは、鈴ってば、おかしい」
恐る恐る目だけを動かして蝶の顔を見た。笑ってると思って。でも、どうしてそんな顔をしてるの。困ったように眉を寄せて、今にも消えそうな光が宿った瞳を歪めて、口の端を引き攣らせて。
「……なんでよ」
返されたのはなんでの意味を誤解した回答。
「お仲間でしょ、って言ったのは鈴じゃんか。なのに自分はひとりぼっちみたいなこと言うんだもん。忘れないでよね、私たちはお仲間なんだってこと」
「お仲間、って」
だけど蝶は違うじゃん。蝶はみんなと普通の世界で生きてるじゃんか。
そんな私の考えを知らないまま、蝶は口を開く。
「私もさ、子供、苦手なんだよ。好きじゃない。嫌い、って言うと怒られちゃいそうだからそうは言えないけどさ。でも関わりたくはない。可愛いだなんて少しも思えない」
蝶の手が私の手を取る。彼女の手にも私と同じように汗が滲んでいた。
「私は鈴のお仲間だよ。……鈴が普通じゃないなら私だって普通じゃない。だからさ、ひとりぼっちだとか思わないでよ。寂しくなるじゃん、そんなの」
そう言って蝶は口の端を釣り上げる。影の差したぎこちない笑顔。見てられない。でも、そっか、なんてこぼして笑顔を作った。だけどそれは結局心からの笑顔じゃない。
だってそうでしょ。
お仲間──確かにそう言ったけど、結局のところ蝶には居場所がある。この子はこの世界で生きていけてる。正解のフリができてる。なのになんでそんな顔するの。ふざけないでよ。私は違う。私は、私だけはずっと間違ったままで、この世界から拒絶されたままだから。ずっと、きっと、死ぬまで。




