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タグを持った悪魔は楽しそうに話す。
「能力者ってのは強いだろ?楽しかったなあ、俺たち悪魔は戦闘が大好きだ。つまんねえ仕事ばっかさせられてる身としちゃあ良い息抜きになったよ」
そして悪魔はハチに問う。
「お前さ、文字読めるか?俺は読めなくてよぉ、これなんて書いてあるんだ?」
「………ドッグタグはその人の名前が記されてる」
悪魔はタグを見つめた。
「へえ、名前ねぇ。なんでわざわざそんなもんつけてんだか」
ハチの手に力が入る。
「特殊警備隊は悪魔と戦う。戦いに負けた人の死体はほとんど残らない。だからそれは、その人を証明するためのものだ。そのタグはお前が持ってていいものじゃない」
ハチの言葉に悪魔は鋭い眼差しを向けた。
「なるほど、やっぱ人は見た目通りだな。こんなもんただの物じゃねえか。俺は記念に集めることにしたんだ」
悪魔はにやりと笑い地面を蹴った。
「俺から奪えるか試してみるかぁ!?」
向かってくる悪魔を見据えてハチは刀を強く握る。
「シンメイ流、剣術」
悪魔の攻撃と同時に踏み込み、ハチは刀を振り上げた。
「断雲」
ハチの一太刀は血飛沫と共に悪魔の左腕を切り落とした。
「ぐあああぁっ!!」
悪魔の叫びが静かな森に反響する。
腕を押さえながら悪魔は充血した目でハチを睨んだ。
「俺の腕を、お前なんかがっ」
みるみる姿を変える悪魔を見てハチは言葉を失う。
人と悪魔の見た目はほとんど変わらない。違うのは普段隠している羽や爪、そして鋭利な牙くらいだ。
けれどハチが目にしているのは到底人間とは違う生物だった。
目は赤く、顔はすでに異形のものとなり、残った右腕は骨を失ったかのように自在にうごめいていた。
ナナとフランは荷物を持ちワットとの待ち合わせ場所へ急いでいた。協会から街までは距離がある。フランはナナに話しかけた。
「ナナさんは何か武術を習ってたの?鮮やかな蹴りだったわ」
礼拝堂で対峙することになった神父とシスターを気絶させるために少々手荒な真似をしていた。
フランの言葉にナナは否定する。
「私は習ってないよ。ハチは習ってた」
フランは感嘆の声を上げる。
「すごいわ、習わなくてもあんなことが出来るのね」
「あれくらいは誰でも出来る。あの二人はトロかった」
ナナの言葉にフランはくすくすと笑った。
「誰でもは無理よ。でもとてもかっこよかったわ」
しかしフランは表情を暗くする。
「私ね、神父様やシスターを怖いと思ったのは初めてよ。もちろん悪いのは私だから、二人が怒るのは当然なんだけれど………とても、気味が悪かったの」
ナナはフランを見つめた。
「忘れた方が良い。これからは自由なんだから。でも、もう協会には関わっちゃいけない」
ナナの言葉にフランは頷いた。
うっすらと日が昇り始めた頃、フランとワットは再開した。ワットの姿を確認したフランは彼に抱きついた。
「なっなんだよいきなり!」
抱きつかれたワットは顔を赤くする。
「一緒に行ってあげるんだから、ちゃんと責任持ちなさいよ」
かすかに震える声を聞き、ワットは優しくフランを抱きしめ返した。
「当たり前だ。もうずっと昔から決めてたんだ。絶対お前を幸せにするって」
二人の様子をナナは微笑みながら見守っていた。
ナナと別れた二人は街を出た。フランは楽しそうにワットに問いかける。
「ねえワット、あなた飛び蹴りって出来る?」
いきなりの質問にワットは呆れたように答える。
「出来るわけないだろ。なんだよ急に」
フランは笑った。
「そうよね、普通は出来ないわよね。ナナさんってすごく運動神経がいいのよ。かっこよかったわ」
その言葉にワットはじとっとフランを睨む。
「お前王子様みたいな奴が好みなんだろ?」
「うん、でもナイトもかっこいいかなって」
「はあ?」
「あ、でも女の子が強い場合はどっちがいいんだろ。ハチさんは王子様っていうよりはナイトって感じよね。二人とも強いっていうのも素敵だわ」
ワットの頭に「?」が浮かぶ。
「お前なんの話してんの」
「ナナさんとハチさんの物語を想像してたのよ。ナナさんは戦えるお姫様で、ハチさんは姫を守る騎士。身分違いの恋なんてとても燃えるわ」
ワットは興味を無くしたように言葉を発する。
「兄妹なんだから恋愛ものじゃねえだろ」
するとフランは目を瞬かせた。
「何言ってるのよ、二人は恋人でしょ」
その言葉にワットは「はあ?」と呆れた声を出す。
「どうみても兄妹だろ。見た目は似てねえけどな」
フランは一瞬間を置いて大袈裟にため息をついた。
「いやね、これだから男は鈍いって言われるのよ。何を見て兄妹なんて言ってるのかしら」
「お前は脳内恋愛だらけだからそう思いたいだけだろ」
二人は言い合いを続けながらも共に歩いていった。
悪魔の腕は大きく鞭を打つかのごとくハチを襲う。増大した力によりハチは避けることを余儀なくされていた。
「お前との戦いはなんっか気持ち悪いなぁ!さっさと死んでくんねぇかなぁ!」
叫びながら悪魔は一気に間合いをつめた。腕を振り上げ叩き下ろす。ハチがそれをかわした瞬間悪魔は体をひねり硬化させた足でハチを蹴り飛ばした。攻撃を受けきれなかったハチは勢いよく木にぶつかる。
「がはっ………!!」
血を吐くハチを見て悪魔は高笑いをする。
「あーわかった、わかった!どういうわけか知らねえがお前は一発目は避けられるんだよなぁ?でも速い攻撃は連続では避けられない。目は良いが体がついてこれねえか?もったいないねぇ。まあでも今のは刀で受けてなきゃ頭が吹っ飛んでた、よく反応したよ」
よろけながら立ち上がるハチを見て悪魔は嘲笑う。
「それが人間の限界だ。俺を怒らせたことを後悔するんだな」
しかし悪魔は眉を寄せる。立ち上がったハチの口元にはわずかに笑みが浮かんでいた。