6ー1
昼休みの保健室には人の出入りが多い。用事で訪れる教師陣。怪我や身体の不調で訪れる生徒たち。ただくーちゃんに会いにきただけの暇人。そんな来客たちを無視しながら私が座るのはいつもの定位置のソファではない。お弁当を食べるため、中央に置かれたテーブルに向き合っていた。
白いテーブルクロスの上にはシンプルな紅色のお弁当箱が一つ。蓋を開ければ今日のメニューが姿を現す。おにぎり、卵焼き、ブロッコリー、それから冷凍食品の唐揚げ……それを見ても私のお腹は空腹を訴えてくれない。
この一ヶ月ほど、ずっと食欲がない。食べられないわけじゃない。でも、積極的に何かを食べたいとは思えなかった。
「……いただきます」
冷めたお弁当からは何の匂いもしない。ああ、食べたくない。それでも残すわけにはいかない。そう思って箸を伸ばしかけたところで。
「こんにちは」
聞き慣れた挨拶が聞こえた。出入り口に立つのは弁当袋を片手にした蝶。彼女はくーちゃんに軽く会釈をして私の方へとやって来る。そうして何を言うこともなく隣に腰を下ろした。
「どったの、まだ昼休みだよ。珍しくない?」
「べつにー。なんとなくだよ。たまにはいいでしょ」
そりゃあいいけどとこぼす私を無視して蝶は昼食の準備を進める。黒色の弁当箱の蓋には金色の蝶が羽ばたいていた。蓋が開かれて、目に入ったのは大きなハンバーグ。蝶のお弁当からも、やっぱり美味しそうな匂いはしない。
「昼休みも保健室に居るの、本当だったんだ」
「は? 何言ってんの、蝶。この前はずっと居るみたいに言ってたじゃん」
「う、それはそうだけど、そうじゃなくてさ。その……」
その、に続く言葉を待ってみる。蝶はしばらく箸を動かしてハンバーグを切っていた。だけど何かを決めたように頷くと、箸を置いて私に顔を向ける。
「その、鈴が教室に居たくないのってなんでだろう、って」
「それ、は」
「……ごめん、何も知らないわけじゃない、とは思うんだけど。噂は、やっぱり聞いてたし。聞いてたから最初は、その……」
そこで蝶はまたごめんと呟く。別に謝る必要なんてないのに。
「それでも、詳しいことは知らないんだ。鈴って全然普通じゃん。あ、普通じゃんって変な意味じゃなくて、普通に私と喋るからさ。だからみんなとだってうまくやれるはずなのにって思って。だから、なんでだろうって。鈴はなんで、教室に居たくないのかなって」
「なんで、って……」
噛み潰しきれていないご飯を無理矢理喉に送りこむ。でもうまく飲み込めなくて、それは喉の途中で止まってしまう。水筒に手を伸ばした。不快な感覚を少しでも早く押し流したくて。一口、二口、お茶を飲み込む。だけど結局、違和感は胸の辺りに留まり続ける。
「──丹吉瀬さん」
静かな声が部屋に響いた。くーちゃんが私たちを見てる。何か言いたげな表情を浮かべて。
ふと、周囲を見渡す。気がつけば保健室にいるのは私と蝶と、くーちゃんだけになってしまっていた。
灰色の瞳が小さく揺れ動いている。ええと、と桃色の唇が動き始めて、でも。
「いいよ、くーちゃん。大丈夫。それに、蝶にはちゃんと話さなきゃだから、やっぱり。……付き合わせちゃってるし」
作り笑いで彼女の口を封じた。念を押すようにもう一度、大丈夫だと口にする。くーちゃんの顔がほんの一瞬だけ歪んだ。その顔はすぐに緩く巻かれた髪の毛に遮られて見えなくなる。
……なんでくーちゃんがそんな反応するのか、少しもわかんないや。
「無理は、しないでよね。……わたし、ちょっと職員室行ってくるから」
苦しげなその声に頷いて箸を置く。くーちゃんは顔を見せないまま、保健室を出ていってしまった。




