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青春シルバーバレット  作者: 最条真
1st『引き金を引く』
2/18

#1心に触れる(1)

――この静謐には、誰も訪れないで欲しい。


ガツガツと、猫がツナ缶を勢いよく食べる様子が、妙に心地よかったため。

頬を少々頬を緩めて、この静謐に俺と猫以外が存在して欲しくないと思うのだ。


コンビニの駐車場の隅っこで、空が暮れなずむ頃。

猫の鳴き声に心を揺らされ、俺はツナ缶を名も知らぬ野良猫に食べさせていた。


可愛いな、と思ってしまった挙句。

食事を求めるようにしきりに鳴き続けるので。

仕方なく俺はコンビニで買ったツナ缶を猫に与えている。


片耳が欠けているので、多分『地域猫』という奴なのだろう。

地域に認められている猫と言うことで、俺がちょっとツナ缶を上げても何の問題もないはずである、多分。


ちなみに三毛猫だ。黒やオレンジに近い茶色のまだら模様が、夕暮れによく似あっている。

この猫は甘え上手なのだろう。ついでに買ったレジ袋に、食べ終わったツナ缶を入れたところ、甘えるように俺の足元にすり寄ってきた。


「おわっ」


どうにか避けることには成功したが、猫は不思議そうに俺を見上げてくる。

俺が猫アレルギーだとか、重篤な問題を抱えているわけではなく、避けたのは単純にビビったからである。


妖怪ビビりすぎ侍の名に恥じないビビりっぷりに、思わず自分でも嘲笑が漏れる。



「――猫、嫌いなんですか?」



多分、それと同時だった。

思わず振り返った俺が視認するより先に、頭はその声を覚えていた。


「――ココン、さん?」


夕陽が照明のように彼女を照らしていた。

銀髪が肩にかかるくらいのショートヘアー。夜空を閉じ込めたみたいな紺色の瞳。非の打ちどころがない整った造形。

まさしく、美少女と形容するべき存在。それが制服に身を包んでいる。いわゆる美少女JKと言う奴である。俺には眩しすぎる。


まるで、映画の主人公。

威風堂々、芯のある立ち振る舞いに俺は目を奪われた。


「『さん』付けなんてどこか距離が遠い。『ココン』で良いって言ったじゃないですか」

「あぁ……うん、……――ココンで、良いの?」

「オッケーですとも!」


彼女は気分よさげに鼻を鳴らす。

それからしゃがみこんで、地面にスクールバックを落とした後、猫に手を伸ばした。


「猫ちゃーん。おいでー」


ココンが猫に向かってちょいちょいと手招きをすると、それに誘われて猫もココンへの手に寄っていた。


孤紺糖財(ここんとうざい)

その名前は、実に珍妙だったからよく覚えていた。

苗字が孤紺で、名前が糖財。

古今東西とはよく言ったもので「『ココン』と呼んでください」と、自己紹介をしたことが印象的である。

ちなみに好きなものは『ウサギ』で、特技は『格闘技』。


「……『格闘技』?」と、誰かが呟いた。


彼女はその容姿とチグハグな特技から、最初は人気を博したもので、『よく遊びに行こう』と誘われて(主に男子から)いたが――。


『あ、すいません。その日バイトなので』


バイトを理由に遊びを断る。

どうやら忙しいらしく、ほとんど毎日バイト漬けの日々らしい。

ちなみにバイト先は秘密。

ココンのバイト先については1年B組の七不思議(現状二つしかない)の一つである。

彼女はとっとと帰ってしまうので、中々クラスメイトと遊ぶ機会が生まれず、ちょっとクラスで浮き気味の存在である。


(浮いてるというか……孤高の存在、高嶺の花として、認識されてるだけ……――)


