表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

勇者召喚されたからチートで頑張ろうと思ったらいきなり魔王来たんだけど、これなんてバグ?

読み切りファンタジーです!12500字程度なのでぜひ最後までお読みください。


評価、感想を送っていただけると幸いです。

 


 普通に大学を出て普通に就職して。上司に嫌味を言われる毎日。それなのに給料がいいわけでもない。



 そんな退屈な日々を打破したい一心で勉強して資産運用に手を出した。


 最初こそ難航したものの、好転して遊んで暮らせるほどの財産を得ることが出来た時は何度も確認してはしゃいだものだ。




 翌日の朝一で辞表をたたきつけてやった時の上司のあの顔は今でも忘れられない。見ていた他の社員たちからは拍手されたほどだ。






 仕事を辞めて時間が出来た俺はゲームにのめりこんだ。





 そして最新ゲームのベータテスターに当選した。これは人生で一番嬉しかった。


 なにせ念願のフルダイブ型VRMMOなのだ。生きているうちに触れられるというだけでも奇跡に近い。



 VRゲーム自体はすでに世の中に広まってはいるが、五感全てが再現されて完全にゲームに入り込むことが出来るフルダイブ型は世界初だ。


 まだベータテストの段階なのにも関わらず決して安くない値段にものすごい数の人が飛びついた。


 その中から当選出来たというのはただの偶然というわけでもない。


 応募できる条件として、とあるゲームをプレイしている必要があったのだ。


 まずはフルダイブ技術を確立させるためにゲームのデータを他から持って来ようという算段らしいが、そのために登録だけしたりアカウントの売買が高額で行われたりと騒ぎにもなった。


 その条件のおかげで、そのゲームでトップ層に入り込むほどやりこんでいた俺が選ばれたというわけだ。





 そしてついに待ちに待ったゲームスタートの瞬間。




 俺は——不思議な光に包まれた。






 光が晴れて俺の目に入ったのは大勢の人。


 30人はいるだろう。それが一斉に跪いて頭を下げている。



 場所は——どこだここ?まるで儀式を行うかのような部屋。


 そして俺の足元には徐々に光を失っていく魔法陣。............は?





 いきなりバグか?と思って指を振るとウィンドウが目の前の空間に現れる。


 そこにはちゃんと俺のステータスが表示されていた。データは壊れていないようだが......。


 だがゲームスタート時には街の入り口に飛ばされるはず。これは明らかな異常だ。


 とりあえず報告する必要があるな、と思ってログアウトしようとするがそのコマンドは()()()()()()()


 それどころか、GMコールや設定の項目まで消失している。




 これはまさか——。







 落ち着け、俺。


 仮に()()だとしても最悪な状況と決めつけるのは早い。まずは状況を確認しよう。




 まずは俺のステータス。先ほどもチラリと見たが、これは間違いなく俺のキャラデータだ。


 能力値、スキル、今は手ぶらだが武器もストレージ内にある。


 ゲーム内ではトップレベルだったこのステータスなら今すぐバッドエンドというのは考えにくい。


 思考もすっきりしているし、体に異変も感じられない。つねれば痛いという感覚もある。




 あとはこの世界の状況だな。


 言語は問題ないみたいだが、目の前の異様な光景。


 俺を召喚した理由、この国の思想、状勢。知るべきことはいくらでもある。




 思考をまとめている一番前にいた一人の女性が声を発した。顔は見えないがピンク色の髪をしている。


「勇者様、お初にお目にかかります。ソレイユ王国第三王女、エリス・ソレイユ・サジタリアにございます。当代の巫女を務めさせていただいております」


 ソレイユ王国......聞いたことのない国だ。それに勇者という単語。予想通りか。


 俺は異世界と呼ばれる場所に召喚されたのだろう。


「......クロだ。それで、俺を呼んだ理由は?」


「我が国は現在、魔族の侵攻を受けています。いえ、我が国だけではありません。すでにすでに壊滅している街や支配された街が各国で増えております。我らではとても太刀打ちできませんので、勇者様にご助力いただくべくお呼びいたしました」


