#13青春の始まり
ココンさんの身を侵す症状を治すには青春っぽいことをしてコンデションを整えるのが良いらしい。
その馬鹿げた治療法を聞いて、僕たちは探偵事務所から外に出て街へと繰り出そうとしていた。
「私の名前は五鈴詩乃! どうぞよろしく!」
小麦色のワンサイドアップが特徴的な、全体的な顔のパーツが“かわいい”と形容するにふさわしいあどけなさを持つ彼女は街に繰り出し先頭を歩く傍ら、元気よく自己紹介をした。
「浅葱虎徹です。……よろしくお願いします」
「よろしくねー虎徹君!」
「こ、こてっッ……!?」
「? どうかした?」
「いや、下の名前で呼ばれることなんて滅多になくて──」
学校では『ねぇ』とか『おい』とか『あの』とか。
呼び方は千差万別、しかし名前はおろか苗字で呼ばれることもなく、話す内容と言っても伝達事項なくらいのもので、そこから話をうまく広げられず、機会を逃し続けた今が友達0人、ぼっちの現状である。
頑張ろうとはしている。だって現に今、その一歩を踏み出しているのだから。
「あ、名前で呼ばれるの嫌だった?」
「ぅ、え、いやあのそういうわけじゃ──」
名前で呼ばれたことにちょっと嬉しくありつつも、やっぱり動揺してしまってわたわたと自分の顔の前で手を振るはめになっている。勘違いして欲しくないのだが、僕はシンプルに嬉しい。ただ久しぶりに名前で呼ばれて、心が平静を取り戻せないというだけで。
先を歩く彼女はその様子を見て面白い物を見るように目を細め、笑いながら続ける。
「じゃあ名前で呼ぶね! 虎徹君」
「あっはいよろしくお願いします五鈴先輩」
「……先輩。ふむふむ、良い響きだ!」
別に彼女は先輩でもなんでもないのだが、とっさに彼女の名前の後ろに就いた言葉がそれだった。
彼女はその発言を咀嚼するようにうんうん頷いて、親指を立てる。
「よし、じゃあ私は虎徹君の先輩ってことで! 改めてよろしくね!」
言い間違えだとは今更言い出しづらく、訂正したらむしろ悪い気がするくらいに満足げな笑みを彼女は浮かべるので、僕は苦笑を隠しつつも先輩として彼女を扱うことにした。
「……よろしくお願いします、五鈴先輩」
「まぁ同い年なんですけどね」
「あ、言わないでよ~! 先輩風吹かせてたのに。遅生まれとはいえ、一応二年生なんだからね私!」
ココンさんの発言に反応して、拗ねるように五鈴先輩はぷぅっと頬を膨らませる。
「やっぱり見えてるんですね?」
「うん。“お薬”飲んだからね!」
先ほどと違い、明確に視界にココンさんを捉え、五鈴先輩は笑みを浮かべた。
「あっ、危ない薬じゃないよ? 一時的に体の免疫を増やす薬! 免疫を付けたおかげで今は見えるの!」
「あぁ、まぁそれはよかったんですけど……」
「うん?」
ココンさんが続く言葉を持っていたので、五鈴先輩は小首を傾げて、彼女が続ける言葉を合った。
「やっぱり私のこと、覚えてませんか? 先輩」
「……ごめん。覚えてない」
「そうですか」
申し訳なさそうに答える五鈴先輩に対して、落胆のため息をココンさんは漏らす。
期待があった分、それが裏切られるのはショックなのだろう。
「まぁ見えてない時点で察してはいましたけど……」
「話を聞いてた限り、もともとあそこでバイトしてたんでしょ? それで、私が忘れてるって……厄介な副作用だね」
自分の『病』を使いすぎた代償として、副作用というものが存在するらしい。
自分の体内の免疫を超えて『病』を使いづつけると発生する。その内容は様々で、ほとんどの場合が悪影響を引き起こす。
事務所を出る前に渡辺さんに受けた軽い診断では、ココンさんの副作用の症状として、大まかに二つ。
『人、あるいは彼女を示す全てが認識できなくなる』『記憶から彼女の存在が消える』ことが挙げられた。
彼女のことを人は認識できないし、彼女を示す物品(教室の机や集合写真の一部)も認識できず、記憶からは彼女が消える。
まるで世界が彼女の存在を拒むような副作用。
「渡辺さんですら覚えてられないとなると相当強い副作用だし、虎徹君はよく覚えてられるね」
