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悪魔は脇腹を押さえていた。少年に蹴り飛ばされたのだ。
「なんだよおまえぇ、こっちはこれからこの町最後の飯だっていうのによぉ」
ふらつきながらも怒声を浴びせる。
「俺は子供が喰いたいんだよ!お前なんか喰ってもなんもうまくねえ!どうしてくれんだバカが!」
言うや否や、悪魔は鋭い爪を少年に振り下ろした。少年は刀でそれを受け止める。
(反応したな、見えてるのか)
続けて何度も攻撃を繰り出す。しかし攻撃は少年に当たらなかった。受けられ、かわされる。
悪魔は一度距離をとった。
(反射神経が良いって話じゃない気がするな…なんだ?なんか気持ちわりぃ)
悪魔は少年に問いただす。
「おいお前、能力者か?」
少年は刀を構えたまま答えた。
「そうだ」
少年の返事に悪魔は舌打ちした。
(最悪だな。小僧とはいえ能力者と戦うなんて御免だぞ)
悪魔は不適に微笑んだ。
羽を出し一目散に逃げ出した。
(逃げちまえば追ってこれねぇ………)
はずだった。
しかしどういうわけか逃げた先の視界に少年が現れ刀が振り下ろされる。
「ぐあああぁぁぁっ!!」
悪魔の両足が切り落とされ男は地面で悶え苦しむ。
少年は苦しむ悪魔を冷ややかな目で見下ろし、続けざまに羽も切り落とした。
「や、やめてくれ、死んじまう!」
足と羽を奪われた悪魔に逃げる術はなかった。
「お前に聞きたいことがある」
少年は冷静に悪魔に問いかける。
「『白い羽を持つ者』のこと、なにか知ってることはないか?」
悪魔はその言葉に聞き覚えがあった。
「言い伝えか…?なんでお前がそんなことを知ってる………」
少年は答えない。悪魔は警戒しながらも自分に選択肢はないことを悟っていた。
「白い羽を持つ者、世界を破壊し、我ら悪魔を救う救世主となる、だっけか…そんなもん単なる迷信だろ………」
悪魔が持つ羽は総じて黒だ。白い羽など見たこともない。少年はそうか、と呟き別の質問を投げた。
「じゃあ『心臓喰らい』のことはなにか知らないか」
今度は聞き覚えのない言葉だった。
「聞いたこともねぇな………」
「………そうか。じゃあもう一つ」
「まだあんのかよ!おい、質問に答えてんだ、逃がしてくれるんだろうな?!」
少年は悪魔の言葉を遮るように刀を突きつける。
「あの子供は、なにか『悪』をおこなったのか?」
悪魔には質問の意図がわからなかった。
悪魔が人間を襲うのは食事のためだ。人を喰わないと悪魔は死ぬ。選り好みはあれどたいてい狩りやすい人間を選ぶ。
「なんだよ、お前ら人間は俺らを悪とするが、こっちからすりゃただ食料を調達してるだけだ!なにがいけねえんだ!」
悪魔の叫びに少年の表情は変わらない。
「喰われる側からすりゃ悪だからな。『善』が『悪』に殺されるなんてあっちゃいけねえ。そうだろ?」
少年の目に怪しい狂気が宿る。
「『悪』を喰えば『善』、人間も悪魔も変わらねえよ。善も悪も存在する。お前はやっぱり、ただの『悪』だったな」
少年は異様な笑みを浮かべ刀を振り上げた。
「『悪』はこの世から排除しねぇとなああ!?」
少年の一振りで悪魔は完全に事切れた。血にまみれた姿はとても『善』とは言い難いかもしれない。
襲われた少年を病院に送り届け戻ってきたナナは少年に近寄る。ナナの気配を察した少年の目に狂気はすでに存在していなかった。
「ハチ、あの子がありがとう、だって」
少年、ハチは少しだけ悲しそうに微笑んだ。
悪魔を見つけるのが遅れてしまった。この世界で片足を失って生活するのは容易ではないだろう。
「騒ぎになる、もう行こう」
ハチとナナは静かにその町を立ち去った。
空は暗くなり、外にいるのは警備隊だけとなっていた。事件現場では数人の警備隊員が話をしている。そこに二人の若者が現れた。特殊警備隊である証のドッグタグが青年の首もとから見える。
青年は倒れている悪魔の亡骸を見て眉をひそめた。
「なにこれ、君たちがやったの?」
警備隊員は慌てて否定する。
「悪魔に襲われた少年の話によれば、若い男女に助けられたと………駆けつけた時にはすでに悪魔は倒されており、その二人の姿はありませんでした」
話を聞いた女性、いや少女と呼ぶべきか。飴をなめながら口を開く。
「能力者かな?」
「わかんねえけど、残酷な奴ってことは確かだろうな」
その亡骸は手足に羽、首まで切り落とされていた。