「魔族、ね。それをどうにかすれば俺は元の世界へ帰れるのか?」


「......いえ、申し訳ございませんがその方法は存じ上げません。私共は国中の魔力をかき集めて、藁にも縋る思いで勇者様をお呼びするのが精いっぱいなのです。もちろん全力をあげて帰還の方法は調べさせていただきますし、それが叶わない場合は可能な限り要求を呑む覚悟にございます」


 なるほど。よくありがちな、魔王を倒せば帰れるなどというくだらない嘘はつかないし、最低限の誠意はあるようだな。


 まあ、ゲームが出来ないのは残念に思うが、フルダイブよりリアルな体験が出来るかもしれない。




 ......にしてもちょっとこの状況はやりづらい。


「とりあえず顔を上げて楽にしてもらえるか?こう全員に頭を下げられたままじゃ話しづらい」


「かしこまりました」


 返事をして顔を上げたエリスはまだ幼さの残る顔立ちだ。十代半ばほどといったところか。


「もしも、俺に魔王や魔族と戦える力が無かったとしたら?」


「——っ!......それでも私共の身勝手な都合でお呼びしたのには変わりありませんから、出来る限りの待遇はさせていただきます。ただ......この国は滅びるでしょうから、どこか他の場所にお逃げいただくのが良いかと......」


 魔族がどの程度なのかは知らないが、敵わないならこの国と心中といったところか。


 他の国でも街が滅んでいるなら逃げ場があるとは思えないしな。




「分かった。ところで国王は?」


 巫女であるらしい第三王女が出迎えるのは分かるが、普通は国王も同席するべきじゃないのか?


 王女の対応は良くても国王が玉座でふんぞり返っているだけの愚王なら考える必要もある。


「......国王陛下は病に臥せっており、起き上がることもままならない状態です。現在は王太子が代理を担っております」


「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。ソレイユ王国 王太子のアトラス・ソレイユ・サジタリアにございます」


 エリスの後ろに控えていた男性が声を上げる。


 こちらは金髪の青年だ。目の下には隈が出来ており疲労が見て取れる。そうとう追い込まれているのだろう。


「まずは状況を確認したい。が、その前に騎士はいるか?少し手合わせを願いたい。俺が戦えるかどうかでそっちも対応を変えなきゃならんだろうしな」


 俺が騎士にすら負けるようならこの時間も召喚に費やした労力も全て無駄になるということだ。


 ゲームではトップでもここの世界で通用するとは限らないからな。







 王城内にある修練場へと案内された。


 俺の相手をする騎士はフルプレートアーマーを着込んでいた。対人近接戦でフルプレートか。こちらの出方を見るだけか普段からこうなのか。


「勇者様、装備はどういたしますか?」


 エリスが俺に質問をしてくる。


「勇者様はやめてくれ。俺の名前はクロだ。それと、装備はこのままでいい。訓練用の剣だけ貸してもらえるか」


 俺が今身に着けているのはただの服に見えるだろう。だがそれは見た目だけだ。


 ゲーム内では実際に装備している物とは違うアバターにすることが出来た。それに登録していたのが今身に着けている服だ。


 試しに刃物を突き立てても服が切れることはなかった。中身は最上級品の防具だからな。


 不思議なのは中身は服では無くて防具のはずなのに重さを感じないことだ。


 能力故なのかアバターと防具が一体化してしまっているのかは分からないが、動きやすいというのは助かる。


 だから防具は必要ないが、武器は自前のを使うわけにはいかない。うっかり殺しかねないからな。


 今回の目的は俺自身とこの国の騎士の身体能力の検証だ。傷つけることが目的ではないから訓練用の刃を潰した剣で十分だ。





 準備を終えた騎士と対峙して構える。


「始め!」


 審判の合図がかかるが俺も騎士も動かない。


 どんな動き出しをするか見たかったのだが同じ考えか。ならばこちらからいかせてもらう!


