「君はママのように完璧にはなれない」と婚約破棄された公爵令嬢の末路
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「婚約破棄する、君は母――王妃のように完璧にはなれない。ふざけているのか」
「わかりました、ごめんなさい」
王室庭園の東屋にて。私は王太子殿下の婚約破棄を受け入れる。
だって受け入れるしかないだろう、王妃様のようにはなれないと言われたらどうしようもないのだから。
「なぜ君は冗談も通じないのか? もっと上手い切り返しをする努力というものもないのか。将来の王太子妃ともなろう女ならば、ウィットにとんだ切り返しで場を和ませるものだ」
「そうですね。力不足でした、申し訳ございません。婚約破棄をお受けいたします」
「だから大げさだなあ、もっと努力するつもりはないのかと言っているんだ。僕との結婚など、どうせ元々やる気がなかったのだろう、まったく、君といった女は無気力で、王太子妃として頑張ろうという気が無いのか?」
「そうですね、力不足でした、申し訳ございません。婚約破棄をお受けいたします」
「だぁから、そうオウム返しだけをしていればいいと思っているのか? この僕が今、何をいいたいのか、君にはわからないのかい? 君が今までに吐いた言葉は、ちっとも僕が求めているものじゃないよ。なんとか他の言葉を言ってみたらどうなんだい」
「難しいです。力不足です。申し訳ございません。婚約破棄をお受けいたします」
「は? そんなむすっとした顔をして、拗ねてるのか? これだから女は。王妃を見てみたまえ、常に凜として前を向き、適切な言葉を夫にも臣下にも与える、女性の理想像、妻の鑑という人だ。あの人が君と同じ立場なら、そんな凡庸な態度はとらないだろうね? ほら、感情が顔に出ているよ? むすっとして、黙り込んで、どうしたんだい? がっかりしたかい? めそめそしたかい?」
「難しいです。力不足です。申し訳ございません。婚約破棄をお受けいたします」
「わけがわからないな。君は何をいってるんだい」
「力不足です。申し訳ございません。婚約破棄をお受けいたします」
「……」
「王太子殿下のおっしゃる通り、私はウィットに富んだ切り返しもできませんし、王妃のような良妻賢母、母として妻としての鑑にはなれない女です。これは全て私の力不足です。申し訳ございません。婚約破棄をお受け致します」
「はいはい、だから拗ねなくていいって。わかったならいいんだ。ほら、茶が入ってないんだけど」
「申し訳ございません、私の力不足です。婚約破棄をお受けいたします」
「はああ……君は、何を言っているのか自覚はしているのかい? 意味をわかっているのか? 婚約破棄なんて、そうそう簡単にできるものではないと知らないのかい」
私はすっくと立ち上がった。
「王家典範第37条では、王太子による婚約解消の申し出は、即時かつ絶対的な効力を持つものとされ、いかなる者もそれを覆すことはできないと定められております。さらに補則第12条により、王宮内において5名以上の証人の面前でなされた婚約解消の意思表示は、書面による申請を待たずとも、その場において法的効力が発生するとされています。同法第15条では、婚約解消を受けた側が速やかにこれを受諾した場合、一切の財産請求権を放棄したものとみなされ、かつ円満な解消として記録されることになっています。つまり、殿下が今この場で仰った婚約破棄の言葉は、この東屋に集まっている7名の立会人の面前でなされたものですから、私がこれを受諾することで、ただちに、そして完全に、私たちの婚約は無効となり、私は何の未練も残さず王宮を去ることができるということです。ですので、改めて申し上げます。婚約破棄を、お受けいたします」
「おいおいおい一気にめちゃくちゃまくし立てるな、君は!?」
「力不足です。申し訳ございません。婚約破棄をお受けいたします」
「また戻るな! おい!」
殿下は立ち上がった後、しばらく焦った様子だったが、すぐに嘲笑の態度を見せる。
「なるほどね、男か。そうだな男だ。君が自分の力でそんな内容を暗唱できるわけがない。僕が言ったことも命じたことも、ちっとも覚えていられないような女だからな。手のひらにでもカンニングペーパーを挟んでいるんだろう?」
私は手を取られようとして、さらりと離れる。
