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マオは呆れた声でルークに言葉をかける。
「心酔しちゃってるタイプだ。こういうのは何を言っても意味ないよ」
ルークは舌打ちし、弓を引いた。
「悪魔は俺がやる、お前はあのガキを捕まえとけ」
「私に命令すんな」
ハチは叫ぶ。
「ナナ、逃げろ!!狙いはお前だ、後で合流する!!」
その言葉にナナは走り出す。
ルークは力を溜め空に向けて矢を放った。
「降り注ぐ矢」
ナナは上空を見上げる。視えても避けられる攻撃ではなかった。
ナナの元へ駆けつけようとするハチの前にはマオが立ちはだかる。
マオの速い攻撃を刀で受けたハチは、彼女の容姿からは想像出来ない力でそのまま殴り飛ばされた。
ナナの上空から無数の矢が降り注ぐ。ナナの悲鳴とともに鮮やかな血が飛び散った。
ハチは地面に倒れ血を流すナナを茫然と見つめた。
心臓が大きく鼓動する。
マオに寒気が走る。少年に目をやると先ほどまで存在していなかった殺気をまとっていた。
ハチは怒気に満ちた目でマオを睨み付ける。
「あいつを傷つける奴は誰であろうと許さない」
ハチはマオに斬りかかった。
マオは身軽だ。ハチの攻撃は全て避けられてしまう。幾度かの攻撃をした後、ハチはマオの足を凪ぎ払う。その攻撃を飛んでかわしたマオを見てハチはバットを振るかのようにマオ目掛けて刀を振りきった。
マオは腕でそれを受けるが重い衝撃に耐えきれずぶっ飛ばされる。砂埃が舞い視界が悪くなった。
「なにやってんだあいつ………!」
ルークは弓をハチに向けようとした。けれどそこにハチの姿はなかった。
殺気を感じたルークはとっさに弓を盾にした。ハチが現れ弓と刀が交じりあう。
ルークは一瞬で弓を手放すと同時に後ろへと下がる。
消えていく弓を見つめた後、ハチはルークへ目を向けた。
先ほどと同じ少年には到底見えないほど、ハチの目は怒りで満ちている。
ルークは新たに弓を作り出す。しかしルークにとって接近戦は圧倒的に不利だった。
ハチはルークの懐へ飛び込んだ。刀に力を込め振りかぶる。しかしハチの視線は左へと逸れ、避けきれない一撃を防御した。あまりにも重い衝撃でハチはまたしても地面へと叩きつけられる。
ハチは大量の血を流していた。骨は折れ、おそらく内臓も損傷が激しい。揺れる視界の中でハチが見たのは、頭から血を流しながらも悪魔のような笑みを携えているマオの姿だった。
世界から音が消え、視界は白ばんでいく。
マオがつけていた左手の防具はすでに壊れていた。
ルークはマオに叫ぶ。
「お前、なにやられてんだよ!近接相手はお前の仕事だろうが!」
マオの呼吸は荒い。
「うるさい黙れ。力を使うと死んじゃうと思ったんだよ」
ルークはマオの様子を見ながらも倒れているハチに目を向けた。
「思いっきり蹴り飛ばしたな。死んだか?」
「いや………まだ息はある。でも、もう戦えない」
マオの足からは熱気が漂っていた。ルークはそれを見て目を細める。
「………お前、殺すつもりでやったろ」
マオの返事はなかった。
ナナは動かなくなったハチを見つめていた。ハチから聞こえる全ての音が小さくなっている。ナナは痛む体を必死に動かし立ち上がる。
死んでしまう。このままでは二人とも、死んでしまう。
立ち上がったナナにルークは弓を向けた。
「追尾の矢、連弾」
飛んでくる矢をナナは腕で受け止めた。体が赤く染まっていく。
ナナにはわかっていた。ハチが勝てない相手に自分が勝てるわけがないと。
それでもやらなければいけない。
「ハチと私はずっと一緒………誰にも邪魔はさせない………!!」
ナナの目から赤い血が流れる。
その瞬間、ナナの背中から羽が飛び出した。
ルークとマオは目を見張る。
「なんだ、あいつ………」
