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買い物に出かけたエマは寂れて人のいなくなった道でかすかな声を聞いた。町からエマが住む土地までの道は彼女の仲間たちくらいしか通らない。
その声の主はタオルで包まれ弱々しく泣いていた。誰も通らないのをいいことに時々ゴミを捨てる者がいる。
「お前、捨てられたのかい」
彼女は赤子に声をかける。出産直後、というわけではなさそうだった。質素だが服は着ている。赤子はエマを見つめた。
「助けてやりたいけど私の男は子供嫌いなんだ。それに、家族のいない人生はきっと地獄だよ。今死んだ方があんたのためさ」
エマは優しく赤子を撫でる。大人しい赤子だった。タオルには赤子の他にもぬいぐるみが包まれていた。彼女はそれを見てあざ笑う。
「嫌だね、こんな物残して。親からの唯一の贈り物ってことかい?捨てておいて愛情は忘れないで欲しいとでも言ってるみたいじゃないか。自分勝手もいいとこだ」
彼女は自分の言葉に苦笑した。
「なんて、そんな考え方しか出来ない私の人生はつまらないもんだね」
そしてエマは赤子を抱き上げる。
「お前はきっと愛されてる。手放さないといけない事情があったんだろう。生きていればもしかしたら家族が気付いてくれるかもしれない。そう思うことにしよう」
エマは微笑みながら来た道を戻る。
「名前も残してくれればよかったのにな。どうしようか」
じっとエマを見つめる赤子を見て彼女は思いつく。
「お前は人形のように可愛いね。将来はきっと美人になるぞ。うん、決めた。コクラにしよう。お前の名前はコクラだ」
家族のいないエマに、家族が出来た瞬間だった。
エマと赤子を見たジャックは不機嫌をあらわにした。
「おい、なんだそのガキ」
エマは赤子をあやしながらジャックに告げる。
「拾ったんだ、私が育てることにした」
「ふざけんな、俺はガキが嫌いだっつってんだろ」
しかしエマは笑顔を赤子に向け続ける。
「いいだろ、どうせ私は子供が産めないんだ。親代わりにくらいさせてくれ。それに子供は便利だぞ、警戒されにくいからな。将来はきっと役に立つ」
ジャックはエマを睨んだのちに舌打ちをする。
「俺の前には連れてくんなよ」
「うん、わかってるさ」
誰にも頼れない環境でエマは一人でコクラを育てた。大変ではあったが辛くはなかった。エマの人生で一番幸せを感じていたからだ。
「ママ、半分あげる」
大好きな蒸しパンをちぎってコクラは笑顔でエマに差し出す。
「ありがとコクラ。お前はほんとに優しい子だね」
頭を撫でられたコクラはにこにこと喜んだ。
「でも言っただろ、私はあんたのママじゃないって。あんたのママはウルススを残してくれた人だよ」
「ママはママだよ、ウルススもそう言ってる。ね、ウルスス」
コクラは人形遊びが好きだった。一人にさせてしまう時間も多い分、ウルススはコクラにとって唯一の友達だった。
「コクラ、ちょっとウルススを見せてくれるかい」
ウルススを受け取ったエマはウルススの服が破れてることに気づいた。ウルススは家族が残した唯一の物だ、代えはきかない。エマは裁縫の勉強を始めた。
エマがウルススの修復をしている様子をコクラはじっと見ていた。
「よし出来た。ちょっと下手なのは我慢してくれ」
エマは細かい作業は苦手だった。コクラは笑顔でウルススを抱きしめエマに言う。
「コクラもやりたい」
小さな子供に針はまだ早く、エマと一緒の時にだけ人形作りを始めた。けれどコクラの成長は目を見張るものだった。
「コクラはすごいな、私なんかよりよっぽど上手だ。将来は人形師になれるぞ」
今はまだ子供が作る域を出ていないが、将来はきっと立派な物を作れるだろう。
幸せな生活の中、唐突にコクラは仕事を手伝わされ始めた。コクラを使って人を騙し、脅す。二人の生活に暗雲がたちこめる。
自分で言ったことだった。コクラを育てるためジャックを説得するデマカセだった。時が経てば何事もなく、普通の生活をさせてやれると思った。ジャックはエマに対しては甘かったからだ。しかし現実は非情だった。
エマはコクラの将来を憂いた。このままジャックの元にいれば取り返しのつかないことになりかねない。エマはジャックから逃げることを選択した。
エマはコクラと共に町を出る。ジャックに見つかってはいけない。出来るだけ遠くの町で暮らそう。コクラは何も聞かず、文句も言わず、ただエマについていく。
運良く仕事と住む場所が見つかった。夜の仕事だったがそのおかげで昼間はコクラと過ごすことが出来た。ようやく普通の生活を手に入れた。
しかし幸せな生活もすぐに終わりを告げる。
ジャックに居場所がばれて二人は連れ戻された。彼は激怒していた。エマを殴り続け、怒りの矛先はコクラへと向けられる。
「こんなガキを拾うから変な気を起こすんだ。理解できねぇな、自分のガキでもないくせに」
コクラへ危害を加えようとするジャックを見てエマはコクラを抱き締めた。
「この子は悪くない、全部私がしたことだ。罰なら私が受ける。この子には手を出さないでくれ、頼む」
ジャックはおかしさに耐えきれず笑いだした。
「お前まだ自分が俺の女だとでも思ってんじゃねえだろうな?」
そう言いエマの背中を思い切り蹴り飛ばす。
「俺から逃げ出した奴を生かしておく義理なんてどこにもねえよ」
ジャックは銃を取り出した。
「どっちを先に殺ってもよかったんだけどよ、長い付き合いだ、慈悲をくれてやるよ」
二人に銃口を向けジャックは笑う。
「二人仲良くあの世へ行きな」