#14熱暴走
全然文字数安定しない。誤字多いかも
ココンさんがガラス越しのひよこのぬいぐるみに熱烈な視線を向けている。
そのぬいぐるみはクレーンゲームの景品で、手に入れるためには実力か金に物を言わせるしかない。
彼女はこの手の繊細なボタン操作に慣れていないようで、既に千円を溶かしている。
「ココンさん、良かったら──」
この手のゲームには自信のある僕が手助けを名乗り出ようとすれば、後ろから袖を引かれて止められた。
「虎徹くん。集中してるんだから、邪魔したら悪いよー?」
「ま、まぁ確かに……?」
集中するココンさんは、景品であるひよこのぬいぐるみだけを見据え、どうやらこちらの声も周囲の喧騒も聞こえていないようだった。ガラスと顔を限界まで近づけ、何度もぬいぐるみの位置を変えながら、着実にゴールへと歩んでいる。確かに僕が、ここで手を出すのも無粋のかもしれない。
そこまで思って、後ろを向けば、そこに五鈴先輩は居る。
「そんなことより虎徹くん。先輩とお話ししようよ」
「お話ですか?」
「そうそう。缶ジュースでも飲みながらさ」
彼女は片手に握っていたコーラの缶ジュースを、背伸びして僕の頬に当てた。
「……先輩」
「……なにかな」
「プルプル脚震えてますけど」
「む、君の身長が大きいのが悪いと思います」
こちらを見上げる五鈴先輩は、自分と僕の身長を見比べた後で、ちょっと拗ねるように頬を膨らませた。
「小っちゃければ可愛げがあったのになぁ」
「さーせん」
「別に気にしてないし!」
歩調がちょっと怒った子供のそれなのだが、特にツッコまずに僕はそれについていった。
行きついたのは両替機前のソファーだ。近くには自動販売機もあった。
五鈴先輩は、ソファーにぽすっと座って、着席を促すように隣の座面を叩く。
僕はそれに促されるままに先輩の隣に座った。
先輩は僕が隣に座ったのを確認して、もう片方の手に持っていた缶ジュースのプルタブを開け、一口飲んだ。
「虎徹くん」
「……はい」
やけに真剣身の帯びた表情に、どんな言葉が続くのか身構えて返事をした。
彼女はスマホを取り出して、一つの写真を見せながら続ける。それは、この近くで評判のクレープ屋さんの写真であった。
「クレープの味って、何が好き?」
「はい?」
良く分からん質問をされた僕は、思わずそう返した。
「いや、青春っぽいことを私なりに考えてたんだけど」
「はい」
「とりあえずクレープかなって」
「……なるほど」
「あっ、なんか違った!? 青春っぽくない!?」
美味しそうなクレープの画像を見せながら、彼女は驚いたように声を上げる。
「いや、僕も青春っぽいことなんて分かりませんし。それっぽいし良いのでは?」
「結構適当だねー。虎徹くん」
「いや僕も良く分からないんですって」
「そっかぁ。……虎徹くん、友達と何する?」
「なんてむごいことを聞くんですか」
その言葉に反応した僕は、身を縮めて震え──、その言葉を口にする。
「友達なんていないに決まってるじゃないですか」
「えっ?」
「そもそも僕みたいな陰キャコミュ障クソ野郎は人に話しかけることすら億劫ですしせっかくの機会を天に見放されて逃しますしそもそもLIMEの友達の人数とか片手で数えられるレベルですし──」
トラウマを刺激されたせいで早口で自らの罵倒が止まらない。
ブツブツ呟きまくるのは先輩の心象的にも悪いと思い、途中で中断した。
「え、あの子は──?」
彼女が顎で示す方向には、未だにぬいぐるみとにらめっこを続けるココンさんが居た。
「いや、ココンさんとはまだ、友達じゃないと、思います」
「……そうなんだ」
意外そうに眼をぱちぱちとさせた先輩に、訂正するように僕は続ける。
「友達になりたいとは、思ってます。ていうか、そのために頑張ってるんですし」
頑張っている、と言えるほど華々しい功績なんて残せていないが。
彼女の共犯者というにはあまりに弱弱しく、しかし弱いなりに必死に足掻く。
まるでアリのような矮小な存在なのかもしれないが、自分なりに頑張っているし、頑張っていきたいと思う。
「なんで?」
「なんでって──、あんなかわいい子を友達にしたくない方がどうかしてるのでは?」
