3ー5
「は、あ──はあ──」
吐き出した息には熱がこもっていた。ようやく立ち止まった身体が叫んでいる。もう限界だと。もう休ませてくれと。心臓が強く胸を叩いている。何かを急かすように。それに背を押されて顔を上げる。
見上げた空は、炎の色に良く似ていた。それが灰色の建物をくっきりと浮かび上がらせている。屋上には誰の姿もない。いや、もとよりここには誰の姿もない。
何を求めてここに来たのか。わからない。なのに私の足は迷うことなく私の身体を運んでいく。なんだか誰かに操られてるみたいだと、考える頭を置き去りにして。
コンクリートで造られた建物の内部は息がしやすかった。ひんやりとした心地のおかげだろうか。それでも心臓は落ち着かない。早く早くと私の背を押し続ける。それに逆らうこともせず、階段に足をかけた。
「…………」
一瞬、躊躇いかけたのは気のせいだろうか。気のせいだったんだろう。すぐに私の足は階段を上り始めたから。その先に何が待っているのかもわからないで──嘘。本当は、全部知ってるくせに。
最上階。ぽかりとくり抜かれた穴の先、何の飾り気もない屋上が広がっていた。燃えるような空には紺色が混じり始めている。
「────」
綺麗だと、思った。羨ましいと思った。あれに触れれば私を燃やしてくれるんじゃないかって。私も綺麗に染まれるんじゃないかって。誰にも汚されない、誰のことも汚さない──誰にも邪魔されない色に。
足取りは不確か。それでも私の身体は吸い寄せられていく。空へ。ううん、行き止まりに。
「い、た……」
がしゃんと音を立てたのはぐらついた柵。それは大きく震えているけど倒れそうにない。ぶつかった身体は痛みを訴えているけど、そんなものより柵に対する苛立ちの方が強かった。邪魔だった。だけど取り払う方法もわからない。だから乗り越える。手を置いて足をかけて、柵の向こう側に。
「あ」
漂う雲が黄金色に染められていた。紺色と空色と炎に似た橙色が混ざり合った空は、でも汚くなんてない。少しも汚い色をしていない。
それがやっぱり羨ましかった。綺麗なことが。混ざっても汚くならないことが。別の色に染まっていくことが。変われることが。羨ましくて、ああ、そうなれたら、そうなれるのなら──でも、人間は空にはなれない。その心は空みたいに綺麗になんてなれないんだ。人の手は空には届かない。伸ばした手は何にも届かない。届かないまま。ううん、届かないどころか。
「──ああ」
伸ばした手と空が離れていく。唇は何かを紡いだような気がしたけれど、でも、その声だって誰にも届かない。届かないまま、声の意味も理解できないまま──ただ、さいごに、鈍い音が聞こえたような気がした。