 息を吐いて一気に踏み込む。


 さすがハイスペックな体だ。たった一歩で間合いに入り込んでしまった。


 対応が遅れた騎士は慌てて下がりながら盾を割り込ませようとするが遅いしそれは悪手だ。


 着地と同時に盾を持つ左手側に回り込み死角に入る。


 そのまま横から騎士の膝裏を剣で叩けば簡単に体勢が崩れる。


 膝をついた騎士の喉元——兜と鎧の間に剣を突き付ければチェックメイト。




「そこまで!勝者クロ様!」


 そこでストップの声がかかる。


 手合わせ前の準備運動でも感じたが、能力値のおかげか現実の体より動きやすい。


 いや、動きすぎてしまうので少し慣れというかセーブしなければならないか。






 ——俺は会社を辞めてからなにもゲームだけしていたわけではない。


 VR——特にフルダイブ型というのは、ボタンやクリックで操作するそれまでのゲームとは異なる。


 つまりは自分自身が具体的にイメージ出来なければ体は動かないし戦闘など出来ない。


 故に俺はゲームと並行して筋トレをして戦闘トレーニングを積んだ。おかげでアクション映画みたいな動きも出来るようになったし武器の扱いも出来る。


 実際に武器を所持したら違法だけど、VRならそのへんのシュミレーションも可能だ。あとは現実の自分の体に重りをつけたりして武器の重さを再現すればいいだけだ。












「お見事です、クロ様。まさか我が国の騎士をこれほど簡単に負かしてしまわれるなんて」


 エリスが褒めてくれる。俺もこんなにあっけないとは思わなかったけどな。


 するとエリスの隣の男性が声をかけてきた。さっき審判していた騎士だな。


「ソレイユ王国騎士団長、シリウスにございます。私とも手合わせをお願いできますかな」


 騎士団長か。つまりはこの国で一番強いということか?部下があっさり負けてかたき討ちってとこか。まぁいいだろう。




 承諾して先ほどと同じ位置に立つ。審判は別の騎士が立つようだが見分けがつかん。


 さすが騎士団長というだけあって、先ほどの騎士とは違ってオーラのようなものを感じる。ゲームでは感じ取れない感触だ。




「始め!」


 先ほどと同じように合図がかかると同時に団長は斬り込んできた。なるほど、今度は先手必勝ってわけか。


 振り降ろされた剣を半身になって避けて先ほどと同様に左手側に回り込んでみる。


 団長は同じ手は食わんとばかりに俺のいるであろう方向に盾を突き出してくる。が、俺はすでに逆方向へと回り込んでいた。


 そして手に握っていた砂を、俺を捕捉して見開いていた団長の目に投げつけてやる。いくらフルプレートを着込んでいても目の部分はどうしても無防備になってしまう。


 視界を奪われた団長の、剣を持った右手首を取って投げ飛ばす。


 すかさず馬乗りになって喉元に剣を突き付けてチェックメイト。





「そ、そこまで!勝者、クロ様!」


 合図とともに立ち上がってエリスの元へ戻った俺に遅れて団長もやってくる。


「......いったい何が......私は負けたのか?」


「突き出した盾と反対側に回り込んで地面の砂を投げつけて目つぶしして投げ飛ばした。それだけさ」


「——っ!そんな卑怯な」


「は?何甘いこと言ってんだ?敵が常に正々堂々と戦ってくれるとでも思ってんのか?お前らはそうやって卑怯だって言いながら死んでいくのか?」


 こいつらは対人戦になれてなさすぎる。型通りの稽古しかしてないんだろうな。実戦経験があるのかすらも怪しい。


「それと、騎士ってのは魔法は使えないのか?」


 一番気になったことだ。ローブを纏って杖を持った人間もいるから魔法自体はあるのだろう。だが手合わせした二人とも使う気配すらなかった。


「......我々は騎士だ。魔法など使わなくとも!」


「バッカじゃねえの?そんな自己満足で何が守れるんだよ。事実、俺にアッサリ負けてるじゃねえか。お前らが大事なのはなんだ?国か?民か?そのくだらないプライドか?それで困ったら関係ない他人に押し付けるのか?大した騎士様だな」


「............」


 その場にいた誰もが言葉を失っていた。だが誰かが現実を突き付けてやらねばならない。


 魔族が集団で襲って来れば俺一人では対処しきれるわけもない。国を守るべき騎士たちがこれでは壊滅して当然だ。





「さて次だ。一番魔法が使えるやつは?」


「はい。私です」


 ローブ姿の方を見て声をかけると手を上げて歩み寄ってきた。


「ソレイユ王国魔法師団長、ミラと申します。よろしくお願いします」


 青い髪をした妙齢の女性なのだが、騎士団長が堅物なのに対してこちらは冷血という感じだ。


 この二人がトップだから毛嫌いし合っているんじゃないのか?


