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作者: 鎌堂成久

 冷たい指先から流れ落ちたのは、欲求だった。欲求を二つに分けると生理的欲求と社会的欲求がある。私のこの指先から流れ出たそれは、言ってしまえば後者だった。前者はもう満たされ尽くしている。

 私の今の状況をお伝えしよう。何もかも不自由なく暮らせる閉鎖空間に『人間』としてただ一人いる。食欲から性欲まで、すべて満たせる、いわば夢の空間。しかし、ここは無機的で、愛など感じられない。地位も何もないからただ怠惰に落ちても誰も咎めはしない。そもそも、自分以外の人間というのを見たことがない。すべての知識は本から手に入れたものだ。本だけが私に真実を教えてくれるツールなのである。鏡はあるから私に私という『人間』の姿を教授した。文字は本の字を真似た。挿入されていた誰かが書いた文字の写真は美しくないと感じたからだ。そして、その美しさの感覚はこの閉鎖されたまっさらな整然とした空間から来ていると思われる。そんな私は、これまでこの生活に満足していた。

 しかし、この空間にあった、すべての本を読みつくした今、私は自分が縛られていることに気が付いた。初めて、この空間が窮屈だと感じた。本で読んではいたが、これが窮屈なのかと感じると、ふと誰かに会いたくなった。本はすべてそろっていた。ここで起こる物理現象はすべて書かれていたし、私は理解し、頭の中に叩き込んであった。だから私は、考えた。この壁を壊せば、外に出られるのではないか、と。まずは、拳をぶつけた。もちろんびくともしない。では足。壁に垂直に蹴りを放ったものだから、壁から返る力は私が放った力と同等で、ジーンとした痛みを感じる。これでは無理だと感じたから、本に書いてあったように自分より大きいものを使って壊そうと思った。私はもてる限りの力で本を入れたまま本棚を壁にぶつけた。すると、聞いたこともない音を出して壁がへこんだ。これは成功する予兆だ、そう思った。私は嬉しくて、もう一度頑張ってみた。よりへこむ。私は寝食を忘れて壁を打った。へこむばかりで、先は見えない。どうしてだ、どうしてだ、と考えて、私は包丁を持ち出してきた。壁に刺してみる。刺さった。これまで硬いものだとずっと思っていたものは脆くも刃物をその身体に通したのだった。私はショックだった。それでいてまた希望を持った。

 ――人に出会える。

 ただそれだけだった。

 壁の先は真っ暗だった。私は思った。これが夜か、と。そのときに私はうまれてはじめて暗闇を見た。何かに包まれるその感覚は心地良かった。ここに人がいるんだろうか、そう思うと私はすぐに意識を失った。

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