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5ー2

「鈴はさ」


 と、すぐ目の前に蝶の顔が現れる。身体を傾けて私を覗き込む蝶の瞳には、今日も静かな光が宿っていた。


「講演会、嫌なの?」

「……べっつにー、そういうわけじゃないけどさ」

「けど?」


 真っ直ぐに向けられるその目を見続けることなんて、できない。だから瞼を閉じて現実を拒絶した。


「意味ないじゃん、こういうのってさ」

「そう? こういう人の話を聞くのも大事だと思うけど。ほら、大人だしさ。やっぱり経験してきたこととか色々あるだろうし」

「……経験、ね。けど当事者かどうかはわかんないよ。勉強しただけの人が来ることもあるだろうし」


 勉強しただけ。自分で言って嫌になる。思わず鼻を鳴らしてしまった。勉強してくれてるだけありがたいじゃないか。だってそういう人たちは理解しようとしてくれている。私たちを。私ではなく、私たちという集団を。だから何も知らないで毎日を過ごしている普通の人たちよりはずっとマシ。

 ……こんなの他の人から見れば、我儘で傲慢な考えだってわかってるけどさ。


「そっか。そういうこともあるのか。……けどさ、それでもみんなにとっては新鮮なんじゃないの? その、身近にそういう人がいるって考えてなかったけど、話を聞いてそういう人がいるかも、とか。少なくとも誰も何も感じないなんてことはないでしょ」

「そうかもね。でも……でも、中学の時は無駄だったよ、全部」

「え、鈴の中学校ではあったんだ。……そっか、うちはなかったからさ」

「そう。ならその方が良いかもね。だって──聞いたって、意味ないもん。何にも残らないんだから、みんな」


 漏らした声は、自分でも呆れるほど頼りないものだった。やめてよね。なんでそんな声になるわけ。なんで今更、それじゃあ悲しいみたいじゃんか。

 頭のすぐそばにあったクッションを掴んで顔を埋める。柔らかいそれが瞼にそっと寄り添ってくれている気がした。


「そう、かな。そんなこと、ないと思う。うん。何もしないよりはずっといいはずだよ」


 その言葉は、眩しかった。光っていた。目を閉じて、瞼にクッションを押し付けて、それでも網膜に届く。ああ、嫌だ。嫌になる。なんでこの子はこうなんだろう。なんでこの子は、ちゃんと生きてるのに。なんで私はこの子みたいにはなれないんだろう。なれなかったんだろう。


「……そうかもね」


 でもきっと、彼女から光が失われていないのは偶然の積み重ねの結果なのだろう。無意識の刃に気が付かず、傷つけられず、興味も持てず……そうに決まってる。そうじゃなきゃこんな風にいられるはずがない。だから、傷つけば良いと思った。いっそ傷つけば、彼女はきっと間違いに気がついて──間違いって、なんだろ。

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