学校では一人。雑談には応じるけれど、仲良くなれる肝心な場所に彼女が居ない。


自分とはまるで違う。確かに彼女はぼっちだけど、俺と同じぼっちじゃない。

偶然に頼る俺とは違って、彼女は必然の存在だ。


彼女が遊び相手を集えば、間違いなく人が集まる。

食堂に行く相手を集っても、間違いなく人が集まる。

友達を作ろうと奮起すれば、間違いなく友達ができる。


たけど、彼女がそれをしないのは、一人が好きだからだ。

――多分、彼女はバイトなんかやってない。


憶測だけども、そう思う。

月火水木金と続いて、土日までバイトなことがふつうあり得るのか。

冷静に考えれば考えるほど、それは断るための口実だった。


生きていくために、他人を必要としない。

一人ぼっちの青春が苦痛に感じる俺にとって、正反対に位置する人間。

それが、孤紺糖財という少女だった。


「虎徹くんは猫ちゃん触らなくていいんです?」

「あ、俺の名前……」

「ん? どうしました?」

「……ちょっと嬉しかっただけ」


思えば、クラスメイトに自分の名前を呼ばれたのは初めてだった。

だから、ちょっと心にこみ上げてくるものがあった。


「……――それだけ」


彼女の隣にしゃがみこんで、猫を見る。

気持ちよさそうに喉を鳴らしているな、と。

彼女に撫でられ、満足げな猫に。触れていいのか、困る。


「撫でたらどうです? 人懐っこいですよ、この子」

「……――いや」

「え、もしかして、猫アレルギーとか?」

「いや、そういうんじゃ、なくて――」

「……なくて?」


不思議そうにこちらをまじまじと見る丸くした瞳に、俺は言いよどんだ先の言葉を吐いた。


「……ちょっと、怖くて」

「……怖い? 猫ちゃんが?」

「昔、猫に触れようとして、引っ掻かれたことがあって……それで、ちょっとビビってる」


流石、妖怪ビビりすぎ侍と自分で自称することがあるビビりっぷりだ。

この臆病っぷりは、流石にバカにされても文句を言えない。彼女が告げる言葉を死刑囚のように両目を瞑って待っていると――。


「え。――怖いのに餌あげたんですか?」


予想していた宣告とは、違う響きの言葉が出てきて。

目を開ければ、彼女は目を見張って俺を見ていた。


ツナ缶と、それが入ったレジ袋。

それを彼女は既に認識したらしく、俺の行為も理解していたようだった。


「……怖いんですよね? 猫」

「……あ、うん。若干」

「え。……――なんで?」


彼女は、本当に疑問げに首を傾げた。


「……私なら、怖い物とは関わりませんけど」

「え、っと?」

「人間付き合いが怖いので、私は人と最低限しか関わろうとしません」

「あぁ……――怖かったの?」

「え。人間付き合いが怖くない人なんています?」


そう言って、彼女は心情を吐露するように。

猫を撫でる指先は止めずに、滔々と話す。


「表面上だけ仲良くして、裏では何を言われてるか分かったもんじゃありませんもん」

「確かに、そうだけど。怖いのは分かるし……――俺も怖いし」

「動物は、そういう裏がなくて楽です。彼らは、素直ですから」


彼女の指先で嬉しそうに喉を鳴らす猫を、目を細めて見て、微かに笑っている。


「俺と喋ってるけど、怖くないの?」

「あぁ。猫ちゃん最優先なので、虎徹くんに心が揺れ動くことはないです」

「結構言うねココンさんって……」

「……――『さん』付け、しなくていいって言ったじゃないですか」

「もう間に合ってんじゃないの、そういうの」


表面上だけ仲良くする。

それが彼女のスタンスで、よく『ココン』と呼び捨てで呼ぶように義務付けているけれど。

肝心なところで一人の彼女に、その呼び方は相応しくないんじゃないかと、ふと思った。


「俺が『さん』付けの方が落ち着くってのもあるけどさ。無理に仲良くするの、疲れない?」

「……――あぁ、そうですね。浅葱くん」


彼女は俺を、苗字で呼んで。


「教えてください。なんで怖いハズの猫ちゃんに、餌を上げたんですか」

「別に、本当に教えてもいいんだけどさ、大した理由じゃないし。でも、なんでそんな知りた――あぁいや別に攻めてるとかそんなんじゃなくて、ただの好奇心ていうか、答えたくないなら答えたくないで――……」

「貴方のことを、もう少し知れたら――」


ちょっと言いよどんで、それから緊張した声色で、彼女は弱弱しく、本当にギリギリ小さく聞こえる声で呟いた。


「……――貴方と、ちょっと、仲良くなれる気がしたので」


その声を、聞き逃すことがなくてよかったと思った。

――聞き返しても、二度と本音は語ってくれない気がしたから。


「……俺は、俺を好きになりたいんだ。自分のことが嫌いな人間なんて、珍しいと思うけど。俺は……俺のことが嫌いでさ」


彼女の本音に応えるために、こちらも本音で返さなければ失礼だと思った。

人に本音を話すのは初めてで、心に押しとどめた感情は、久しぶりに顔に出る。


「鳴いてる猫を無視したら、もっと、自分のことを嫌いになりそうだったから。自分を好きになるための、努力の一環……それだけ」


 人間相手に同じ行為が出来るとも思えないけど。

 大したことのない、理屈だった。


「……そうですか」


 彼女は納得の伴った響きを声に乗せて、猫を撫でる指先を止めた。

 地面に落としたスクールバックを肩に提げて、立ち上がった。


「じゃあ、私はバイトがあるので」

「あ、バイトあるんだ」


 この場から離脱する口実かと思いきや、彼女は意味深に微笑んでから言った。


「えぇ。……――化け物を殺すだけの簡単なお仕事です」

「ん。……え。冗談?」


 彼女はその問いかけに、笑顔だけで応じて。


「さよなら、浅葱くん。……――ま、また明日っ!」


 最後、言い慣れない言葉を吐いたせいか、少々声が上ずっていた。

 足早に彼女はこの場から去っていったけど、これは、仲良くなれたということで良いのだろうか。


「……嬉しいな」


 明日も、学校で彼女に話しかけてもいいのだろうか。


「お前は、どう思う?」

「にゃあ?」


 猫は、相も変わらず不思議そうに俺を見上げていた。

 『撫でないのか?』、とでも言いたげな目線をこちらに向けている。


 猫の頭に手を伸ばしていく。

 怖くないのか、と問われれば嘘だと答える。

 怖いに決まってる。引っ掻かれるのではないかと、未だに頭に過るけど。


「……ふわふわだ」

「にゃあ」


 『当然だ』とでも言わんばかりに猫が鳴いた。

 触れてみれば、妄想で考えたことは起こらなくて、現実は思ったより怖くなかった。


「……はは」


 猫の頭をワシワシと撫でながら、明日もココンさんに話しかけようと、そう思った。


















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