「まず聞くけど、あんたも騎士団が嫌いか?」


「......当然です。魔法のことを理解しようともしない奴らなど!」


「ふーん。まあいいや。じゃ、さっそく自分が一番と思う魔法使ってみて」


「はい。......ここでですか?」


「何か問題でも?」


「いえ、分かりました。では——」


 ミラが目を閉じると何かが彼女に集まっていくのが分かる。これが魔力か?




 たっぷり一分ほど経ってようやく口を開いた。


「我が内に秘められし魔力よ。我が願いに応え、水の力を呼び覚ませ。清らかな水よ、さざめく波よ、万物に宿りし精霊よ。此処に集い、流水の如き静寂を破りて、無限の深淵より湧き出でし力を我が手に。我が心と一体となり、水の神の再現を成し遂げん。今こそ顕現し我が敵を撃ち払え!————『ポ・セイドン!』」


 無駄に長ったらしい呪文をゆっくり唱えて手に持っていたこれまた長ったらしい杖を空に向けて翳す。


 いやほんと長すぎて寝るかと思ったわ。内容も意味あるのかよくわからんし。


 杖の先から勢いよく湧き出た水が空中で巨大な龍を形作り昇っていきそのままどこかへ消えていった。


 水系統の魔法か。水魔法はゲーム時代の俺も愛用していた。他の属性よりも使い勝手が良かったからだ。




「ハァ、ハァ......いかが、でしょうか」


 なんかめっちゃ疲れてるんですけど?大丈夫?


「今のが一番の魔法?」


「はい、ハァ、ハァ......そうです」


「じゃ、もう一回」


「ハァ......ハァ、............え?」


「だから、もう一回撃って。出来ない?」


「......いえ、出来ます」


 少し煽ってあげるとムキになる。単純だなぁ。


「エリス。魔法ってこんな時間かけないと使えないものなのか?」


 再び集中を始めたミラをよそに、俺はエリスへ話しかけた。だって長いんだもん。


「そうですね。威力が強い魔法ほど魔力が必要となりますので発動までの時間は長くなります」


 うーん。それにしては無駄が多い気がする。


 最初に集めた魔力に対して、呪文を唱えている間に動く魔力が極端に少ないのだ。


 例えるなら......歌って踊りながらパン生地をこねて伸ばしたはいいものの、一部だけくり抜いて残りは捨てちゃってる感じかな。そりゃ疲れるわな。





「——ポ・セイドン!」


 エリスと話しながらしばらく待ってようやく水の龍が空に解き放たれた。




 俺はそれを見て——


「ハイドロスラッシュ」


 一言呟いて右手を龍に向かって振った。


 ゲームと同じモーションをするとあっさり水の刃が飛んで行った。魔法の発動も問題ないようだ。


 刃と龍は交錯したかと思ったら、龍が爆散した。思ったより派手に散ったな。


 俺はわざわざ魔力をどうこうしなくてもいいようだしこりゃ便利だ。



「......ハァ、ハァ......そん、な......ハァ、私の......」


「その魔法、集めた魔力の五分の一くらいしか使えてないぞ。だから見た目だけで中身がスカスカなんだ。そもそも俺は一番強い(・・)魔法を使えなんて言ってないしな」


「どういう......こと......」


「俺は一番の魔法と言っただけだ。俺にとっての一番は、実践で使えるかどうかだ。いくら威力が高くたって、発動までに時間がかかりすぎるんじゃ隙だらけだ。その間に襲われたらどうする?嫌いな騎士に守ってもらうのか?」


