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青春シルバーバレット  作者: 最条真
1st『引き金を引く』

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16/18

#15君の異常性

ジャンルをローファンタジーからヒューマンドラマに変更しました。

どうやらこっちの方が近いらしい。


 その液体を注射した瞬間に訪れたのは、多大な高揚感と全能感。

 考えるより先に、身体が動く。


 その化け物に向かって、歩く。

 よろよろと、情けない病人のように。

 黒い雷など纏っていなければ、確かにそう見えたと思う。


 公園の地面を踏み、着実に距離を縮めていく。


 おかしい。

 自分の身体と自分の心が。

 変調をきたしているのは、分かっている。


 何かがおかしいけれど、それは今はどうでもいい。


『助けて』と、弱弱しい声に呼ばれたから。

 孤紺糖財を、今にも足蹴にし、その足で踏みつけ、今にも蹂躙せんとするその化け物が見えたから。

 自分の心の中に、確かに抑圧されていた黒いナニカが這いあがってくる。


「……助けないと」


 ──ドクン。


 心臓が一際強く鼓動する。

 瞬間、身体を巡る血液の質が変わったような。


 分からない。

 自分の身体に起きた詳細の一切は不明。

 しかし、力を得た実感だけが、身体に満ちていた。


 地面を蹴る。

 それだけで、数メートルは離れていた化け物と、距離を詰めた。


 最善の行動を瞬時に理解して、思いっきり拳を振るった。


 何かがはじける音が聞こえた。

 水風船を地面に思いっきり叩きつける音と似ている。


 拳の一撃を受けて、化け物は霧散していた。


 現実味のなさに、自分の拳と化け物が居た地点を一度見比べた。

 確かにいない。あっけのなさに、思わず嘆息した。


「こんなに簡単だったのか」


 あんなに恐れていた化け物を殺すことも、ココンさんを助けることも。

 あの化け物に踏みつぶされ、地面に伏せる彼女に目をやった。

 彼女は自衛のためか頭に王冠を顕在化させている。瞳は赤く光っていない。

 その様子を見て、安堵のため息を漏らす。


「もう大丈夫だよ。僕が──」

「浅葱、くん。からッ、身体、が!」

「……ん?」


 彼女の表情を見れば、それは驚愕に見開かれていて。

 何故かと問いただす前に、僕は自分の恰好を気にしてみた。


「え?」


 腕が黒い。比喩ではなく、夜と同じ色の黒をしていた。

 まず、人にあり得る色ではない。それと、その肌と同じ色の雷を纏っている。

 幸いというべきか、色が変色しているのは右腕だけに見える。


 鏡はどこにもなかったから、これ以上の確認はできない。

 そこで僕は、首に掛けてあるヘッドホンに目が行った。


 そうだ。これで彼女の心を覗いて感想を聞けばいい。


「ねぇココンさん。今の僕ってどうなってる?」


 質問をすれば、反射的に相手はその答えを思い浮かべる。

 即答できるものなら尚更。僕は耳にヘッドホンを付けた。


『まるで、『病原体』に堕ちたみたいな──』


 そこまで思って、彼女は一つの可能性に思い至ったのか、声を荒げる。


「まさかあの劇薬を打ったんですか!?」

「ああ、うん。多分?」


 思い当たる節は一つ。僕が注射したあの液体だ。

 多分それだろうと、なんとなく答えたところで──。


 唐突に体が平衡感覚を失う。

 思考が淀み濁り、何も考えられなくなっていく。

 倒れている、と横倒しになる視界で理解した。

 視界が黒く明滅する。心配そうに駆け寄ってくれた彼女の姿が見えて、ついにそれは黒に染まって。


「──浅葱くんッ!?」


 僕のことを呼んでくれた。

 たったそれだけなのに、安心感と共に意識を落ちる。




 ◆




 そこは白い世界だった。

 意識が自分の知らない空高くまで浮かんだところで、唐突に落ちていく。

 例えるなら、上空一万メートルから命綱も無しに飛び降りたのとも変わらない落下感。


 体感秒速一万メートル。


 だから1秒足らずで僕は、地面に衝突して潰れたトマトのような無様な姿をさらす予定だったのだ。


 ぶつかるはずの地面に沈み込んだ。


 黒い水の中に居た。

 酸素がなく、呼吸もできない。

 その液体は不思議なことに自分の身体にまとわりついてくる。

 水というには気持ち悪い感触で、どちらかと言えばスライムに近いのに、何故か僕は沈んでいく。


 もがこうにも、浮かぼうにも、その液体がまとわりついて邪魔をする。


 息もできない圧迫感。

 酸欠の頭が告げた事実。


 これは夢だ。


 それを自覚した瞬間、身体に纏わりつく感触から逃げるために僕は飛び起きた。

 暗い室内。窓から差し込む月光が、今は夜だと教えてくる。シーツと、今まで頭を預けていた枕の柔らかい感触。白い毛布。このほかにもいくつかあるベッド。やけに落ち着きを与える室内の雰囲気。そこで僕は、ここが病室であることを理解した。


