#7これからよろしく共犯者(4)
そこからは、蹂躙という言葉が一番似合う。
殴られ、蹴られ、掴まれ、折られ、嬲られ。
時に立ち向かって、意味もなく蹂躙は続く。
彼我の差は圧倒的。
とても正視に耐え切れない有様だ。
嬲られる。しかし、そのどれらも、命には至らない。
どうやら殺すつもりはないらしい。
ただ、ひたすらに、楽しんでいる。
おもちゃで遊ぶ子供のように、無邪気な笑みをソレは浮かべていた。
といっても、生かすつもりもなさそうだ。
痛い。
全身が悲鳴を上げている。
痛い。
まるで鉄の雨に降られてるみたいだ。
痛い、痛い――痛い。
今まで受けた痛みなど、それに比べてしまったら、大したことがない。
ヘッドホンは、消えている。
何も聞こえず、ひたすら苦しい。
助けられると、そう思っていた。
それはあまりに傲慢で、俺は自分の怠惰に気づいていなかった。
(俺はどうして――)
――強くなる努力をしなかったのだろう。
俺がスーパーマンなら、その王冠なんて一握りで破壊できるだろうし。
俺が知識溢れる人間だったら、この王冠に対する対処方法だって知っていただろうし。
俺が心の強い人間だったら、この状況に後悔なんて覚えなかっただろうし。
後悔する、後悔している。ずっと。
単純な話、この惨めな状況を味わっているのは、自分の怠惰が原因だ。
鍛えようとしなかった。
知ろうとしなかった。
強くなろうとしなかった。
後悔を覚えた自分に、嘲笑が漏れる。
――逃げなかったのはお前だ。
(だったら最後まで、カッコつけろよ)
俺は最後まで、弄ばれ続け――。
◆
「ぁ」
小さく漏れたその声が、彼女の正気を悟らせた。
地面に蹲る俺を、彼女は抱え起こした。
表情が見える。
「あ、浅葱、くん」
なんで、と。
「――なに、ココンさん」
視界が明滅する。
景色が陽炎のように揺らめく。
世界の輪郭は朧気に、鮮明さを欠いている。
「なんで、そんな、ボロボロになるまで、ずっと」
「あぁ、やっぱりボロボロ?」
痛い、痛いが、それだけ。
命に瀕するような事態ではないと思うが、自分の姿は自分で見れない。
彼女の声の震えから伝わる通り、相当手酷くやられたようだった。
「な、ぁ、なんで。逃げなかったんですか」
「ダサいじゃん」
逃げれた。
正直に言ってしまえば、嬲られいる最中に、不自然に挙動が止まる隙があった。
それを利用すれば、逃げられた、ような気が、する。――でも、ダサいし。
「ココンさんのピンチに逃げ出すほど腐ってないよ、俺は」
「別に、私は全然ピンチなんかじゃ、それより、浅葱くんの方が、ずっと、逃げるべきでした。それだったら、貴方は、そんな、傷つかずに済んだのに」
何故だか俺よりも、ココンさんの方が。
泣き出してしまいそうに悲痛に表情を歪ませた。
「なんで、貴方は逃げないんですか」
追い詰められた末に出た、自分の本音を、俺は既に知っている。
だから、しっかり伝えようと思う。
「ここで、逃げなかったら――」
ちょっと言いよどんで、それから弱弱しく、掠れた声で呟いた。
「……――君と、ちょっと、仲良くなれる気がしたから」
「――は、ぁ?」
心の底からの困惑が、俺の本音に対する返答だった。
「貴方が、何を言ってるのか、全然わかりません」
「君が困ってるときに、逃げ出すような奴は、嫌だろ」
「だから、何を言ってるのか――」
「――……俺は、実に高校生らしい。普通の悩みを持っていて」
「……なんです?」
「友達が、一人もいないんだ」
だからなんだと、その視線が突き刺さる前に、俺は言った。
「友達に、なりたくて。君と。友達になれればいいと、そう思ってて」
「――ッ、は? ……それだけ?」
「うん。だから、君を助けたい」
「そのために、自分が傷つくことを、許容できるとでも?」
「友達のためなら、命を張れる人間でありたい。結果、何もできてないから、ダサいけどさ」
「友達じゃ、ありませんよ、私たちは。そんな、体のいい関係じゃ、ありません」
「じゃあ、なんだよ?」
彼女は決意のこもった表情で続ける。
「私はこれから、こんなクソったれた状況を再演しないために、ありとあらゆる手を尽くします。悪いことだってします。それでも、貴方が、助けてくれるって言うのなら――」
彼女は言葉を一区切りして、そして告げた。
「――私たちは共犯者です」
――『共犯者』。やけに口馴染みのいい言葉を、脳内で反芻する。
「報酬は、友達との学校生活なんてどうでしょう」
「うん。いいね」
「本当に? また傷つくかもしれませんよ?」
「大丈夫じゃないけど、大丈夫だよ。だから……――これからよろしく、共犯者」
痛いのは嫌だ。怖いのも嫌だ。俺はいたって普通の高校生である。無力な、一般人。
それは分かっているけれど、ここで俺が頷かなかったら、彼女は一人になってしまう気がした。
「はは、そうですか」
彼女は俺の言葉を聞いて、呆れたように笑う。
「じゃあひとまず、私の家ですね」
「はい?」
「貴方の治療と状況の説明と、色々と色々あるので」
「ん?」
俺は抱えられた。
――お姫様抱っこで。
「ココンさん?」
「大丈夫です。夜ですよ?」
「いや、そういう問題じゃ――あぁァ!?」
とんでもない速度で、彼女は夜の街を駆け始めた。
過ぎては変わっていく景色に、思いを馳せる余裕もない。
俺はふと思う。本当に今更ながら、とんでもない出来事に足を踏み入れているのではないかと。
――引き返すには、あまりに遅い。
明日も投稿出来たらいいな。