「なるほど。虎徹くんは面食いなんだね」
「違──、わないですね、ハイ。やましい下心ありきでココンさんを手伝ってます」
「やらしー」
「男なんてそんなもんですよ。可愛い女の子とはお近づきになりたいでしょーが」
先輩に吐露した言葉は、全部心の底からの本心である。
可愛い女の子とお近づきになりたい。そんな男ならだれもが持っている欲求が、僕が頑張るモチベーションだ。
それを聞いて、先輩は頬に指を添えてから言う。
「でも、弱いんだから、無理はしないでね」
──“弱い”。
その言葉は紛れもない真実で、僕も頷かざるを得ない。
体をロクに鍛えていない一介の男子高生が踏み込んではいけない程度には、“病の世界”というのは深いのだ。
「『病原体』が襲ってきたら私がどうにかしたいところだけど、私も結構弱いからなー」
「『病原体』?」
聞き慣れない言葉に僕が耳ざとく反応すると、先輩は頬を掻いて続ける。
「……副作用の先。精神が侵されて、身体が『病』に完全に奪われて、魂が病に吞まれると転じる、化け物の総称だよ」
「副作用の先……?」
「姿かたちが異形に変わって衝動のままに暴れる、欲望の権化。言ってしまえばあの子も、その三歩手前くらいには来てるんじゃないかな」
「んなッ……!?」
そんな危険な状況に陥っているのか、と思わずココンさんの方に視線を向けるが、先輩に肩を叩かれてそれを止める。
「それはあの子が一番わかってるはずだよ。なのに、恐れをちっとも出さない。強い子だ」
「はい。ココンさんは──、強い人です」
こんな状況に陥ったにもかかわらず、精神に一切の不調を見せず、素人目でもヤバいと分かる糖分を摂取して、今もクレーンゲームに向き合っている。
今日のココンさんは、まるで敵なしというった風体だ。
でも昨日は、もっと普通の女の子っぽかったような──。
「──虎徹くん。聞いてるー?」
「あっはい何ですか!?」
「さては聞いてなかったな?」
「あっはいすみません」
僕のその様子に、先輩は嘆息して続ける。
「万が一、『病原体』が襲ってきたら逃げる! 私がどうにかするから」
「分かりました」
「分かったらいいけど。君用の武器なんて持ってきてないんだからねー? 基本的に君は無力だと思って?」
「……はい」
凄く当然のことなのだが、改めて指摘されると悲しい。
僕は基本的に何事にも無力な人間なのだ。
「いや、そんなに落ち込まなくても。あっじゃあお詫びじゃないけど、私の『病』を見せてあげよう」
わたわたと先輩は手を振りながら、思いついたようにパンっと手を叩き──、
──世界から音が消えた。
「は?」
正確には、先ほどまで聞こえてきた店内の電子音、喧騒などが、一切聞こえなくなっていた。
それらはどこか遠くの世界の出来事のように遠ざかって──、ここはどこか隔絶された世界に思えた。
「『環境設定』。私の周囲の環境の設定を自由にいじれるの。物体じゃなくて、私の体に直接宿った超能力的な『病』なんだ」
「すげーですね」
「いやー、私に有利な設定をつけすぎると免疫が低下するし、そんな便利なもんじゃないんだけどね」
彼女はこちらを見て苦笑しながら言うと、指を鳴らして、その“外と内で隔絶される”設定を解いた。
「……指を鳴らす意味ってあるんですか?」
「……カッコ良くない?」
「凄いカッコイイです」
この手のことに憧れない男子がいるだろうか。
否、いるわけがない。
男子は皆、いつだって自分が超能力に目覚めることを期待するし、カッコよく能力を使ってちやほやされることに夢見るのだ。
僕もそんな風に能力を使ってみたい。心の底からそう思う。
「でもヘッドホンって冴えないなぁ」
「うーん? そうかなぁ……そうかも」
せめて否定して欲しかった。そんな僕の期待を他所に、先輩は続ける。
「まぁ、頑張る男の子はいつの時代もかっこいいよ?」
「そうかな……そうかも」
彼女の言葉を吟味するうちに、彼女と同じ結論にたどり着く。
“頑張る男の子はいつの時代もかっこいい”。凄い能力なんてなくても、男はかっこよく生きれるのだ。
その言葉を胸に刻んで生きていこうと思う。
「でも、頑張りどころは間違えないようにね。危険を感じたら、先輩に任せなさい。オーケー?」