「それ、は......」


「戦闘で大事なのは速さだ。対応が後手に回れば不利になる。まずは弱い魔法でもいいから視界を奪うんだ。魔法を使う相手なら口を塞ぐでもいい。それだけでも有利になる」


 コマンド形式のゲームでは出来ない戦法だ。


「どうしてもデカい魔法を撃ちたいんだったら騎士団と共闘して時間を稼いでもらうんだな。まぁ目くらまししたところで近接戦闘が出来ないんじゃ頼るほかないと思うがな」


「............」


 呆けているミラをよそに、俺は自分自身の魔法をいくつか空に向けて放ってみる。


 そこで新たな事実に気づく。




 よくある異世界物の物語だと魔法はイメージによって自在に扱えるような描写があるが、俺のデータはゲームに基づいているからかそんなことはなかった。


 俺の場合は各魔法の威力は何度使っても一定であり、改良も不可だ。管理はしやすいが細かい調整が出来ないというもは少しもどかしい。


 まぁ、ゲームと違ってタイミングは自由だし敵以外にも放てるのは大きい。




 ともあれこれで自分の能力とこの国の戦力状況はある程度把握できた。


「エリス。各分野の責任者を集められるか。情報を知りたい」


「かしこまりました。ほとんどはこの場におりますので残りもすぐに集めさせていただきます。では会議の間にご案内いたします」


 索敵できるレーダーはあるけど、この世界のデータが無いからかマップが使えないのは不便だな。城は無駄にデカいし。





 会議の間に到着して席に着くと、今いるメンバーが自己紹介を始める。


「——待ってくれ。一気に言われても覚えきれるわけないだろうが。用があるときはエリスを通して呼ぶから名前はいい。まずはこっちが必要な情報を集めるのが優先だ。......というかずっとエリスが俺に付いてるが、他に使用人とかいないのか?」


「私は巫女ですので。今はクロ様のサポートがお仕事でございます。御用があれば私に何なりとお申し付けくださいませ」


「分かった」


 まだそろっていない人物は後回しにして、今いる人たちから情報を聞き出していく。






 まず、肝心の魔族とは何かということだ。


 古くからその存在自体は言い伝えられており、人族に対して魔力が多いことから魔族と名付けられた。


 襲われた街から命からがら逃げ延びた人たちの証言などから、魔王の名を口にして資源を奪うために人族の街を襲っているのだとか。


 しかし人族は一方的に蹂躙されるだけで大した抵抗も出来ず、魔族がどこから来ているのかどころか、この世界の地図すらも無いらしい。


 近場の国がどのくらいの距離にあるのか分かるのがやっとなほど。自国の内部でさえ正確な地図など存在しないくらいだ。


 誰か作ろうと思った人はいなかったのかよ。悪用されることを危惧したのか面倒くさいだけなのか。


 冒険者がいるのなら彼らに少しずつでも依頼すればいいのに。騎士団や魔法師団と仲が悪いとか知らねえよ。



 そんな状態で戸籍管理など出来ているわけもなく、税金だってガバガバじゃねえか。


 そんなんで魔族に襲われた街の詳細な被害など把握できるわけもなく、ただ、襲われた滅びた支配された程度しか分かっていない。





 聞けば聞くほど頭が痛くなってくる。魔族をどうにかしたってその後大丈夫なのか?


 他の国はどうなっているんだ?






 頭を抱えていると、ふいにピリッとした感覚が襲った。......これは魔力?


 ミラの魔法を見た時に感じた感覚だ。だがその量がミラの比ではない。




 レーダー!念じると視界に円状のレーダーが映し出される。索敵範囲を拡大していく。


 すると俺を中心とした円状のレーダーの左上から近づいてくる反応が一つ。これはまさか魔族か?


