#8気楽にいこうぜ共犯者
毎日投稿したいんだけどね。頑張るつもりではいる
お姫様だっこで彼女の家へと連行された俺は、とりあえず玄関で一旦降ろされ、座らされた。
言葉より行動で示すとはまさにこのことで、ココンさんは棚の上にあった救急キットを即座に取り出して、患部を手際よくガーゼで固定していく。
「すいません。痛みますよね」
「痛いけど……大丈夫。昔から痛みには強い方だから」
「だからって……、貴方が傷ついていい理由にも、逃げちゃダメな理由になりません」
沈痛な面持ちで、彼女は処置を続けていく。
適切な処置を、手際よく行っていく。処置の大半が完了したと思った矢先、彼女はタオルで包んだ冷却材を手渡してきた。
「冷やしてください。腕の腫れが、酷いです、特に」
「うん……ごめん」
無意識的に謝罪が口に出る。
腕でよく攻撃から身を守ったせいだ。
左腕もそうだが、右腕が特にひどい。
皮膚が赤紫色に変色していて、そこには熱と腫れがあった。
彼女から受け取ったタオルを当てる。ひんやりとした感覚が腕に伝わって、熱が少し引いたような気がする。
「……謝らないでくださいよ。貴方は何も悪くないのに」
「でも、俺がもし、強かったりしたら、ケガなんてしなかったし」
俺の説明を聞いて、横で屈む彼女が嘆息を漏らす。
「いいですか?」と一つ言葉を置いてから、指一本を立てて話し始めた。
「現代社会で強さなんて求めなくていいんですよ。
“強い”ことよりも“優しい”ことの方に、──私はよっぽど憧れます」
彼女は横目で俺を伺って──、きっと身体の傷を見ている。
その傷を見て、“優しい”だとか、そう思っているのだろうか。
傷つくことと優しさは、彼女の中で結びついているのだろうか。
「俺が優しいって言ってるの?」
だとしたら心外だ。ただ、自分にメリットがあったから逃げなかっただけなのに。
「──俺は別に、優しくないよ。誰かに何かをしようとするときは大抵、自分に及ぼす影響ばっかり考えてるよ」
「そうなんですか?」
その問いかけに対して俺は頷いて肯定を示す。
「猫に餌をやったのはあとで無視した記憶が過って後悔しないためだし、ココンさんを助けようとする今だって、君と友達になりたいからだ。本当に“優しい人”ならそういうの、反射的に、無条件で、何も考えずにやるだろ。だから、──僕は違う」
「……僕?」
俺──、“僕”の一人称の違いに目ざとく気づいたか、その部分だけ彼女は反芻した。
説明をその視線に求められている気がして、僕は嘆息を漏らしながら説明をすることにした。
「中学校までは“僕”だったんだけどさ、流石に高校生にもなってそれはどうかなぁって」
「そういうもんですか?」
「そういうもんなんじゃない? 気づいたときには周りが皆“俺”って言ってるからさ。怖くなって、合わせたなぁ」
中学校の頃、友人がいたかと言えばそうでもなく、今と同じように灰色の青春を過ごしていたのだけど。
耳が良い僕はクラスメイトの会話を寝たフリをしながら盗み聞きして、自分と他の男子の一人称が違うことに気づいたのだ。
それ以来なんとなく、“俺”と呼んでいるのだけど、どうにも慣れない。
どうしても本当の自分を隠しきれずに、素の一人称が出てしまう。
「大したことない上に関係ない話でごめんね」
「……また謝った」
彼女は僕の顔面を指さした。
咎めるようなジトっとした瞳が、注意するように僕を見ていた。
「そういう性分なのかもしれませんけど。謝らないでください。……まるで、私が悪いことしたみたいです」
「ごめ、──あぁっ、もう。……勝手に出るんだよ、これ」
すぐ口に出る、きっと僕の悪い癖。
手で思わず口を抑え、横目で彼女を伺う。
いつのまにやらココンさんは、僕と一緒で玄関に腰を下ろしていた。
「……人の性分にはいろいろあります。例えば、私が敬語を使いづつけるのだってそれです。その言葉を使い続ける方が自分にとって気が楽なので。私は自分を曲げませんけど、貴方は他人に曲げられたのは?」
「……まぁ、違わないけど」
過去のことなんて思い出したくもない。
僕にとって過去とは、ずばり暗黒期を示す言葉だ。
どこで曲がって、今の臆病で劣等感をこじらせ、すぐに謝る浅葱虎徹が出来たのか、具体的なことなんて、もう忘れてしまいたい。
「……染みついたものは中々取れませんけど。浅葱くんは、謝りたくて謝ってるわけじゃありませんし、一人称も本来のものじゃない。やめてください。……そういうの」
「……別にいいけどさ、なんで?」
「私は敬語を使って楽をしているのに、貴方が窮屈な思いをしているのが不愉快だからです。人のせいで、肝心な自分を見失うのはダメなことだからです」
彼女は膝のあたりで手を組んで、ゆりかごのように揺れながら呟いた。
「肩肘付かずにいきましょうよ。仲良くなるって、そういう事だと思うんです。──ねぇ、浅葱くん」
「難しいよ。ようやく慣れてきたところなのに。気を使わなくなったら、意外と口悪いかもしれないよ?」
「少しずつやっていきましょう。今のところはただの『共犯者』ですけど、将来的に気楽な関係になりたいんですよ。友達がいない同士のギブアンドテイクみたいな、……そういうの」
「それは嬉しいね」
描いた将来像に思いを馳せ、全然悪くないなと口元が緩む。
わざわざ怪我をして、逃げなかった甲斐があると言うものだ。
「貴方は私に加担する。そのための報酬はそれくらいしかありませんから。予行練習だと思って、もう少し気楽に接してください。──『共犯者』さん」
「……うん、わかった」
その頷きに彼女は納得したか立ち上がって、リビングに続くであろう扉を開けた。
「立てます?」
「うん、大丈夫」
立ち上がるところまでは、余裕。
しかし、歩くとなると、ズキリと、鈍い痛みが響いて、歩行に違和感がある。
それを無視して、隠して彼女の下へと歩こうと思った。だけど──。
「ちょっと助けてほしいかな」
「はい、分かりました」
彼女は僕の隣まで来て、肩を貸してくれた。
頭一つ低い彼女の肩は、何故だかどんなものよりも強く、僕を支えてくれる気がした。
「……ちなみに、私はこういうとき、謝罪を百回口にされるより、たった一回の感謝の言葉が嬉しいです」
「そっか」
「はい。……──そうなんですよ?」
彼女の言葉に促されるまでもなく、僕は頬を緩めて言葉を紡いでいた。
「ありがとう。ココンさん」
「どういたしまして」
彼女が僕の言葉を聞いて、薄く笑っていたのは絶対に勘違いじゃない。