「分かりました」
頼もし気な先輩の表情を見たら、そう頷かざるを得なかった。
「ほんとにわかってるのかー? このー」
先輩に指先で頬をつつかれた。凄い優しく。
「わっ、意外と柔らかいんだ」
「人間の頬なんてそんなもんでは?」
「……ちょっと強めにつまむね?」
「えッま──痛ァ!!」
かなり強めにつままれて、僕は思わずそんな悲鳴を上げざるを得ない。
「なにやってるんですか」
そんな様子をジト目で見るのは、無事ぬいぐるみを手に入れたココンさんであった。
脇に抱えたぬいぐるみを、ポシェットに入れながら彼女はじーっとこちらを見ている。
ココンさんの帰還と同時に、頬は放された。
二度と五鈴先輩の気に触れるような発言はしないようにしよう。
何が原因で頬をつままれたのか不明だが、僕は心にそう強く誓った。
「お帰りココンさん。無事ぬいぐるみが取れて何よりだよ」
「7800円って無事の範囲に入るんですかね。いや、ぬいぐるみが可愛いので良いんですけど」
「わ、そんなにかかったの?」
五鈴先輩の驚愕の声に、ココンさんは重々頷く。
「どうやら私はこの手の才能は壊滅的なようです。ぬいぐるみがかわいいんでいいんですけど。かわいいんで別に気にしてないんですけど!」
「じゃあ気分転換にクレープでも食べに行かない? ほら、駅前に良さげなクレープ屋さんがあるんだ!」
そういって先輩は先ほど僕に見せた画面を動揺にココンサンに見せると、ココンサンは不満げな表情を消して、またもや目を輝かせた。
「よし、さっさと行きましょう。もうお腹がクレープを求めています」
「さっき甘い物めっちゃ食ってなかった?」
「知らないんですか浅葱くん。甘い物は別腹ですよ?」
「その甘い物をいっぱい食ったはずなんだけどなぁ君は!?」
「……甘い物は別腹なので」
「……なるほど」
どうやら理論が通じる相手じゃない。
僕は思わず空を仰いだ。
◆
「クレープ美味しかったです」
「……そう」
「あとプリクラも取りました」
「……うん」
夕暮れ。児童公園のベンチ。そこにココンさんは座っている。
その傍らに僕は立って、今日の思い出を振りかえっている。
ココンさんは五鈴先輩からの指示で、自分の『病』である王冠を顕現させている。
赤い瞳が輝くわけでもなく、どうやらそれは眠っているようだ。
「他にも、アイスを食べたり、年甲斐もなく公園で鬼ごっこをしたり、はしゃぎました。とても楽しかったです」
「そっか」
「コンディションは万全のはずです」
ココンさんの正面に立つ五鈴先輩がポシェットから拳銃を取り出す。
その銃口を、王冠に向ける。
「銃弾は、正真正銘“シルバーバレット”。『病』の特効薬だよ」
「……はい」
覚悟を決めたような言葉が、ココンさんから漏れる。
「効能は説明したけど──『病』の沈静化。一連の副作用は結局『病』が引き起こしているわけだからね。これで副作用も収まるはずだ」
先輩が銃の引き金に指をかける。
「さて、準備は良いかな?」
「万全、です」
彼女の言葉を確認して、先輩は、その引き金を引いた。
──銃弾は放たれた。
銃声。
思考に生まれる空白。
──何故?
放たれた銃弾は、寸分たがわず、王冠に向かって。
間違いなく、着弾した。──ただし、付け加えるなら。
それは弾かれた。物理法則なんて無視して、彼女の足元に銃弾が落ちた。
正真正銘、銀の弾丸。
それが、弾かれた。
──効いていない?
王冠は未だに目を閉じている。
「……なんで?」
そのつぶやきが、ココンさんから漏れる。
夕暮れに、不気味に影が落ちていた。
気づいたときには、きっと銃声が成る以前に。
夜が突然にやってきたわけではない。
夜よりも大きく、恐ろしい何かが来ていた。
後ろを振り向く。
そこには居た。
ジャングルジムの頂点に、それは立っていた。
一見すれば、それはフクロウだ。
フクロウというには図体は大きい。
その体は、夕暮れには似合わない夜に付け込んだ黒で、本来生物として二つ目があるべき場所には、一つ、ギョロリと大きな瞳が備わっている。
ああ、なるほど。これは化け物だ。これが『病原体』なのか。
──何で今?
