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エマはコクラを強く抱き締めジャックに背を向ける。死を覚悟したエマだったが聞こえたのはジャックの唸り声だった。
振り返るとそこには大きな人形。ジャックは銃を落とし腕を押さえていた。それは初めて二人で作った猫の人形だった。コクラに視線を向けると彼女は涙を流しながら手をかざしていた。
「ママを傷つけないで」
手も声も震えていた。
能力者という存在は知っていたが、実際に目にするのは初めてだった。
エマには希望が見えた。ジャックが能力者をみすみす死なせるはずがない。この子は、助かる。
猫の人形はジャックを床に押し倒した。
「そ、そのまま動かないで………ママと私がここから出たら、解放するから」
その場にいた他の男たちも言葉を失っていた。しかし一人の男が背後から二人に襲いかかり、コクラを守ったエマはパイプで殴られ倒れていく。
「ママ!」
男は容赦なくコクラも殴り付けた。その衝撃で能力は解除されジャックは起き上がった。
「ガキは殺すな、それは使える。しばらくどっかに閉じ込めておけ」
意識の失ったコクラを男は連れ去っていった。
かすれる視界の中でエマはコクラを映す。エマの目から涙が流れた。
小さく動かなくなった人形を忌々しげに睨みジャックは首を引きちぎった。二つに分かれた人形は悲しく床へと投げ出される。ジャックはエマに覆い被さるようにしゃがんだ。
「お前ごときが俺から逃げられるわけねえよな。俺は本気で怒ってんだぜ?あんなに可愛がってやったのによ」
エマは笑った。
「悪いね、大事なもんが出来ちまったんだ。あの子のためなら私は何度でもあんたを裏切るよ」
ジャックの顔に怒りがにじむ。エマは続けた。
「そもそも、私は別にあんたを愛してなんかない。ただ生きるために側にいただけさ。私が本当に愛しているのはあの子だけだ」
ジャックの目に血が走る。彼は銃口をエマに向けた。
「もういい、お前は死ね」
これでいい、エマは思う。
コクラは殺されない。けれどここから逃げられないだろう。自分がいては。
あの子は優しい子だ、私を置いて逃げるような子じゃない。でも私がいなければ、逃げるチャンスは必ずある。あの子だけなら逃げられる。
ひどい目にあうだろう、でも生きてさえいれば、きっといつか、幸せが訪れる。あの子を大切にしてくれる誰かに出会える。
私とあの子が出会ったように。
銃声が悲しく鳴り響く。
エマは涙を流しながら微笑んでいた。
コクラは今までにない衝動にかられた。ハチとナナは寒気を感じる。動かなくなったはずの人形たちがゆっくりと起き上がっていた。
人形たちは次々と巨大化し、すでに倒れていた男たちに向かっていく。
コクラの目に狂気がにじむ。
「死んじゃえばいい、あんな奴ら………ママを殺したあんな奴ら………みんな、死んじゃえばいい………死んじゃえ!!」
コクラの目から涙が流れ落ちる。人形は男たちの首を絞めはじめた。ジャックのもとにも一体の人形が向かってくる。
ナナは困惑しながらハチを見た。コクラに人を殺させていいのかナナにはわからなかった。
ハチはコクラに目線を合わせる。彼女の狂気を真っ直ぐに見つめた。
「コクラ、こいつらは捕まって監獄に送られる。監獄は地獄だ、長くは生きられない。ここで死んだ方がましだったと思うだろう。だから俺は悪人を殺さず捕まえる。地獄を味わわせるためだ。お前が手を下す必要はない」
そしてハチは幼い少女に対し、非情な問いかけをする。
「それでも今ここであいつらを殺したいなら俺が殺してやる。最高の地獄を味わわせてやる。あいつらを、殺したいか?」
母は言っていた。コクラは優しくて良い子だから、きっといつか幸せになれると。コクラは優しくて良い子だから、人を傷つけてはいけないと。人を傷つければコクラの心が傷ついてしまうからと。
ハチの真っ直ぐな瞳にコクラから狂気が消えていく。
コクラはハチに抱きつき大声で泣いた。人形たちは元の大きさへと戻り、コクラは意識を手放した。
その様子を一人遠くから眺める女の姿があった。彼女の腰にはドッグタグがついている。
幼い少女をおんぶする少年とそれを見守る少女を眺めながら彼女は楽しそうに微笑んだ。
「さあて、どうしようかな」
宿屋で目を覚ましたコクラは隣にハチとナナの姿を見つける。コクラの気配を感じナナは目を覚ました。
「おはよう」
日はもう高く昇っており、朝というよりは昼時だった。ハチは二人に気付くことなく熟睡している。ハチに視線をやったコクラにナナは静かに微笑む。
「昨日力をいっぱい使ったから疲れてるんだよ」
するとコクラのお腹がぐるぐると鳴った。コクラは恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「私もお腹すいた。何か食べに行こう」
そう言ってナナはハチを叩き起こした。
まだ眠そうにしているハチと共に宿を出る。すると三人に陽気な声がかけられた。
「あぁ、やっと来た。ようやくお目覚めかい?あんまりにも遅いからこっちから迎えに行こうか迷ってたところだよ」
声の主は若い女だった。歳は20才前後だろうか。
ハチは眉を寄せて女に問う。
「あんた誰?」
女は笑みを浮かべながら大げさに答える。
「なあに心配はいらない。私は君たちの味方だよ」
女の腰には、ドッグタグがついている。