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青春シルバーバレット  作者: 最条真
1st『引き金を引く』
3/18

#2心に触れる(2)

『昨日若干いい感じの会話を交わしたクラスメイトに、自然に学校でも話しかける方法とは?』



 答え。

 ──そもそもそのクラスメイトが居ないんじゃ意味がないよね。


 朝、毎度のことながら登校の早い俺は、六列目の最後尾──、つまり教室を俯瞰したとするとき、左下の隅っこの方で期待に心躍らせながら、ココンさんと話そうと決めていたのだ。

 昨日の会話で少しだけ仲良く慣れた気がするから、その弾みで一緒にお昼ご飯を食べれたらいいな、とか思っていた。まずは「おはよう」を言うところだけど、どうにか頑張ろう。


(ビビりでもコミュ障じゃないんだから、どうにかなるハズ──!)


 気合を入れた俺が、今か今かとドアの方にチラッと時折視線をやってココンさんを待ち構えていると、そのうち扉が開いてココンさんが現れる──、なんてことはなく。


「あれぇ?」


 朝のホームルームが終わって、始業のチャイムが鳴っても、ココンさんが来ることは無かった。


 そのまま、流れるように、彼女が居なくても、よどみなく。

 順次、問題は何一つなかったように。


 いつも通りに授業は始まる。

 授業が全く頭に入らない。

 世界は俺の都合なんて知らずに、勝手に移り変わっていく。


 皆、平然と授業を受けてるから、それが少し意外だった。

 もう少し、気にかけてあげてもいいような。

 昨日知り合った俺だけが、彼女のことを気にしてるみたいで。

 ちょっとした、疎外感を感じたり。


(ココンさん、今日は来ないのかな)


 いつのまにやら四時間目。

 時間が経つのがやけに早く感じる。


 ココンさんと、学校でも話してみたい。

 期待した展開は、何故だか実現しない。


 俺も、彼女が言ってくれたように、仲良くなれるような気がしたのに。


 どこか、上の空だった。

 何も頭に入らない。


 耳に入ってはすぐに出て、これじゃ何のために授業を受けているのか分からない。


 いつもは、もう少し優等生なのに。


 今日は不思議と、意味もなくシャーペンの芯を出しすぎる。


 たかが数分、言葉を交わした相手に、思考を埋められている。

 それだけ、誰かと言葉を交わすことが希少だということなのだろう。


 何と無しに、ガラス越しの空を見た。

 空は快晴。俺の心情など全く反映しない空が、少々恨めしい。


(……もう少し、世界は俺に配慮してくれてもいい気がする)


 八つ当たりだとは分かっていても、やっぱり思う。


 ──俺に都合よく回ってくれ、世界。


 そうはいっても、現実はままならず。

 俺のご都合に沿わない展開に、もはや居眠りでもしてしまおうかと、つい魔が差した。


 注意されるのが怖くて、寝れるはずなんてないけど。



 結果だけを、簡潔に述べるのであれば。

 今日も、その次の日も。

 結局、孤紺糖財が俺の前に現れることは無かった。




 ──週の最後の金曜日。



 夕方。

 いつもと同じような放課後。

 金曜日、明日から休みということで、何やら遊びの計画を立てる面々の声が聞こえる。


「モンハンやろーぜ」

「かくれんぼしよかくれんぼ」

「ピルクルのみいこピルクルー」


 ──本当にどうでもいい。


 俺の頭の中は、どういう訳が学校に来ないクラスメイトに向けられていた。

 正直に、この心中を吐露してしまうのなら、不気味だった。


 気づいたことがある。

 孤紺糖財の話題は、クラスメイト間で一切交わされていない。

 休んでいるのだから、話題になってもおかしくない。

 それが一つもない。俺の耳が届く範囲には、一度たりともそれがない。


 そこまでなら、まぁまだ良かったのかもしれない。


 気づいたことがある。

 教室から、孤紺糖財の席が消えている。

 一列目の最後尾から一つ前──、つまり教室を俯瞰したとするとき、右下の隅の一つ前。

 そこに、彼女の席があった。

 今は無い。不自然な空白が、そこに生まれている。

 どういう訳か、クラスメイト達は、それを意に返さない。


 気づいたことがある。

 このクラスの出席番号に5番が存在しない。


 気づいたことがある。

 初日に取った集合写真に不自然な空白が生まれている。


 気づいたことがある。

 俺は、彼女の声を思い出せない。



 ──古今東西、彼女に関する全てがなくなった。



 いや、俺の中に、少し残っている。


 孤紺糖財、珍妙な名前。

 銀髪のショートヘアー。紺色の夜空を閉じ込めたみたいな瞳。美少女。

 少し会話を交わした。彼女は猫を撫でていた。仲良くなれそうな気がした。去り際に『また明日』と言われた。


 思い出の端から何かに食べられているみたいで、冒頭に、近づけば、近づくほど。

 忘れている。思い出せなくなっている。


 俺の心に触れてくれた、あの声が。

 心に触れるあの声を、俺は忘れた。


 消えていく。

 消えている。


 最初から、存在しないように。

 彼女の存在が、世界から消えていた。


 不自然に、消えて。

 不都合が、露わになってく。


 変化の兆しを見せた僕の日常。

 だけど、彼女は消えてしまって、いつも通りの味気ない青春を送っている。

 それとも、俺が作り出した都合のいい偶像だとでも? 