それは見ている。ココンさんを。
「……アイツ。“また”私を追ってッ!」
「“また”?」
聞き逃せない言葉を、ココンさんに向けて問い返す。
彼女はその言葉を受けて、忌々し気にあのフクロウを睨みながら続ける。
「あの『病原体』です。私が死力を尽くしても勝てなかった、あの──」
「なるほど。今弾かれたのは、心理的な要因か」
納得したように五鈴先輩は、呟いて。
すかさずその銃口をその『病原体』に向ける。
「さて、虎徹くん。逃げれたら100点あげる」
「──ぇ?」
『病原体』に向けて、続けざまに銃弾は放たれる。
一発、二発、三発目。そのすべてをフクロウはジャングルジムから飛翔する形で回避して、地面に降り立った。
「人間様と同じ土俵で戦ってくれるなんて、優しいフクロウだね」
標的を見逃すことのなかった五鈴先輩は、四発目を放ち、それは着弾した。
それがよほど効いたのか、『病原体』が咆哮する。
その大きな翼を広げ、突風を起こして。
全身が、吹き飛ぶ。
体が中空を舞い、地面に無様に着地する。
酷く体を打った。五メートルは地上から離れて飛んでいた。訳の分からない現象だった。
その風圧に、身体が圧され、立つ砂煙で、何も見えない。
ようやくそれが止んだ瞬間に、僕はどうにか立ち上がり、後方を見ても誰もいない。
つまり、彼女たちは前方、砂煙の晴れたその先に居るはずで。
──嫌な予感がする。
何故僕の足は素直に逃げてくれないのだろう。
弱いのに。
お前は無力だと、烙印を抑えているのに。
頼れと、そういわれているはずなのに。
弱い。無力だ。
僕がその場にいたところで、何も変わらない。
アリのような存在だ。像に踏みつぶされるような矮小な存在だ。
逃げろと本能が叫んでいる。
僕は弱いし、臆病だ。
逃げたい逃げたい逃げたい。
怖い怖い怖い怖い怖い。
雑音が、頭の中で反響して止まない。
黙れ。
僕がそう念じても、ソレは止まない。
弱音を、信念で握りつぶせ。
友達が欲しいんだ。
そしてそれは、こんなところで逃げるような奴にはできないんだ。
そんなわけないだろ、と疑う言葉が聞こえる。
僕は走った。
黙れ、と言葉をかき消すために走った。
意味もなく走った。
自分が弱いことは、誰よりも知っていた。
痛い。骨が折れてるんじゃないか?
背中が痛い。思いっきり打った。
無力なのに、何故走っている。そんなの、自分が知りたい。
土煙を抜けるのはすぐだった。
恐怖で圧縮された時間が、僕の体感時間を引き延ばしていた要因だった。
そこには、フクロウと近接戦を繰り広げるココンサンと、地面に倒れる五鈴先輩がいた。
戦況に目を向けるより先に、先輩に駆け寄った。
“逃げろよ”と目線が痛かったけど、その痛みを無視した。
「五鈴先輩!?」
「……虎徹くん。私は元気なんだけど、立てなくてさ。……ポーチから、“注射器”取ってくれる?」
重々し気にそう言う五鈴先輩。風で吹き飛ばされたのだろう。
少し離れたところに先輩のポーチがあった。ポーチを漁って、すぐに何か液体の入った注射器を発見する。
僕はそれを取った。
「先輩。これって──?」
「だれでも強くなれるお薬。ついでに首の静脈に打ってくれると嬉しい、か、な──?」
そこまで呟いて、先輩は目を見張るようにする。
「誰でも強くなれるんですか?」
「──それは、それは違うよ。馬鹿、止めて。――自分の首筋にその注射針を向けないで」
僕の不穏を察した先輩が、切に願うように呟く。
「それは、軽々しく打っていい物じゃない。すごく、すごく痛いんだよ」
「……正直なところ、自分でも、自分の感情が分からなくて」
ああ、でも、なんか、ココンさんが大変なことに。
あ、倒れた。マズイ。あの化け物が、何か、ココンさんを踏みにじるようにして──、
蹂躙。蹴られ、嬲られるように──?
何だ、アレ。
気持ち悪い。
あれが、『病原体』?
気持ち、悪い。
吐きそうだ。
喉からこみ上げてくるものがある。
「あの、僕、ムカついてて。弱くて、何もできない自分に。何か、したいんです。この衝動を抑えるには、そうするしかなくて」
「だか、らって──!」
これを打たなかったら、前と同じだ。
何もできず、蹂躙され続け、ココンさんを泣かせた、あの時と、全部、おんなじ。
先輩に頼っても、状況は好転するに決まってる。
むしろ、自分に頼ることの方が危機を生み出す可能性がある。
馬鹿が、馬鹿な真似だ。
理屈じゃない。
気持ち悪い。
本能だ。
強くなりたい。
スーパーヒーローみたいな、そんな力に昔からずっと憧れていた。
でも、現実はそうじゃなくて。
僕は、どうしようもないまでに弱者で。
目の前の危機に指をくわえて見ていることしかできない。
友達になりたい女の子が、傷つけられている、そんなときに──?
嫌だ。心臓が跳ねる。
僕だって、誰かを助けたい。
そのために、力が要る。
自分の汚い欲が、ついに顔を出した。
「すみません、先輩」
その液体を、首に注射する。
「謝るなら、最初から使うな、馬鹿」
その言葉が、最後で。
心臓が跳ねる。意識が塗りつぶされる。
思考が焼け付く。
自我が割れる。
世界の色が変わった。
──『病』が喝采を上げる。
ヘッドホンは、自然に現れた。
全てが聞こえる。
『助けて』
誰かの声が聴こえたから。
助けないと、いけない。
体は、黒い雷を纏っていた。




