#4これからよろしく共犯者(1)
遅れました。
突然だが、自己紹介をしようと思う。
浅葱虎徹、十五歳。ところどころ外ハネした、光加減次第では青く見える黒髪と、青い瞳、黒縁メガネが特徴の、中肉中背のナイスガイである。
そんな俺は、ココンさんの王冠をぶん殴った後で、手が痛すぎて地面に蹲っていた。
「……手、めっちゃ痛いんだけど」
「まぁ流石に短絡的過ぎましたか……」
夜。
小さな児童公園にて。
俺は全力で、ココンさんの王冠──、もとい『病』をぶん殴って、そして撃沈した。
『王冠は人間の拳でぶっ壊れますか?』
答え。
──マジで手が痛くなるだけなので、変な真似はよした方がいい。
ベンチに座って、崩れ落ちる俺を上から見下ろすココンさんは、どこか落胆したようにため息を吐いた。
「流石に浅葱くんの拳じゃどうにもなりませんか」
「そもそも病をぶん殴ったら症例が改善するのかなぁ……?」
「諦めるのは早いですよ、次です」
「次ぃ?」
その言葉に、思わず聞き返すと彼女は真剣身を帯びた様子で、彼女は俺に金属バットを差し出してきた。
「──……ねぇ、さっきホームセンターでさ、用途不明のバットを買わされたのって……」
「浅葱くん。……フルスイングを、勢いよくこう、丁度王冠にぶち当ててください」
「バカなの? 万が一頭に当たったらどうするの?」
「世界に新しく殺人犯が生まれますね」
「俺嫌だなぁ!? まだ罪は犯したくないなぁ俺……」
「浅葱くん。私はベンチで動かないように最大限努めますので。ほらいい感じに王冠をぶっ飛ばす方向で行きましょうよ私たち!」
「絶対嫌だから。万が一が怖いから──!」
結局、バットの先で小突くだけに留まった。
当然ながら、それで王冠に傷なんてつくはずもなかったが。
「まぁ……、当然ですね。次」
「次があるの!?」
その後も、王冠を壊すために様々な試行錯誤をこなしたが、何をしても、どうやっても、王冠に傷一つ付かない。
夜の中でも目立つ紺色の王冠は、依然として健在。
何をしても付かない傷に、気にしていないのか、腹を立てる様子もなく、そもそも感情がソレにあるのかすら不明ではあるが、王冠は眠たそうな目をして、それは徐々に閉じていって。
──完全に瞼が閉じられた後、それはココンさんの頭の上から闇に溶けるように姿を消した。
「あぁ!? コイツ、また私の意思に反して!?」
「その王冠、意思があるの?」
「強い『病』には、知性があるんですよ。別に喋るわけじゃないですけど。……ちょっとした意思くらいは……。まぁ、感じます」
ココンさんは消えてしまった王冠を惜しむように、自分の後頭部を、寂し気に撫でた。
「多分、物理的手段じゃ、どうこうしようもないですね、コレ」
「じゃあ、なんでぶん殴らせて解決しようとしたの……?」
「それ以外に解決する手段が思いつかなかったからですよ! ──馬鹿なんです私。……馬鹿なので。冴えた妙案なんて思いつくわけないじゃないですか」
自分を貶すような嘲笑が漏れて、彼女は思いっきり背もたれに寄りかかると、足をジタバタとさせて、現状への鬱憤を晴らすように叫んだ。
「あぁ、もー! なんなんですかねぇコレ!!」
「ちょ、声──……」
「いいんですよ! どうせ浅葱くんにしか認識されませんし!! 私が叫んでも誰も気にしませんし!!!」
「俺が気にするし」
俺はベンチのすぐ後ろにあった自動販売機に歩くと、それを指さしながら聞く。
「ほら、何飲みたいの?」
後ろを振り返ってから、膝立ちして腕を交錯させながら背もたれを掴み、重心を前に押し付ながら、彼女は呟いた。
「じゃあ……缶コーヒーで」
「はいよ」
硬貨を入れて、俺が自動販売機のボタンを押すと、ガコンと、取り出し口に飲み物が落ちてくる音が聞こえた。
「ほら投げるよー」
「え、ちょ、まっ──おぁッッ!?」
取り出した缶コーヒーをココンさんに向かって投げ渡すと、彼女は到底女の子が出してはいけないような奇声を発して、それをキャッチした。
思わず苦笑を漏らすと、それを咎めるようにココンさんは視線を鋭くした。
「もうちょっと紳士に渡してくれてもいいんじゃないんですか? いや、いいんですけども、ありがたいんですけど。驚くと変なところから声出るんで私」
「事前に言ったじゃん」
「もう少し間隔があってもいいじゃないですか。ほぼ同時でしたもん」
「ごめんって」
「とりあえず私の奇声は、早急に記憶から消してくださいね」
言いながら彼女はプルタブに指をかけると、缶コーヒーを口に傾ける。
「ん、おいしいですね」
「それはよかった」
言いながら俺もベンチまで戻ってきて、彼女の隣とも言えなくもない、端っこ。微妙なスペースに腰かけた。
何を話すわけでもなかった。
絶妙な間が、二人の間で流れる。
居心地が良いわけでも、悪いわけでもなく、何か言わなければいけない気がするけれど、それが分からない。
──先に口を開いたのは、彼女だった。
「浅葱くん」
静かな夜に、彼女の声はよく聞こえた。
缶コーヒーを両手で持ちながら、神妙な表情で呟いた。
「──明日も私のことを、忘れないでいてくれますか?」
彼女は俺の方を見て、そう問いかけた。