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人通りが多く商店が立ち並ぶ町でナナは目を輝かせていた。パンや果物、串焼きやお菓子の美味しそうな匂いが漂う。活気のある町だった。
二人は食べ歩きをしながら町の様子を観察する。
「旅人も多そうだけど悪魔はいないんだな」
こういう流れ者が多い町は悪魔が好む。人がいなくなっても気付かれないからだ。
「広そうだし全部捜索するのは時間がかかりそうだよ」
悪魔を探知できる範囲は限られていた。
「悪魔絡みの事件も起きてなさそうだし、情報を仕入れるためにしばらく滞在してみるか」
この美味しい町に滞在が出来そうなことにナナは内心喜んだ。
商店街と住宅地の境界にぽつんと小さな露店があった。シートに座って店番をしているのは幼い少女。歳は見たところ8才ほどだろうか。売っているのはぬいぐるみだ。
ナナは目を輝かせてハチを誘導する。近づく二人に少女は体をこわばらせ、持っていたくまのぬいぐるみを抱き締めた。
ハチは商品をまじまじと見つめた。手作り感の残る味のあるぬいぐるみたちだった。
「もしかして、君が作った?」
ハチの質問に少女はこくりと頷く。
「へえ、すごいな」
器用なもんだとハチは思った。ナナはこんな細かい作業は一切出来ないだろう。
「その歳で一人で店番とかえらいね」
投げかけられたその言葉に少女は顔を上げる。褒められたのはいつぶりだったか。
ナナは蜂のぬいぐるみを持ち上げ目を輝かせる。
「え、蜂?普通こっちのうさぎとかじゃねえの?」
困惑しながら問うがナナは首を横にふった。
「これが可愛い」
「えー………まあ、お前がいいなら別にいいけど。じゃあこれちょうだい、いくら?」
少女は動揺した。これを売るのが少女の仕事だった。初めての客だったのだ。
「あ、あの………」
少女は口ごもったかと思うと突然ナナの手からぬいぐるみを取り上げた。そして他の商品もシートで一気に包み、
「ごめんなさいっ」
そう言って走り去ってしまった。
残された二人は唖然と顔を見合わせる。
「え………?」
息を切らしながら走る少女に声がかけられた。
「ようやく売れそうだったのに、なんで売らなかったんだ?」
声の主は少女が持っていたくまのぬいぐるみだった。少女はゆっくりと歩き呼吸を整える。
「やっぱりやりたくない………」
くまはいつも少女と共にいた。だから彼女の心情はよく理解している。
「でもやらないとコクラがひどい目にあう。俺はコクラが一番大事だ」
コクラと呼ばれた少女はその場にうずくまる。
「私が殴られるのはいいの。我慢できるよ。でもこのままじゃママを助けられない………どうしよう、ウルスス………」
「ごめんな、俺に力があれば助けられるのに」
コクラはぶんぶんと首を横に振る。
「ウルススが居てくれるから頑張れる」
くまのぬいぐるみ、もといウルススは少女と共にあることしか出来なかった。
ハチとナナは数時間町を巡り、足取りが重くなったナナを休憩させるため茶屋へ向かっていた。
「お団子あるかな………?」
「だいたい置いてあるだろ、茶屋なんだから」
「二人前食べていい?」
「おう、好きなだけ食え。でも夕飯はちゃんと食べるんだぞ」
ナナはお団子を想像して胸を踊らせた。
茶屋には数人の客がいた。店の娘が一人の客を送り出し、二人に気付いて声をかける。
「いらっしゃい、中の席も空いてますよー」
男とすれ違う瞬間、ハチは彼の肩を掴んだ。男は訝しげにハチを睨む。
「なにか?」
ナナも何事かと不思議そうに見つめる。ハチには男の顔に見覚えがあった。
「あんた、手配書に載ってるな?」
その言葉を聞いた男は持っていた斧をふりかざした。
警護署にいた隊員は慌てていた。手配犯が重症の状態で運ばれてきたからだ。大男を担いで来た少年は特に怪我をしている様子はない。
「手配書に載ってるロドスだ。賞金がついてる、確認してくれ」
ハチは飄々としながら隊員に告げる。苦しみから暴れる男を見て隊員の一人が呟いた。
「これは君がやったのか?やりすぎだ………」
青年の言葉にハチは表情を崩さない。
「こっちも必死なもんで」
隊員たちはハチを見た。どうみても必死に争ったといえる状態ではない。一方的に痛め付けられた被害者を彼らは見てきている。
「あいつは悪魔だ!捕まえてくれ!」
錯乱したロドスは叫び出す。
「人間じゃない、悪魔だ!殺される!みんな殺される!」
暴れまわるロドスを隊員は必死に押さえつける。彼の体には無数の切り傷があり、肘から下の腕はすでに切り落とされていた。
ハチはロドスに近づいた。少年のまとう空気に室内は凍りつく。ハチは無言でロドスの肩に刀を突き刺した。
「なにをしてるんだ!殺す気か!?」
ロドスの悲鳴が室内に響き渡る。ハチは冷酷な目でロドスを見下した。
「俺が悪魔じゃなくてよかったな。悪魔だったらもっと苦しめてから殺してやるところだ」
ロドスも若い隊員も恐怖した。
近くで様子を見ていた中年の隊員はため息をつき、この事態の収束に努めた。
少年が警護署を立ち去った後、青年は上司に声をかけた。
「先ほどの少年、気が狂ってるように見受けられましたが見逃してよかったのでしょうか」
青年の表情はこわばったままだった。
「手配犯を確保してくれた我々の協力者だ」
「ですがその………」
「言いたいことはわかる。だがああいう人間にはこれからも出会うことはある。慣れておけ」
「ああいう人間、ですか?」
上司はやれやれとでも言うように首を振る。
「時々いるんだよ。ああいう、正義をこじらせたような奴がな」