 だが何故ここへ真っ直ぐ向かってきているんだ。......ええい、考えていても仕方ない。


「エリス!こっちの方角が良く見える場所はあるか!?外に出られてなるべく広いところだ!」


 いきなり立ち上がって叫んだ俺を全員が驚いて見ている。


「その方向ですと......テラスがございます」


「そこへ案内しろ!今すぐだ!何かヤバいのがくる!」


「——っ!かしこまりました!」


 慌てて駆けていくエリスの後を追う。




 クソッ!まさか召喚初日で襲撃だと?まだ何も準備出来てないってのに。


「こちらの部屋からテラスに出られます!」


「分かった。エリスは戻って皆といろ。あまり動き回るなと言っておけよ。邪魔だからな」


 反応は十中八九魔族だろうが、強さなどすべてが不明だ。いちいち他に構っている余裕なんて無い。


「......かしこまりました。クロ様もお気をつけて」


 扉を開け、広い部屋を横切ってテラスへ出る。反応はすでにレーダーの中心で止まっている。




 そこにいたのは、赤黒い翼と角を生やした白髪の少女だった。


 これが魔族か。直に対面すると魔力だけじゃなく圧倒的なオーラを感じるな。二人の団長など足元にも及ばない。


「......お主が勇者か。なるほど、久々に楽しめそうだ」


「一応聞いておくが、目的はなんだ?」


「我が名は()()プルート・レグナス。我は強き者を求める」




 はい?今なんて?




「もしかして、魔王って言った?」


「いかにも。我こそが魔王プルート・レグナスだ」




 ア  ホ  か 。




 なんでゲームスタートして即ラスボス登場してんだよ!まだ城から出てすらねえわ!


 あれ?魔族と戦うために呼ばれたんじゃねえの?そんで弱い順に倒して、四天王的なの倒したら魔王登場じゃないの?




 ——事実はゲームよりも奇なり。






「......で、強い奴探してどうすんだよ」


「我は強い者が好きだからな。見つけて戦う。......それだけだ」


 それは妙な話ではないか?