「親族関係を持たぬ未婚の子爵以上の令嬢と王族との私的な身体的接触は、王家典範第92条において重大な不敬罪に相当するとされています。また同法第96条では、婚約破棄後における双方の接触に関して、より厳格な制限が設けられており、たとえ王太子といえども、婚約解消後に相手方への接触を試みた場合は、貴族院裁判所において厳正な審議の対象となることが明記されております。従いまして、この場における殿下のご意思に反する形ではございますが、私は速やかに身を退かせていただきます」
「だから法律を語るときだけ妙に饒舌だな!? 何故だ!?」
「それでは失礼致します、王太子殿下。お元気でお過ごしくださいませ」
私はカーテシーをして、そして王太子殿下の前から立ち去った。
もちろん立会人へのお礼の挨拶も忘れない。
「騎士レイナルド(王太子殿下のペットのフェレット)、騎士オズワルド(王太子殿下のペットのミーアキャット)、騎士ユリウス(王太子殿下のペットのハリネズミ)、騎士テオドール(王太子殿下のペットのハト)、騎士アルフレッド(王太子殿下のペットのプレーリードッグ)、騎士ヴィクトール(王太子殿下のペットのリス)、騎士ヴォルフガング(王太子殿下のペットのアルマジロ)、皆様も立ち会いありがとうございました」
バサバサ……テテテテ……
七騎士達はサーッと散っていく。
「ああっ……た、立会人が僕のペットなんて卑怯だぞ!」
「王家典範第58条の2項では、立会人の種族を理由とする差別的解釈を禁じており、さらに補則第127条において、王太子により爵位を授与された生物は、その種族や出自を問わず、完全な法的効力を持つ証人として認められることが明記されております。加えて、王室記録院に保管される授爵記録第2791号から第2797号には、今この場にいる七騎士への爵位授与が殿下御自身の手により執り行われた証が残されております。なお、王家典範第64条では、婚約解消の立会人に対する事後の資格否認は一切認められず、たとえ王太子といえども覆すことはできないとされております。つまり、この婚約破棄は完全に有効なものとなりました」
「そ、それはかつてエルフ族の騎士がいたときの古い話で、今もちだすのは」
「王家典範補則第127条は、先代の宰相アレクサンダー・フォン・ライヒシュタインが『種族平等令』として提出し、現国王陛下の裁可を得て施行された現行法でございます。この法の正当性や解釈を疑問視なさることは、陛下の判断に対する不敬と取られかねません。また、本法の効力は現在も継続しており、かつ王太子殿下御自身がこの法に則って爵位を授与なさった以上、その効力を否定なさるということは、殿下による授爵行為自体を無効とお認めになるということにもなりかねません」
「きいいいいいいい」
王太子は叫びながら倒れた。
私は颯爽と東屋を後にして、王妃様のくつろぐ離れへと向かった。
私室に案内され、私は礼をする。
王妃様は窓辺のソファに座りながら、呆れた様子で私に座るように顎で示した。
「失礼致します」
一礼して座ると、王妃様は尋ねた。
「どうだったかしら?」
「叫びながらハンカチを噛みしめ、床を転がりました」
「……お疲れ様。書類は通しておくわ」
王妃様は疲れた様子で、私を見て微笑んだ。
――書類を通されると聞いて、私は胸がちくんと痛む。
婚約破棄の件は、そもそも事前に王妃様に聞かされていたのだ。
王太子殿下が王妃様に相談した内容は、私には筒抜けなのだ。
だって私と王妃様は、とても仲の良い関係だから。
「国王が愚鈍で困ったから、国王をさっさと隠居させて愚鈍な傀儡に政権を持たせて、国をなんとか立て直そうと思ったのだけれど、愚鈍な傀儡に育てすぎたわ」
「そんな……でも、お可愛らしいかたですし」
「そうね、顔はべらぼうに可愛いわ。頭の中はお花畑だけど」
はあ、と王妃様は笑う。
「アストリッド・ヴィッテンベルク公爵令嬢。……残念よ。あなたが王太子妃になってくれたら、私と二人でこの国を盛り立てていけると思ったのに」
「とんでもないです。事実、王太子殿下を懐柔することに失敗してしまいました」
「いいのよ。男を手のひらで転がす――なんて、古い女のすることよ。聡明なあなたに、私と同じ生き方を求めるのは間違っていたの」
「そんな、私なんて王妃様の足下にも及びません」
私は身を乗り出して訴えた。
そう。私はこの敬愛する、王妃様の足下にすら及ばない。
