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ハチはなんともやる気のない悪魔を見て眉をひそめた。
「仲間になったら俺たちは何をするんだ」
悪魔はつまらなさそうに呟く。
「召集がかかるまでは戦力探しでもしてもらうか。ああ、それか俺みたいに食糧確保をしてもらうのもいい」
「食糧確保?」
悪魔は目をぎょろりとさせハチを見る。
「人間の確保は大変だろ?仲間には定期的に食糧を分け与える。悪魔を仲間にするには一番手っ取り早い。そのために俺たちはいろんな施設へ資金提供し、信頼を得て人間を確保してるんだよ。よくそんなこと思い付くよね」
悪魔は二人を見て鼻で笑う。
「お前ら良い面してるから便利そうだ、いいよなぁ。俺なんかこんなだから鉱山の管理なんてさせられてんだ、理不尽だよなぁ」
ハチは冷静に問う。
「協会とも繋がりがあるのか?」
悪魔は一度黙りハチを見据える。そしてゆっくりと口を開いた。
「ああ、もらってるよ」
ナナの顔が青ざめる。
「近々もらう予定は?」
その質問に悪魔は疑念を持ちながらも答える。
「今日だな、喰いたいのか?まあいろいろ教えてやってもいいけどよ………」
悪魔は二人に冷酷な目を向けた。
「どうもお前ら、こっち側じゃねえ気がすんだよなぁ。お前ら、何が目的だ?なんで一緒に行動してる?」
ハチの手に力が入る。
「俺たちは『心臓喰らい』を探してる。情報を持ってないか」
悪魔はその言葉に眉を寄せる。
「心臓喰らい?心臓だけ喰うのか?贅沢な奴だなぁ、もったいねぇ。で、なんでそいつを探してんだ」
「それは言えない」
ハチの言葉に悪魔は大きくため息をつきゆっくりと腰を上げた。
「わかった、どっちにしろお前らは信用出来ねえ。ここで殺すわ」
悪魔は気だるそうに首をならした。
ハチは刀を構えて静かにナナに言葉を紡ぐ。
「ナナ、フランを探せるか?協会にいなければ採掘場付近のどこかだ」
「やってみる」
「神父やシスターは敵の可能性がある。気を付けろ。何かあればすぐに呼べ」
「わかった」
ナナは素早くその場を離れていった。
ナナが走り去る様子を見ながら悪魔はハチに問う。
「一人で俺とやる気か?まぁあのお嬢ちゃんじゃ戦力にはならねえだろうけど」
そう言いながら悪魔は羽と鋭い爪を出す。
「人間じゃ俺には勝てねえよ!」
飛びかかってきた悪魔の攻撃をハチは刀で受け止めた。
ナナは協会の礼拝堂へと足を運んでいた。こんな時間に明かりがついていたのだ。扉を開き中を覗く。一人の女性が席に座っていた。女性はナナに気付き立ち上がる。昼間に見たシスターだった。
「こんな時間にどうされましたか?礼拝堂の開放時間はまだですよ」
ナナは緊張しながら口を開く。
「友達を探してるの。ここにいるはず」
シスターはため息をついた。
「もしかしてフランですか?てっきりワットがそそのかしたものと思ってましたがあなたでしたか」
シスターはナナを見つめて諭すように言葉を発する。
「あなたはまだわからないかもしれませんが、一度定められた運命をねじ曲げることは許されません。全ては神の導きなのです。その導きに従うことが私たちの使命ですよ」
ナナは震える手を握りしめシスターを見つめる。
「それで彼女が命を落とすとしてもですか」
シスターは冷ややかな目になった。
「それが彼女の運命ならば致し方ありません」
「里子に出された子達がどうなったか、あなたは知ってるんですか」
「ここを出た子達と連絡を取ることは禁止されています。どんな運命が待ち受けていようとそれがその人の人生。受け入れるべきです」
ナナは緊張しながらもシスターを睨み付ける。
「人がどうなろうと私には関係ない。でもフランは助ける。あの子は『良い子』だから」
ナナの言葉にシスターは驚き、そしてくすっと笑った。
「あなたはとても自分勝手な人ですね。人の命は平等ですよ」
下から階段をのぼる足音がした。教壇側の壁にはドアがあり、そこから神父が顔を出す。フランも一緒だった。
「フラン!」
ナナの声にフランは顔を上げた。暗い表情がわずかに緩む。
神父はナナを見てにこやかに微笑んだ。
「お嬢さん、若者は時に大胆な行動に出るものです。けれど善し悪しがわからぬ場合は大人が道を示すのが道理。フランはそれを理解してくれました」
フランは怯えているようだった。うつむくフランにナナは問う。
「フラン、あなたが望めば私たちはあなたを助ける。どうする?」
フランはナナを見た。自分とそれほど変わらない少女なのにやけに頼もしく見える。フランは泣きそうになりながらもしっかりと言葉を紡いだ。
「ワットと一緒に行きたい!」
その言葉にナナは微笑んだ。
悪魔は素早い攻撃を繰り出していた。いつもならすぐに片がつくはずだったが、対峙する少年は戦いの心得があるようだ。
「お前目がいいなぁ、人間にしちゃあ身体能力も高いじゃねえか。殺すのはもったいねぇなぁ」
言葉を発しながらも悪魔はハチを翻弄する。悪魔が蹴りをくらわせようとした時、ハチは一瞬視界から消え悪魔の隙をついた。
刀を振り上げ悪魔の腕めがけて振り下ろす。しかし悪魔の腕は刃を通さなかった。
悪魔の腕は黒く光沢を帯びていた。
悪魔はにやりと笑う。
刀を弾かれたハチは悪魔の蹴りをまともにくらい激しく地面に叩きつけられた。
刀で体を支えながらハチは立ち上がる。
「見たことねえか?一定の力がある悪魔には硬化能力がある。そんな簡単に悪魔は切れねえんだよ」
ハチは大きく息を吸い呼吸を整える。
「知ってる。見たことがある」
その言葉に悪魔は「へえ」と呟いた。
「そんな悪魔に出会ってよく生きてたな。お前が倒したのか?」
「いや、俺じゃない」
悪魔はつまらなさそうに舌打ちした。
「だよな、お前はあいつらより弱い」
そう言って悪魔は銀色に輝くドッグタグを懐から取り出した。
ハチは目を見張る。
悪魔が持っていた二つのタグは、特殊警備隊のものだった。