思わずルークは声に出していた。その羽は悪魔のものとは思えない、白い色をしていた。
ナナは二人に向かって飛びかかる。ナナの打撃を受け止めたのはマオだった。
右手の防具で攻撃を防いだマオは目を見張る。ナナの手はほんの狭い範囲ではあるが硬化していた。ナナは勢いのまま腕を振り切る。
マオの腕に大きなダメージが入った。
右腕を押さえながらマオは異様な笑みをナナへ向ける。
「硬化能力ね、意外だわ」
そして素早い動きでナナの懐へ飛び込み、力を込めた足でナナの横腹を蹴り飛ばした。
勢いよく飛ばされたナナの体は限界だった。倒れたまま動くことも出来ない。
マオはナナに近付きつまらなさそうに言う。
「なんだ、やっぱ弱いじゃん。硬化能力がある悪魔はもっと強いはずなんだけど」
そして左手に力を込める。
「………ハチ………………」
涙を流しながらナナは呟いた。
ナナへ止めをさそうとしたマオはとっさに防御の姿勢を取る。いつの間にか起き上がっていたハチはマオにありったけの力を込めて刀を振った。
防御は空しくも意味をなさず、マオは地面へと飛ばされた。骨の砕ける音がした。
ハチの呼吸は荒く、意識もすでに朦朧としていた。けれどハチはナナを守るように二人と対峙する。
「ごめんな、無理させちまった………でも、もう大丈夫だから。兄ちゃんが、守ってやるから」
ナナはハチを見上げた。痛みで、悲しみで、涙は流れ続ける。
「マオ!!」
ルークの叫びに返答はない。弓を構えて素早く技を放つ。
「炸裂矢」
ハチを囲うように四本の矢が地面に刺さる。ハチは矢が爆発する前にナナを連れてその場を離れた。四本の矢は大きく爆発した。
もう一度弓を引こうとした時、ルークはマオの姿を確認した。腕はだらんと下がり、全身は血塗れ。嫌な予感がした。
「マオ、お前はもう下がっとけ。あとは俺がやる」
マオの目は狂気に満ちていた。不適な笑みを浮かべマオはハチを視界にとめる。
「黙れ、あいつは私の獲物だ」
その形相はまるで獣のようだった。
しかしその場にいた四人に一斉に寒気が走った。四人は空を見上げる。気味の悪い音が近付いてきていた。
ルークは動揺を隠しきれずにマオに問う。
「お、おい、マオ?どうなってる?」
「私に聞くな!知るかよ!」
四人の顔に恐怖が浮かぶ。
大勢の悪魔がこちらに向かって飛んで来ていた。
まただ。ハチは思った。
ナナを抱えたままハチはその場から走り出す。
大勢の悪魔はルークとマオに向かって攻撃を開始した。
数時間後、ぼろぼろになったルークは病院である人に連絡をとっていた。
「はい、悪魔は全て片付けましたよ。でもその二人には逃げられました」
機械越しに凛とした女の声が届く。
『能力者であれば特例手配も考える必要がある。どのような能力だった』
「わかりません、目に見える能力ではないですね。悪魔のほうも硬化能力は持っていますが中級以上とは思えない弱さです。しかも羽が白かったんですよ、初めて見ました」
ルークの言葉に女は黙った。そして労いの言葉を口にする。
『そうか。お前たち二人を相手に出来るような人間だ。こちらで対策を立てよう。二人はしばらく休養してくれ。無事でよかった』
「了解。二人のタグも回収しました。マオが回復したら本部へ戻ります」
そして通信は途絶える。
書類の山に囲まれた凛々しそうな女は煙草をふかしながら思案する。その近くに立ち女を見つめる若い男は口を開いた。
「どうしますか。かなり危険な相手なのでは」
女はしばらく考えた後、男に今後の方針を伝える。
「二人を特例手配にかける。悪魔は必ず生け捕りにしろ。少年の方はどちらでも構わん」
女の指示を聞いた男は頭を下げた後部屋を出ていった。
一人となった部屋で女は呟いた。
「『白い羽を持つ者』、か。とんでもないのが出てきたな」
女は世界の未来を憂いため息をついた。
第一章・完