私は幼い頃からずっと、この王妃様の一番の側近になることを夢見ていた。
女性の権利が認められた外国から嫁いできて、この国の王を立てて、持ち上げ、王妃という立場から必死に泥船の国を立て直し続けてきた王妃様。
彼女のことを再建の母と呼ぶ人はいない。
なぜなら彼女は分かっている。この国で目立ってしまえば、志半ばに足を引っ張られ、泥船に沈められてしまうから。
だから彼女は良妻賢母、慈愛の王妃の振りをして国王陛下に薬を盛り、ただの傀儡にして、魔道具で手足を裏から操作して、声帯をあやつり、見事に国王を利用して国を再建した。
私は強い魔力を持つ女だったので、デビュタントの日にお目見えしたときに、気付いてしまったのだ。彼女が大魔女とも呼ばれてもおかしくないほどの魔力を持つ、この国の本当の支配者であると。
そして彼女も私の才能にすぐに気付いた。
そして――王太子殿下の婚約者として、私を指名したのだった。
私は喜んで、婚約者となった。
嬉しかった。私は一番憧れとする女性を、義母にすることができたのだから。
でも、彼女は私と王太子の婚約破棄を望んだのだ。
「どうして、私を右腕にしてくださらないのですか」
「最初は……そう思っていたのだけどね。あなたの才能と献身を、この国のために使おうと。でも気付けば、あなたの笑顔を見ることが何より嬉しくなっていた」
「……!」
思い出すのは、王妃様との日々だ。
◇◇◇
――私は王妃様のような人になるべく、必死に努力した。
妃教育は一年で終了した。全ての妃教育家庭教師をなぎ倒し、その後は王妃様と秘密の取っ組み合いで、妃教育を与えられ続けた。
「アストリッド・ヴィッテンベルク公爵令嬢! ボルヘッセン伯爵家とストラウス男爵家の婚姻における相続権の解釈についてよ! 男爵家の当主が一族の合意なく公爵家の養子となった場合、伯爵家との婚姻契約における相続順位はいかなる扱いとなるかしら!? なお、この事案における養子縁組は、王室典範第243条における緊急相続特例の対象となっているものとするわ!」
「はい、王妃様! この場合、緊急相続特例下であっても、王家典範第247条により、元の家格における権利は保持されます。従って、男爵家当主の身分は公爵家の養子でありながら、伯爵家との婚姻契約における相続順位は変動せず、むしろ双方の相続権を並立して保持することとなります。ただし、第249条の定める利益相反の制限には服することとなります」
「よろしい!」
私たちはお互いに攻撃魔法をぶつけ合い、それを相殺し合いながら話をした。
私たちは興奮していた。二人だけの時間は、国王のことも王太子のことも何もかも忘れ、互いのことだけを見つめ合っていた。
それはまさに――魂と魂のぶつかり合い。
後になって思えば、あの時の王妃様の眼差しは、もう政治の同志としてではなく、愛しい娘を見る母のものだったのかもしれない。
◇◇◇
「もうしわけございません。私、王太子殿下が言う通り、……ふがいない義娘でした」
「私こそふがいない義母だったわ。あなたとの時間に夢中で、すっかり王太子の教育を怠っていたのだもの」
「そんな、王太子殿下はとてもすてきなお顔をなさっています、それに健康ですし、好き嫌いなくよく食べます。すでに王妃様はご立派なお仕事を果たされました」
態度の悪さも頭の悪さも、傀儡にするには都合がよい見事な躾だった。
母親として、健康で顔のいい、好き嫌いなくよく食べる元気な息子を産んだだけで優勝なのに、それに加えて薬を使わずともよく動く傀儡を作れるなんて、さすがだと思う。
とても、私では追いつけない。娘になんてなれない。
二人で思い出話をぽつぽつとした後、ついに別れの時間が来た。
名残惜しくなる前に、私は深々と頭を下げ、王妃様の部屋を後にすることにする。
最後に、私は足を止めた。
「……王妃様。最後に、一つだけよろしいでしょうか」
「何かしら?」
「……私は、あなたの右腕になりたかったです。道具で、良かったのに」
私は涙が落ちそうだった。
「せっかく、あなたと、正式に家族になれるはずだったのに……」
朝、王妃様に聞かされた言葉。
――王太子が婚約破棄を望んでいるわ。了承したから、あなたが受ければ婚約破棄は受理される。婚約破棄を受け入れてちょうだい。
私は悲しかった。
