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破壊者たちの正義の裁き  作者: misato
第二章
32/36

愛する箱入り娘2


見たことのない大きな水槽。透き通る水にスポットライトが落ち、中から一人の女性が現れた。人魚のような衣装に身を包み、羽衣を自在に操りながら優雅に舞う。穏やかな音楽に穏やかな微笑み。

しかし突然照明は落ち、音楽も激しく不穏なものとなる。薄明かりがついた時、人魚の他に二人、人間の男がいた。彼らは人魚を捕らえようとするが人魚は軽やかに泳ぎ、彼らを返り討ちにする。人魚は悲しそうな目で彼らを見つめた。またしても暗転する。

音楽は陽気なものとなり、たくさんの人魚たちが楽しそうに水中を舞う。色鮮やかな照明、舞台に施される水からくり。

あまりにも幻想的な、美しい劇だった。



観客たちは熱冷めやらぬまま劇場を去っていく。リリィは目を輝かせながら立ち上がる。

「素晴らしかったわ!こんなに優雅で美しいものが世界には存在するのね!どうしてお父様は教えてくれなかったのかしら。ねえ、あなた方も見たでしょう?あんなに堂々とかっこよく、それでいて優雅な舞。やっぱりお母様は素敵な人だったわ!」

ナナも興奮したように頷いた。

「水の中であんなに動けるのすごい。息苦しくないのかな」

「きっと私たちには真似できないほどの努力をしているのね。私もお母様みたいに立派な女性になれるかしら」

そしてリリィはナナの手をとり立ち上がらせる。

「お母様に会いに行きましょう。役者さんたちが見送りをして下さるらしいの。きっとお母様もいるはずだわ」

きゃっきゃっとはしゃぐ二人の背中を見つめながらハチは呆れたように微笑んだ。



出入口では衣装を着替えた役者たちが客と握手をしたり話をして見送っていた。髪はまだ濡れたまま。まとめ上げているからか舞台の印象とはだいぶ違って見える。

主演の女性は美しかった。リリィとよく似ている。一目で彼女がリリィの母なのだと分かった。リリィよりも多少気が強そうだ。二十代後半ほどに見えるが、ずいぶん若い母だ。役者というのは得てして若く見えるのだろう。


リリィは緊張気味に彼女に近付く。

「あ、あの……」

女性はリリィを見ると目を丸くし、またにっこりと笑顔を作った。

「本日はご来場いただきましてありがとうございます。またいらして下さいね」

そして他の客へ視線を逸らす彼女にリリィは自分の正体を告げる。

「わ、私、ローガン家の一人娘リリィです。ポール・ローガンは私の父で、その……お母様、ですよね」

するとリリィの母は笑顔を崩すことなくリリィに頭を下げた。

「これはこれは、ローガン家のお嬢様でしたか。お初お目にかかります。わたくしはアイシャ。ただの役者であり、姓を持ちません。ローガン家のような格式高い名家と繋がりなどございませんわ。誰かと勘違いなされているのでしょう」

彼女の言葉にリリィの表情は強張る。そして顔を上げた彼女は冷たい目をしてリリィを睨む。

「わたくしは役者という立場上、スキャンダルを起こされるととても迷惑ですの。子供なんていませんわ。変な言いがかりはやめてもらえるかしら」

「で、でも……」

アイシャは近くに居た従業員に声をかける。

「そこのあなた。少し気分が悪いからすぐに帰り支度をするようリナに伝えてちょうだい」

指示を受けた従業員は怖々と返事をして急いで立ち去った。

「ごめんなさいね、わたくしはこれで失礼しますわ。お母様、見つかるといいですわね」

振り向くことなく立ち去っていく後ろ姿。リリィの目から涙が一筋流れ落ちた。



劇場から出ると数人の怪しげな男たちが三人を待ち構えていた。一人の男が口を開く。

「やはりここでしたか。帰りますよ、旦那様がどれだけ心配しているか」

リリィは反抗することなく素直に頷いた。男たちはハチとナナへ鋭い視線を向ける。

「お前たちだな、お嬢様をつれ回したのは。お前たちにも来てもらうぞ」

無理矢理捕まえようとする男たちを見てリリィが大きな声を上げた。

「やめなさい!この二人は私を助けてくれたのよ。丁重にもてなしなさい」

「しかし旦那様は……」

「お父様には私から説明するわ。逃げたりなんかしないから、行きましょう。ごめんなさいね。お屋敷へついたらお礼をさせてちょうだい」

どことなく落ち込んだ様子のリリィに、誰も反論はしなかった。



大きな洋館、広い庭。門には厳重な警備が敷かれており、リリィがどれほどのお嬢様なのかを目の当たりにした。

玄関に入るとリリィの父親らしき中年の男が怒鳴りながら階段を下りてくる。

「リリィ!あれほど家から出るなと言っただろう!いつからそんな娘になったんだお前は!」

男は小太りで背が低く、リリィとはまるで似ていなかった。父に怒られるのは初めてなのか、リリィはしゅんとしながら呟いた。

「ごめんなさい……どうしても行きたいところがあったの……」

しかしリリィは必死に笑顔を作り父を説得する。

「お父様、外は危なくなんかないわ。とても素晴らしい街だったの!だから心配しなくても大丈夫……」

リリィの言葉に父親は憤慨していた。

「わかったような口を聞くんじゃない!今までどれだけ苦労してお前を育てたと思ってるんだ!お前に変な入れ知恵をした奴は誰だ?名前を教えなさい」

するとリリィは泣きそうになりながらも強く言葉を返した。

「言いません。彼は私のことを思って教えて下さったの。彼が怒られるなんて嫌だわ」

「だからお前はまだ子供だというんだ。そいつがなぜお前に親切にするか教えてやる。お前を自分の物にしたいからだ。どうせお前との結婚を反対した甲斐性なしの誰かだろう」

そして父親はハチたちに鋭い視線を向ける。

「お前たちが娘をつれ回した連中だな。娘に何かあってからでは遅いんだ!しっかり償ってもらうぞ」

警備の男たちがハチとナナを捕らえようとする。しかしリリィはそれを制した。

「待って下さい、彼らは私を助けて下さっただけよ!護衛をお願いしたの、私がこうして無事に帰ってこられたのも二人のおかげだわ。もしお父様が許さないとおっしゃるなら、私はこの家を出て行きます」

初めての娘の反抗に父親はぐっと喉をつまらせる。そしてハチとナナを吟味するように見つめた後、無理矢理な作り笑顔を見せた。

「そうでしたか、これはとんだ失礼を。リリィ、今日のことは許してやる。彼らを客間へご案内しなさい。夕食に招待しよう」

彼の言葉にリリィは喜んだ。


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