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青春シルバーバレット  作者: 最条真
1st『引き金を引く』
6/18

#5これからよろしく共犯者(2)

また遅れた。

テストが悪い。

 その問いに俺が一瞬、躊躇ったのはなんでだったか。


「……忘れるわけないでしょ」


 求められる答えと、返す言葉はとっくに決まっているのに。

 なんでか間が開いたのは、彼女の卑屈な口元を目撃してしまったからだろうか。


「分かりませんよ。私は自分が『忘れられるわけがない』と思って、眠ったんです」


 彼女は笑っていなかった。

 過去の自分を振りかえって、嘲るように彼女は続ける。


「そしたら、朝起きたら、学校に行っても、誰も私を見てくれない。みんなの世界から消えてしまった。忘れられたんです」


 貴方は──。と、言葉を漏らして、続いた。



「──貴方は、見つけてくれたけど。世界は私を見つけてくれない。それが、酷く苦しくて。他の人に見つけてほしいと思う自分に嫌気が刺しました」



 彼女は自分の孤独を語るように、顔を闇に沈めて呟いた。


「他の人に見つけてもらう関係性なんか、築けてなかったのに。人と関わることを放棄した人間が、自分の存在を他人に認められるわけがないのに」


 独白は、なおも続く。


「世界にただ一人でいることが、こんなに怖いなんて知らなかった。一人は嫌です。それはとても怖いことなんです。世界から認められないのは、まるで。──自分の存在が揺らぐようで」


 認められないのが苦痛だと、彼女は言葉をそこで終わらせる。

 俺には分かる、その気持ちが。


 一人ぼっちの疎外感。


 俺があの教室で過ごした日々が、彼女と重なって見える。


 自分自身で、自分の存在を肯定してあげたいけど、それはどうにも難しくて。

 人間は、一人では自分の存在すら肯定できないから。


「認める人が必要なら、俺が認めるよ。俺が、しっかり覚えてるよ、ココンさんのことを」


 彼女の存在を知っている俺が、彼女のことを肯定してあげたい。

 それが彼女にとってただの慰めで終わるのか、いい薬になるのか、俺には良く分からないけれど。

 それは非情に身勝手な、個人的な感情論で。


 ──俺は彼女を、助けてあげたいと思った。


「それじゃ、足りないだろうから。──俺はココンさんが世界に認められる手助けもしたい」

「──……なんで?」


 彼女は純然たる疑問を瞳に湛えながら、俺の方を見た。


「──……私たちは、他人です」

「……そう?」

「猫を撫でて、一言か二言交わして。消えた私を貴方が見つけて、一緒にハンバーガーを食べて。どういう経緯か夜の公園で、ベンチに隣り合ってるだけの、ただの他人です。それなのに──」


 彼女は続ける。──最初にこらえた心の声を、今も瞳にとどめながら。


「なんでそんなに優しいんですか。なんで私を助けようとするんですか。

──……なんで。嫌な顔一つせず、私の隣に座ってくれるんですか。貴方にしか見えない、面倒な存在の、私に。そんなことをして何の得があるんですか」


 零した問いに、いつかと同じように言葉を返す。


「俺は、自分のことが嫌いでさ」

「……前にも聞きました」

「でも、自分のことを好きになってあげたいんだ。少しずつでもいいから、好きになってあげたい」


 自分のことを嫌いな人間なんて、珍しいと思うけど。

 それでも俺は、自分のことが嫌いだ。

 人間。自分の嫌いなところなんて、挙げたらキリがない。


 欠点なんて、山ほどある。それを考えてしまった。

 汚い部分なんて、どこにでもある。それを直視してしまった。

 それと、誰かの不幸を見て見ぬふりをした経験が、塵のように積もって。


 ──いつのまにか、自分のことが嫌いになっていた。


 他人と比べた劣等感と、目にした汚い自分自身と、見て見ぬフリして過ぎた現実が、ここまで浅葱虎徹を運んできた。


 変化のきっかけなんて、本当に大したことはない。

 ──勇気を出して、猫を撫でた。ただ、それだけ。

 あの日、猫を撫でた縁が、不思議と俺たちを繋ぎとめている。


「強いて言うなら、俺のエゴだよ。見て見ぬフリは、したくない。誰かを助けて、自分のことを更に好きになれるなら、それが一番いいじゃん」

「──それ、だけ?」

「それだけだよ。俺は、難しい理屈をひねり出すほど俺は頭がいいわけじゃないし。それに──」

「……それに?」


 彼女の顔を見た。



「──泣いている君を、見なかったことにはしない」



 それは、泣きじゃくる寸前の子供のように見えて。


「我慢なんて、しなくてもいいよ」


 彼女の二日の孤独を、俺は知らない。

 きっとそれは、ただ日数で捉えられるほど、簡単な重みじゃない。

 彼女の心の痛みを、本質的には何も理解してあげられない。

 他人の痛みを想定することほど傲慢なことはないし、他人と自分の痛みを比較することほど不毛なこともない。


「──知ったような、口を、きかないでください」


 彼女は我慢していた。

 教室から、ここに至るまでずっと、ずっと我慢していたのだ。


「心の声は自分にしか聞こえないから。だから、ちゃんと聴いてあげないとダメなんだ」

「貴方は、なんなんですか。なんで、私を──」

「助けてあげたいからじゃ、ダメかな」

「……知りませんよ」

「とりあえず、泣いてもいいんじゃない?」

「知ってます? 高校生は普通、公衆の面前で泣けないんですよ」

「でも俺にしか聞こえないんでしょ」

「まぁ、はい。そう、ですね──」


 そこで、彼女は言葉を区切った。


「貴方は、最低です。女の子を、こんな、泣かせるように誘導して」

「ごめん」


 小さな嗚咽が、ようやく聞こえた。


「最低です、貴方は。ほんとに、さぃ、て、っい──」


 ついに紡げなくなった言葉と、あふれ出した涙。


 心の薄暗いところでとどまっていた、小くて大きな叫びを、彼女はようやく零した。


「……最低です、貴方は」

「うん」

「背中なんて、さすらないでくださいよ」

「ごめん」

「……謝らないでくださいよ。貴方は何も悪くないのに」


 彼女は泣きながらも、確かに続ける。


「浅葱くん」

「なに?」


 彼女は息を吸って、その言葉を紡いだ。






「……ありがとうございます」







 彼女の感謝の言葉は、しっかり俺の耳に届いていた。






















































あしたは22時に投稿できるように頑張りたい。

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