「あ、はい。良く分からないんですけど、ココンさんを覚えられててよかったと思います」
「多分相当免疫が強いんだね~。私は、名前すら聞き取れないのに」
彼女が示す全てを認識できなくなる、というのは何も物品に限った話ではなく、言葉も影響を受ける。
当然として、彼女の名前も例外ではない。五鈴先輩は彼女の名前を聞き取れず、認識できないらしい。
「本当、厄介な副作用です……」
自身の存在を揺るがすような副作用にもかかわらず、内心はどうだか知らないが表面上、ココンさんは平静そのもので、困ったように嘆息するだけだ。僕がその状況に陥ったら慌てふためくだろうから、シンプルに強い人なんだと、尊敬する。
出来れば、早いところ“特効薬”とやらを打って治したいところだが、その前にはコンディションを整えなければいけない。
「ところでどこ向かってるんですかコレ」
目的地も分からず、先頭を歩く五鈴先輩についてきた形だ。
“任せて! ”と言わんばかりの歩調に僕たちは会話をしながらついていってるのだが、ふと疑問に思って聞いた。
「ふっふっふ、我々はお昼を食べに喫茶店に向かっています。ちなみに食事代は全て経費で落ちるんだってさ!」
意気揚々と拳を天に掲げ、自身の発言に胸を躍らせるように、足取りが軽快なモノへと変わっていく。
彼女は懐から財布を取り出し、振り返って笑みを浮かべながら問いかける。
「さて、後輩たち! お昼は何が良い?」
「……パンケーキ」
「ハンバーグ食べたいです」
「見事にバラバラで結構! じゃあ早く行こうか」
五鈴先輩の早い足取りに僕たちも付いていき、件の喫茶店に着くころには僕たちは完全にお腹一杯食べる気満々であった。
「2名様ですか?」
「あー……、えっと、はい! 2名です」
店員にそう聞かれれば、五鈴先輩もそう答えるしかない。
申し訳なさそうに先輩は頭を下げ、ココンさんは気にしてないといった風に手を振った。
案内された先はテラス席だった。人の往来を眺めながら食事をするのもまた楽しいとは、五鈴先輩の言葉である。
「ごめんねほんっとに。ほんとにごめん」
「いいですよ。……その代わり、好きなだけ食べていいんですね?」
「だいじょーぶ! 全部経費で落ちるから!」
喫茶店のテラス席に着き、メニュー表を眺めるココンさんは目が輝いていた。
「経費で落ちるんですって、浅葱君」
「うん、ああ。そうらしいね――?」
「じゃあ私は財政を破綻させる程度にデザートを食べます」
「怖いこと言うよねココンさんって……」
糖分過多で死なないようにだけ気を付けてほしい。
そう願いながらあれこれ注文するココンさんを見守っていた。
俺が頼んだのはハンバーグプレート。
五鈴先輩が頼んだのは手軽につまめるサンドイッチ。
ココンさんが頼んだのは、めっちゃデカいパフェにドーナツにショートケーキにキャラメルラテに――、たくさんの糖分。
「……ココンさん」
「? ……なんですか?」
「……体調管理には気を付けなよ」
「ん? はい。日ごろから気を付けてます」
「……そっか」
さっそくスプーンでパフェをものすごい勢いで食べ進める彼女に、かけてやれる言葉はこれくらいしかなかった。
結果、ココンさんは見事にすべての糖分を平らげた。
人の限界をはるかに超えた糖分摂取であった。
「その小さい体のどこに糖分は収納されてるの?」
「え? 胃ですかね」
「……そうだね。それしかありえないよね」
「はい。変なこと聞きますねぇ浅葱君は」
「あぁ、そっか。僕が変なのか……?」
「大丈夫だよ虎徹君。何も変なことはないよ」
「そうですよね。……僕は何も間違ってない」
「二人して何を……あ、ゲーセン行きませんか?」
「興味が移り変わるのが早すぎない? ココンさんそれだけ食って動けるの?」
「えっ、はい。抑えましたから」
「……えぇ」
「大丈夫だよ虎徹君。私も同じこと思ったから」
五鈴先輩の手厚いフォローを受けながら、ココンさんと青春を送る。
割とヤバい副作用に侵されているというのに、なんか、うん。
ココンさんは、強いなぁ。
なんてことを、歩きながら僕は思ったりした。
今日はもう一話投稿できたらいいな。