 ──そんなわけがないだろうが。


 彼女は確かにここに居た。

 俺は横目でそれを見ていた。

 いつも一番に帰る彼女の背中を羨ましそうに追っていた。

 孤高の存在である彼女が、心底羨ましかった。


 孤高の存在、孤紺糖財。

 それは実は幻想で、本当は人と関わるのが怖いだけの女の子だった。

 彼女は猫に夢中だったけど、俺の言葉に驚いて、また明日と手を振っていた。


「探さないと……」


 ソレに、何故執着しているのか、俺自身、忘れてしまいそうになる。


 忘れたくない。

 ココンさんの存在を、忘れてしまうような薄情者になりたくない。



 ──忘れてしまったら、俺はきっと自分のことをもっと嫌いになる。



 だから、忘れてなるものか。


 いつの間にか、教室には誰もいなくなっていた。

 俺以外、誰も。正真正銘、ひとりぼっちの教室だ。


 思えば俺は、彼女のことをほとんど知らない。

 自己紹介で語った内容と、あのコンビニでの一幕でしか、彼女を知らない。


 これから、知っていきたいと思う。


『世界から消えてしまったような彼女を、探し出す方法は?』



 答え。

 ──分からない。



 分からない。

 やらなければいけないことがある。

 だけど、俺程度が思い浮かぶ方法全てに、現実味がない。


 わからない、どうしようもない。


 悔しくて、悔しくて、悔しい。

 何故こんな焦燥と衝動に駆られる必要があるのか、自分でも説明できない。

 孤紺糖財は、二日前に知り合ったばっかのクラスメイトだ。

 声をかけてくれた。猫を撫でていた。友達になれる気がすると言ってくれた。

 それだけなのに、たったそれだけのことが俺の中で大切だった。


 あの時、あの瞬間に躍動する心があった。

 何かがようやく始まるのかもしれないと、予兆めいた何かに、見えた。

 現実として、彼女はここに存在しないわけだが。

 こんなところで終わりだなんて、嫌だから。


「見つけないと」


 見つけないと、いけないのに。


 手段が、ない。

 ただ、胸の中に、焦燥と不安だけが渦巻く。

 グルグルと胸で渦巻く衝動が、自らを買ってに動かそうとしている。

 このままだと、俺の中からも彼女が消えてしまうような気がした。

 訳も分からず、確定的な意思だけが、手段も無しに俺を立たせようとする――その瞬間に。



「──あ」




 ──そのヘッドホンにはコードがない。




 確信があったわけではなく、ただ突然に思い出した。




 ──俺の肩には、いつもヘッドホンがあったことを。




 どういう訳か、ソレが視えた。

 自分にしか視認できないその存在は、誰にでも付いている。


 正体は分からない。


 ただ、俺の場合、ソレは肩にかかった『ヘッドホン』だ。


 黒い、ヘッドホン。

 ハウジングの部分には、耳のようなステッカーが付いている。

 俺が付けた覚えがないのに、誰が付けたのか、全くもって疑問である。


 認識すると、少し気持ちが悪くなる。

 害を与えられたことはない、怖いわけでもなく、ただ、『俺にしか見えない』。


 一つ、用途がある。

 このヘッドホンは、音を聴く。


 何が聴こえるのか。

 本来聴こえない音。


 端的に言うのであれば、本音。

 ヘッドホンは、確かにその声を捉える。


 1日目は、まだ偶然と思い込みたくて。

 2日目で、俺すら騙せない現実に腹が立った。


 そのせいで、久しぶりに見た。


 立派な目的に、漠然とした方法。

 理屈ではなくて、もはやそれは衝動だった。



 実に、数年ぶり。付けたヘッドホンから声が漏れた。



『誰か、私を見つけて』



 瞬間、聞こえた音が、鼓膜を揺らした瞬間に。

 思い出した声と、見えた姿。


 とっくに暮れなずんだ空のもと、差し込む夕陽。

 赤色に照らされる教室の、その教卓。


 行儀悪く教卓に彼女は座っていたけれど、膝の上に乗った腕に顔を埋めているせいで、その表情はうかがい知れなかった。


「ココンさん」


 瞬間、彼女は顔を上げて、驚くように目を見開いた。

 彼女の瞳からは、涙がこぼれていた。


「見えて、るんですか? あさぎ、くん」

「うん」

「ぇ、あ。そうですか。あの、ですね──……」


 彼女は、しゃくりあげる声を抑えながら、確かに告げた。






「──私、透明人間になっちゃったんです」






 心が震える彼女の声は、しっかりと聞こえていた。











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