王太子に何を言われようが深夜のガマガエルの大合唱よりも気にならないのに、王妃様に、婚約破棄を受け入れるように言われたのは。
「辛いです、王妃様」
「……アストリッド」
足音が近づき、王妃様は私を後ろから抱きしめる。
強く柔らかな、温かなぬくもりに、私の涙腺は崩壊した。
「違うの。あなたの事を娘だと思ってしまったから……本当に娘として愛してしまったから、この国から出て行って欲しいの。こんな人形遊びの泥船から逃げ出してほしいの。あなたの力があれば、この国の外ならどこででもやっていけるわ。もうすでに私の母国にいけるように整えているわ。ヴィッテンベルク公爵にも話をつけている。名目上は私の甥との婚約となるけれど、甥はあなたの自由を保証しているわ」
この国にいれば、どんな学問の才能があろうが、魔力があろうが、令嬢には才能を発揮する場所はない。「男に生まれていれば」のむなしい言葉を聞きながら、強い子供を何人産むかばかりを期待される。良妻賢母を期待される。それは王妃様も同じだった。
だから王妃様は国王陛下を傀儡に、この国の寿命を伸ばした。
けれど、それももうぎりぎりだ。あと10年もすれば、最新魔術を駆使して急速に力をつける、隣国に飲み込まれてしまうだろう。
「私、甥の方と結婚します。絶対に夫婦になります」
私は心からの決意を口にする。
「王妃様の親戚になります。私、どんなに離れていても、王妃様の家族でありたいのです」
「アストリッド……」
私はくるりと身を翻し、深く頭を下げた。
「王妃様に育てていただいた経験、忘れません。今後も研鑽を積んで、いずれあなたを迎えに行きます」
「いいえ。私はこの国と共に沈むわ。だって私は王妃ですもの。それが責任よ」
「……失礼します」
私はあえて答えなかった。
――そうして、私は王妃様と離れた。
この頃には、叫びながらひっくり返った王太子殿下のことは、正直すっかり忘れていた。
◇◇◇
――10年の歳月は瞬く間に過ぎた。
私は王妃様の母国で学院に入り、魔術師の資格を取り18歳で結婚した。
甥は王妃様とよく似た顔立ちの背の高い人で、誓いのキスをしたとき、王妃様よりも少し高い頭の位置に、ほんの少しだけ懐かしくて涙をこぼした。
その後は母として二人の子をもうけつつ、魔術師としての職分と王妃様より授かった叡智を活かし、王妃様の母国の繁栄に尽力した。
私が王国を出て程なく、王妃様は既に引退の身でありながら、国家衰退の責を一身に負わされ、魔女の烙印を押されて森での隠棲を余儀なくされた。新王となった元王太子は、権勢を維持せんと諸国の令嬢や姫君を次々と後宮に迎えたものの、結局彼女たちを統べるだけの手腕は持てなかったようだ。
母国はみるみるうちに国力を失い、羽の折れた鳥が軟着陸して死ぬように、隣国に吸収されて解体されていった。
新王は側妃の一人を伴い落ち延びて、今は小さな領地でひっそりと暮らしているという。
国政は隣国弁務官の掌中に収められたが、貴族はともかく国民達は穏やかに平和に暮らしているらしい。きっと、そうなるように王妃様が周りと協力し合って軟着陸させたのだ。
私は王妃様の森に向かった。
馬を駆け、幾重にも張り巡らされた99の魔術結界を打ち破り、その先の王妃様のコテージへと向かう。
私を迎えたのは、あの婚約破棄の日と同じように、困ったように微笑む王妃様の姿だった。
「私の母国は、どうだったかしら?」
その一言には、10年分の想いが込められていたように感じた。
政治の片腕として期待した相手を、娘として愛するあまり手放した人の、複雑な感情が。
――人の親になった私は確信する。王妃様は、私の事を愛してくれていた。確かに。
「王妃様によく似た素敵な夫と、幸福に暮らしております。……さあ、挨拶を」
私は連れてきた二人の子どもが、王妃様に駆け寄って飛びつくのを見た。
かつて政治の同志として結ばれるはずだった私たちは、こうして本当の家族になろうとしていた。
私は憧れのこの人の娘にはなれなかった。
憧れのこの人とは似ても似つかない人生を送った。
あの王太子が言った通りだ。
私はこの人とは似ても似つかない女だ。
けれど、この人の家族にはなれたのだ。私はなんて幸せなのだろう。
お読みいただきありがとうございました。
悩んでヒューマンドラマにしましたが合ってます…よね?
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