 たしか襲われた街の生き残りの話では、魔王を筆頭に資源を略奪しているはずだが......。


「ならば何故魔族は人族の街を襲っている?」


「それは知らん。あ奴らが勝手にやっているだけよ。もう良いであろう。......では、いくぞ!」




 魔王は話は終わりだとばかりに翼をはためかせて突っ込んでくる。こうなったら仕方ない。


 魔王が片腕を振り下ろすと五本の斬撃が飛んできたので、飛びのいて躱しつつストレージから愛用の剣を引っ張り出す。


 斬撃が五本ということは指か爪が武器扱いと考えていいだろう。厄介だな。


 斬撃は俺のいた場所を砕いてテラスの半分ほどが崩れ落ちていく。


「アイスピラー!」


 氷の礫が無数に生み出されて魔王に殺到する。


 ここにいては不利だと考えて、魔王に魔法を放ってけん制しつつ落下する瓦礫を伝って降りていく。


 幸いにも下は修練場だ。この広さなら戦いやすい。


 土煙が立ち込めるが、こちらから奴の位置は魔力でだいたい分かる。




 そこに魔力が集まっていく。見えないから魔法で吹き飛ばそうってところか。


「ブリムス・トン」


 魔力は業火となって降り注ぐ。


 クソ、向こうも詠唱なしかよ。さすが魔を司る王ってとこか。


「ハイドロストーム!」


 対抗して水の範囲魔法を放つ。


 これはゲーム内ではただの水魔法だったが、ここに限ってはストームなので火をかき消す効果もある。


 狙い通り水と風で業火の勢いは弱まり、まばらに火の粉が降ってくるだけだ。


 それに紛れて移動しようとしたところに魔王が接近してくる。こいつ——


 あの爪はヤバい。


 受け止めずに上手く受け流すが、その勢いを利用して体ごと回転させ、今度は左手を振り下ろしてくる。


「アイスランス!」


 咄嗟に魔王の左目に向けて放つと体をよじって避けられる。


 こちらも直撃は免れたがまさかあの状況で避けるとは......。翼をはためかせて制動をかけれるというのはズルい。


 俺の背後をチラリとみると、通り抜けていった斬撃で地面が抉れている。あんなもの喰らったらただでは済まないだろう。


「なかなか面白い戦い方をする勇者だのう」


「そいつはどうも。何故魔法を使わない?」


 魔王なら魔法の撃ちあいになることも想定したが、撃ってきたのはあの業火のみ。


「それじゃあっけなくてつまらんだろう?我は純粋に楽しみたいのだ」


 なるほど。あの業火も土煙の中から俺を炙り出すためってわけか。


 近接戦の方が周りへの影響が少ないから助かるが、あの翼をどうにかしないと飛ばれるのは厄介だ。






 ——妙だ。先ほどから何度も打ち合っているが手ごたえ(・・・・)が無い。......まさかとは思うが、試してみるか。



 再度接近し、爪をいなしつつ蹴りで足を払って体勢を崩したところを切り払う。


 首筋に迫った剣は避けられてしまうが、()()()()()()()()()()。......やっぱりか。



 予想外の事態に魔王も驚いているようだ。


「その翼、魔力で出来てるんだな。だから普通の剣じゃすり抜けてしまうから避ける時も翼までは気にしなかった。魔法を避ける時だけは大げさだったけどな」


「......ふっ、そこまで見抜いたことは褒めてやろう。だが何故剣で斬れたのだ」


 魔王はどこか嬉しそうな表情を浮かべてから疑問を投げかけてきた。


「この剣は特別でね。物理的な物が斬れない代わりに魔力を切ることが出来るんだ」


 魔王に見えないように持つ剣を入れ替えたのだ。ゲームではネタ武器とかアバター用とか言われていた剣だが、使い道はある。


「なるほどの。だが翼を斬った程度で勝ったつもりか?」


「さて。それは試してみないと......なっ!」


 蹴りを繰り出し、魔王が後方へ飛びのいた隙に元の剣へ交換する。




 翼をそのままにしてるというのは、戦いを楽しむための演出か、それとも治せないのか。


 どちらにせよ飛べないのならばやりようはある。


 魔王は警戒しているのか動かない。ならば見せてやるよ。




 俺は一瞬で魔王の懐に飛び込む。これはスキルではなく、ただのダッシュというコマンドだ。ゲーム内では主に移動や緊急回避などに使われていた。


 だが現実であれば、敵の意表を突くのにとても有効だ。クールタイムがあるので連発が出来ないのが惜しいところだが。


「メテオナックル」


 反応できていない魔王の鳩尾に拳を叩き込む。


「アイシクルポール」


 魔王の体が「く」の字に折れ曲がって吹き飛ぶが、背後に突如現れた氷柱に背中から激突して跳ね返る。


「がはっ」


 畳みかけようと左手に持ち換えていた剣で足を狙うが、残っていた片翼で制動をかけて回避された。それどころか爪を振りかぶって反撃までしてくる。


 嘘だろ。あの状況から立て直すなんて......。


 すでに剣を振り抜いている体勢なので、剣を手放して必死に体をよじって爪を避ける。


「フラッシュ!」


 魔王の目先に眩しい光が出現する。クソ魔法と呼ばれたものでも至近距離で使えば目くらましになってけん制できる。


 魔王が視界を奪われている間にダッシュで背後に移動し、同時に首元に手刀を叩き込む。


 ふらついた隙に背中に膝蹴りを入れてそのまま投げ飛ばし、馬乗りになってストレージから取り出した短剣を首に突き付ける。


「......俺の勝ちだな」


「......なぜ殺さない。一思いにやればよかろう」


「お前だって一度しか魔法使わなかったろ。殺すだけならいつでも出来たはずだ」


 今も魔法を撃てばどうにでもなるはずなのに、魔力が集まる気配はない。


「......ククク............ハーッハッハッハ!面白いことを言うではないか!......気に入った!勇者よ、我の城に来ないか?」


「は?なんでそうなるんだよ」


「誰かに負けたなど初めての経験だ。嬲られるというのも存外悪くないのう、グヒッ。......お主が一緒に来ればまたいつでも戦えるであろう?体を動かしたのも久々だったが楽しかったしのう」


