表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/59

3ー5

「は、あ──はあ──」


 吐き出した息には熱がこもっていた。ようやく立ち止まった身体が叫んでいる。もう限界だと。もう休ませてくれと。心臓が強く胸を叩いている。何かを急かすように。それに背を押されて顔を上げる。

 見上げた空は、炎の色に良く似ていた。それが灰色の建物をくっきりと浮かび上がらせている。屋上には誰の姿もない。いや、もとよりここには誰の姿もない。

 何を求めてここに来たのか。わからない。なのに私の足は迷うことなく私の身体を運んでいく。なんだか誰かに操られてるみたいだと、考える頭を置き去りにして。

 コンクリートで造られた建物の内部は息がしやすかった。ひんやりとした心地のおかげだろうか。それでも心臓は落ち着かない。早く早くと私の背を押し続ける。それに逆らうこともせず、階段に足をかけた。


「…………」


 一瞬、躊躇いかけたのは気のせいだろうか。気のせいだったんだろう。すぐに私の足は階段を上り始めたから。その先に何が待っているのかもわからないで──嘘。本当は、全部知ってるくせに。

 最上階。ぽかりとくり抜かれた穴の先、何の飾り気もない屋上が広がっていた。燃えるような空には紺色が混じり始めている。


「────」


 綺麗だと、思った。羨ましいと思った。あれに触れれば私を燃やしてくれるんじゃないかって。私も綺麗に染まれるんじゃないかって。誰にも汚されない、誰のことも汚さない──誰にも邪魔されない色に。

 足取りは不確か。それでも私の身体は吸い寄せられていく。空へ。ううん、行き止まりに。


「い、た……」


 がしゃんと音を立てたのはぐらついた柵。それは大きく震えているけど倒れそうにない。ぶつかった身体は痛みを訴えているけど、そんなものより柵に対する苛立ちの方が強かった。邪魔だった。だけど取り払う方法もわからない。だから乗り越える。手を置いて足をかけて、柵の向こう側に。


「あ」


 漂う雲が黄金色に染められていた。紺色と空色と炎に似た橙色が混ざり合った空は、でも汚くなんてない。少しも汚い色をしていない。

 それがやっぱり羨ましかった。綺麗なことが。混ざっても汚くならないことが。別の色に染まっていくことが。変われることが。羨ましくて、ああ、そうなれたら、そうなれるのなら──でも、人間は空にはなれない。その心は空みたいに綺麗になんてなれないんだ。人の手は空には届かない。伸ばした手は何にも届かない。届かないまま。ううん、届かないどころか。


「──ああ」


 伸ばした手と空が離れていく。唇は何かを紡いだような気がしたけれど、でも、その声だって誰にも届かない。届かないまま、声の意味も理解できないまま──ただ、さいごに、鈍い音が聞こえたような気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