#12青春の治療法
投稿が遅くて申し訳ない。
「なるほど、な」
僕の話を黙って聞いていた渡辺さんは、全てを聞き終えると頷いた。
これまでの事態と状況を一通り説明して、これで理解もしてもらえただろう。
しかし問題なのはこれからで、このココンさんの症状を治す術があるのか――。
「もう治りかけなんじゃないか、ソレ」
渡辺さんは背もたれに寄りかかりながらココンさんの方を指さして続ける。
「だって私見えてるし」
「いや、そうですけど。私を見えてない人はたくさんいるんですよ」
ココンさんの言葉に、渡辺さんは頭を掻きながら応じる。
「んー。一般人はロクな免疫持ってねぇからな。免疫ってのは、要は『病』に対する耐性なんだが、私はそれが比較的が強い方だから見える。で、お前がこの前来たらしいときに見えてなかったことから察するに――症状は緩和されてる。理由は知らんがな」
「え、本当ですか!?」
ココンさんも驚愕を隠しきれないのだろう。もうすでに自分の症状が緩和している、それほど彼女にとっていいニューは無い。
机に身を乗り出しそうなココンさんの勢いに渡辺さんは苦笑した。
「『病』は精神状態が影響することも多いからな。いい方に改善された結果なんじゃねぇの? 要因は――、まぁ話聞いてりゃ分かるが」
渡辺さんはあからさまに僕の方を見ながら笑った。
「ひとりぼっちじゃないことは、ガキにとっちゃ心強いことだろうさ」
「ま、ぁ。……そうですね」
ココンさんは僕のほうを横目で見て、安堵のようなため息を漏らす。
「それにしても私ですら見えなかった『病』を見つけたとは大したガキだ。どうだ? 病の世界に興味とかあったりしないか? ウチでバイトしてみない?」
「病の世界って物騒な響きですねマジで……」
誰がその界隈に足を踏み入れたいというのだろう。
僕はただ、『病』が見えるし“心の声を聴く”ヘッドホンを持った一般人に過ぎない。
高校で青春を過ごしたいだけの、一般的な男子高校生である。度胸や勇気は無く、臆病で、性根はどちらかと言えば腐っていて、友達になれそうな人を助けようとする気概しか持ち合わせない。
彼女が、友達として僕の隣に居てくれればいいな、と思っていて。
だから、僕は頑張って、柄にもなく諦めず、巻き込まれ、流され続けたのが今だ。
自分が大した人間ではないことは重々承知だ。
まだその世界の全貌も見えていないけれど、自分が何か出来るとも思えなかった。
「ちなみに時給は5000円だが」
「高ッ!? 明らかにヤバいバイトじゃないですか!?」
「安心しろ。死にはしない。まぁ最悪隣の奴みたいに“存在が消えかける”事態にはなるかもしれんが」
「怖いんでやめときます。正直、時給は魅力的なんですけど……怖いんで」
「中々の逸材だと思うんだがなぁ……お前、名前は? あと『病』は発症してるか?」
聞かれた通りに、僕は自分の『病』であるヘッドホンを出し、名前を名乗る。
「浅葱です。浅葱虎徹。『病』は、多分このヘッドホンで、人の――心とか聞けます」
「感知系か……。珍しいな」
渡辺さんは目を細めて、僕の全身を観察するように見た後に、このヘッドホンに視線を止めた。
「……珍しいんですか、これ?」
自分のヘッドホンを指さしながら問いかけると、渡辺さんは頷く。
「『病』ってのは自分の“欲求を具現化したもの”だからなぁ。大抵はもう少し“直接的”なものになるんだよ。――殺したい壊したいめちゃくちゃにしたい、とか」
指折りながら彼女は苦笑して続ける。
「人間ってのは薄汚い欲を持った生き物だからな。相当欲深くねぇと『病』なんて発症しないんだが。どれだけ珍しい欲だよ」
「僕自身良く分かんないんですよねぇ。物心ついたときからあったんで、コレ」