「......却下だ」


 なんか一瞬聞いてはいけないセリフが聞こえた気がする。


「何故だ!いい感じの役職もつけるぞ?我の相手さえしてくれたら働かなくてもよい!」


 あれ?なんかスカウトの話になってる?むしろ養おうとすらしているかのような口ぶりだ。



「いいか?お前は負けたんだ。ならまずはこっちの要求を飲め」


「ぐっ......。我に何をさせる気だ」


「難しいことじゃねえ。お前がこっちで暮らせばいい」


「何を言っておる。そんなこと出来るわけなかろう。我は魔王ぞ」


 この状態で偉そうにされても威厳もなにもあったものではない。


「いいや、出来るさ。どのみちそっちに行ったところで資源が無いんだろう?人族の国だってまだまだ発展の余地はある。人族と魔族が手を取り合えば、お互いに暮らしやすくなる世界が作れる」


 魔王の上からどいて提案する。


 最初に見た時のオーラは収まっている。剣を突き付けられたのにも関わらず魔法を使う気配も無いし戦闘継続の意思は無いと判断したからだ。


「......本気で言っておるのか?」


「ああ、もちろんだ。わざわざ人族の街を襲わずとも資源などいくらでもあるしな」


「それはそうかもしれぬが、我が人族の国で暮らす意味は無かろう」


「いや、そこが重要なんだ。今は魔族が街を襲撃しているから、人族の側には憎しみが蔓延している。だから魔族側のトップであるお前が勇者である俺と一緒にいるという事実を広めて敵対関係を終わらせる」


「......たしかに一理あるの。我らは資源さえ手に入れば良いが、人族はそういうわけにもいかんからのう」


 失われてしまった命はもう戻ることはないからな......。それが分かっているなら話は早い。


「そういうこった。それに、こっちにいれば美味いもん食わせてやるぞ」


「なに!?それはどんなものだ!」


 途端に食いつきが良くなったな。魔王とか魔族って普段何食ってるんだろう。


「それはお楽しみだな。俺のいた世界はとんでもなく美味いもんで溢れていたからな。それを再現することが俺の目標だ」


 すでに魔王の口からは涎が垂れている。汚いから拭けよ。つーか目の前にあるわけでもないのに。


「......勇者がそれでいいのか?」


「別にいいじゃねえか。お前が俺たちと敵対しないって分かれば双方無駄に争うことはしないだろ。そもそも、奴らが一方的に呼び出しただけで何かをする義務なんかねえよ」


「それもそうか。......よかろう。我はお主とゆくぞ。戦い以外にも面白いことが見つかるやもしれぬ」


「そんなものいくらでもあるぞ。とりあえずは報告がてら飯食って、魔族を説得に行かないとな」


「魔族の方は資源さえ目途が立てば大丈夫であろう。力こそ全てという奴らばかりだ。我に勝ったお主の言うことなら聞くだろうしの」


「できりゃ戦いたくないがな。ああ、そうだ。これ、やるからつけといてくれ」


 ストレージからある物を取り出して投げ渡す。


「なんぞ?アクセサリーか?我に貢ぎ物とはやるではないか」


「まぁ、お守りみたいなもんだ」


 魔王はあっさりと言われるがままに装着する。疑うってことを知らないのか?


 魔王に効くかは疑問だったが上手くいったようで、翼と角が消えていく。


「んぇ?......あ、あれ!?我の角が......!つつつ翼も無い!どうなっておるのだ!」


「そのネックレスには魔力を封印する効果があるだけだ。角も魔力だったとはな」


「奴隷の首輪みたいなものか!それならそうと先に言ってくれればいいものを......。でも角が無いとうまく力が入らぬぅ」


 あれ?喜んでる?なんかさっきから危ない発言が垣間見えるんだが、魔王だよな?


「言ったら着けないだろ。何かの拍子で魔法使われたらたまらんからな。慣れろ」


「ぐぬぅ。......我に命令出来るのはお主くらいのもんじゃからな。光栄に思うのだぞ」





 さーて、エリスはともかく、他のやつらは納得するか分からないけど説明に行きますか。


 魔族の方も一筋縄でいくとは限らないしな。




 俺の——俺と魔王(俺たち)の戦いはこれからだ!





最後までお読みいただきありがとうございます!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