「……やけに早い目覚めだね」


 僕のベッドの脇にある腰かけ椅子。

 そこには腕を組みながらこちらを見ている五鈴先輩がいる。


「いすず、せんぱい?」

「ここは渡辺探偵事務所の三階の病室。今は4月26日の20時47分。君は丸一日寝てたんだよ」

「そんなに時間が──」

「さて、虎徹くん」


 こちらに割り込むように言葉を続ける五鈴先輩は、静かに顔に怒気をにじませた表情と声色で。


「私に、何か言う事あるよね?」


 理解を僕に迫るように、突然に放たれた一言は、首筋にナイフが迫るようで。

 今まで漠然として呼吸をしていたのに、鮮明に呼吸音と心臓音が耳に届いてくる。

 右手の人差し指が、静かに、ゆっくりと、無駄に、正確なリズムで二の腕を叩いていた。


 ──トン、トン、トン、トン。


 僕は反射的に何かを言いかけた。けれどもそれはまだ声にならない次の瞬間に、のどの奥へと引き返してしまった。怯えて声が出せないのではないのではなく、何か“法則的”に声が出なかった。


「嘘は言えないよ、互いにね。そう環境を設定したから」


 五鈴先輩の『病』の能力だ。何を言いかけたのか、自分でも分からないけど、それが言葉にならなかったのは、嘘だと判定されたから──? 

 僕は何を言いかけた? 多分こういうときとっさに出る言葉は──。


(ごめん、なさい──?)


 僕はその心の言葉を同時に発音した。

 発音したつもりなのに、声が出ないのだ。


 何で、『ごめんなさい』が言えない? 


「こういう時は普通、ごめんなさいだよね」


 迫るような彼女の声に、脳が必死に命令をして、確かに声を出そうとするけど、それが喉から発されることは無い。


 そもそも嘘ってなんだ。僕は嘘なんてつかないで“普通”に謝ろうとしているだけなのに。

 何に? 

 僕は首に得体のしれない液体を注射して、化け物を倒して、それで、それの何が悪──。


 そこまで考えて、僕は自分自身の頭を叩いた。

 思いっきり、頭蓋に響くように、馬鹿な自分を 咤するための全力だ。


「先輩のポーチから、注射器を取って、それを忠告も聞かずに自分に打って、──ごめんなさい」

「うん。そうだよね」


 僕は無意識的に自己を正当化していた。


 それに気づかず、適当に謝罪をしようとしたんだ。

 “自分の非を心中では認めてない謝罪”は嘘に当たるらしい。


「虎徹くん。例えるなら君は警官から銃を奪った挙句それを無断で殺人犯に向かって発砲するようなことをしでかしたわけだ」

「はい。……ごめんなさい」

「謝意が本当なのは分かってるから、もうそれはいいよ」


 不機嫌というよりも、なんだか心配そうな表情で僕を見ている。


「虎徹くん。わたしはとても怒っています」

「は、はい。それはもう本当に申し訳ないです……」

「何に怒っているか分かる?」

「えっと、先輩の注射器を勝手に自分に打ったから、ですか?」

「そうだけど、違うよ」


 五鈴先輩は首を横に振って、はぁ、とため息を吐いた。


「あんな得体のしれない液体を自分に注射した理由は何?」

「……えっ、と」

「普通怖がるでしょ。自分の身体への悪影響を考慮して、あの場では私に注射器を渡すのが一般人の思考なんだよ」

「そう、ですね」

「──君はおかしいぞ(…………)。あの場で自分に注射を打つなんてのは、並大抵の思考じゃない。はっきり言って理解できないよ。多分だけど君は、自分自身に降りかかる悪影響を軽視してるな?」

「……そう、なんですかね?」


 自分自身でも、自分のことなんて理解していない。

 あの時、理屈は頭に存在していなかった。

 だから、自分でも、正確にすべてを把握できているわけではない。


「君が打ったのは“ライオット”と呼ばれる薬。『病』を意図的に暴走させて半身を『病原体』に堕とすことで『病』の出力を上げるとても危ない薬なの。半端な免疫しか持ってなかったら死ぬレベルの、ね」


 自分が打った薬は、相当な劇薬だったようで、指摘されて今更ながら冷汗をかく。


「非常時の自衛手段とは言え、私だって免疫を上げるお薬飲んでなかったら、使用をためらうくらい危険なの。君はもしかしたら命の危機に晒されるところだった。私が怒ってるのはそういうとこだぞ」


 それから五鈴先輩は指一本を立てて尋ねる。



「──君のことを教えて? そしたら今回の件を許してあげる」
































半端な分量で申し訳ない。

明日も投稿するから許して!!(多分)

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