幼少の頃の自分が、何を思っていたのかなんて、自分でも思い出せない。
昔の記憶なんてロクにないけど、物心ついたときからこのヘッドホンは身近にあり続けた。
自分の欲なんて自分でも理解しきれない。“何を求めていたのか”なんて、自分に聞いても覚えてすらいないのだ。
「ふーん。まぁいいか。話は逸れたが、病を明日までに治す方法を教えてやろう」
「明日までに治るんですかコレ!?」
これまで沈黙を保っていたココンさんもその情報までは聞き逃せないようで、思わず驚愕に目を見開いて声を上げる。彼女にとって悩まされ続けた病だ。それが明日までに治ると言われれば、驚くのも無理はない。
「『病』は大部分を精神状態が影響する。コンディションが良ければ副作用なんかに悩まされる心配はないし、悪ければ『病』に呑まれちまう。まぁ、つまり最大限にコンディションを良くした状態で、“特効薬”でぶち抜けば終わりだ」
「“特効薬”……?」
僕がその単語に首を傾げれば、ココンさんは心当たりがあるようで、渡辺さんの発言に頷いて、僕の方を見て補足するように続ける。
「通称、“シルバーバレット”。病を殺すことに特化した銀の弾丸です。そもそもここにはそれを打つために来たんですよ?」
「……そういえば説明された気がするな」
「忘れちゃってたんですか、まぁ良いんですけど」
すっかり説明を忘れた様子の僕に、ココンさんは小馬鹿にするような微笑を浮かべた。
「それで、“シルバーバレット”は打たせてもらえるんですか?」
「ああ。というか話を聞く限りここでバイトしてたらしいじゃねぇか。お前のその現状には、私の落ち度も含まれる。とっとと治してやらないとな」
「……ありがとうございます」
「気にすんな。責任ある大人として、当然の義務なんだよ」
彼女はそこまで言ってから、ココンさんの方を見て、落ち込むようなため息を漏らした。
「まさか私が『病』の影響を受けるとはなぁ。耄碌したもんだ。……情けねぇ。詫びになるかもわからんが、全面的に協力させてもらうよ」
渡辺さんはそこまで言い終えた後で、先ほどから執務席でノートパソコンをいじりつつ、こちらの話に聞き耳を立てていた少女を呼びつける。
「シノ、準備。あと“薬”服用しとけ」
「あ、はーい。分かったー! ……水取りに行かなきゃ!」
彼女は懐から錠剤の入った包装を取り出し、机に置くと、水を取りに行くためか脇の扉を開けて小麦色の髪を揺らしながら、急ぎ足で何処かへと向かった。
「私が忘れてることも、見えないのもその『病』が原因だろうしな。特効薬を打てば緩和するだろうが、最高のコンディションで最上の効果を目論むのが良い。撃ちすぎるとかえってめんどくさいからな。そうすりゃこの件は終わりだ」
彼女はそこまで言って、笑みを深くしてから続ける。
「今日が終わるまでに、全力で楽しいことをしてコンディションを良くしろ。経費は私が持ってやる」
「楽しいことって――?」
「青春っぽいことじゃね? お前らの年齢なら。シノを同伴させるから教えてもらえばいい」
ココンさんの問いかけに、何でもない様子で渡辺さんは応じる。
「“シルバーバレット”もシノに持たせる。一日の終わりに、『病』をそれで撃て。うまくやれば今日で全て終わるはずだ」
「まぁつまり、ココンさんと青春っぽいことをすればいいと?」
「最後に特効薬を打つのは分かりますが……馬鹿げた治療法ですね……?」
「本当に心の状態次第なんだよ。思春期のガキには、結局これが一番効くんだ」
彼女は自分でも馬鹿げていると分かっているのか、苦笑しながら言う。
「まぁ治療法は分かっただろ。一日の終わりまでに、青春を楽しんで来い。ガキんちょ共」
彼女はこの話を締めくくるように、治療法を提示した。




