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ハチの目には狂気が宿っていた。異様な笑みを浮かべながらハチは言い放つ。
「世界がお前を裁けねえなら、俺がお前を裁いてやるよ!!」
ハチの一振りをヒースは刀で受け止める。しかし受け止めた瞬間腹に重い蹴りが入った。
「ぐはっ………!!」
よろけるヒースの頭にすかさず回し蹴りが入る。倒れるヒースに近付きハチは刀を突き刺した。
ヒースの叫びとともに彼の太ももから血が流れ出す。
(やばい、やばい………!!こいつの方がよっぽど………っ)
ヒースの目にうつるのは笑みを浮かべながら人を刺す少年の姿。ハチはヒースに言葉をかける。
「安心しろよ、お前が受ける痛みはこんなもんじゃない。お前に殺された人の分も、居場所を失ったミセリアたちの分も、きっちり受けてもらわねえと罰にならねえだろ?」
ハチはヒースの腕を切り落とす。
「悪人に手は必要ねえよなあ、悪さしかしねえ」
ヒースは涙を流しながら荒い呼吸で懇願する。
「た、頼む殺さないでくれ!悪かった、本当に後悔してる!もう二度と悪いことなんてしねえよ!!」
その言葉にハチはヒースの舌を掴む。
「お前はよく回る口が自慢だったか?これもいらねえな」
ハチは躊躇なく舌を切り落とした。
「………………っ!!」
転げ回るヒースをハチは見下ろす。
「苦しいか?苦しいよなあ、そうじゃなきゃ殺された人たちがうかばれねえ」
ハチの笑顔にヒースは悪魔を見た。
「しっかりと地獄を味わいな」
小さな集落で起きた事件は雑貨屋を営んでいた男の自宅から被害者の頭部が発見されたことにより、雑貨屋の店主が重要参考人として捜索されることとなった。雑貨屋の店主は行方不明となっている。
「本当にヒースが犯人だったってことだよな」
「ミセリアたちには悪いことをしちまった」
村人たちは小さな食堂で話をしている。空気はひどく重い。
「ミセリアもヒースもいなくなったんじゃこの村も暮らしにくくなるな」
彼らはこの先の未来を嘆いた。
事件の翌日、ミセリアたちは新たな土地を求めて田舎道を歩いていた。小さな子供がいるため足取りは遅い。
「ねえ、どこまで歩くの?まだ先?」
ユカの質問にミセリアは笑顔で答える。
「もう少しかかるみたいですね。でも次に行く村はヤナギたちととても仲良くさせていただいてるみたいですから、きっと住みやすい場所になりますよ」
「ユカはもうお姉ちゃんだから、もうちょっと頑張れるよな?」
ヤナギに頭を撫でられたユカは嬉しそうに笑った。
大家族が歩く様子を遠くから見つめる男の姿がある。彼の手からは弓が作りだされた。男は弓を引き狙いを定める。
「光速の矢」
放たれた矢は光を帯び、女の心臓を貫いた。
ミセリアは血を吐き倒れこんだ。いきなりのことに子供たちは唖然とする。血を流すミセリアを見てヤナギが叫ぶ。
「ミセリアさん!!」
心臓に空いた穴を見てヤナギの顔に恐怖が浮かんだ。助からない、感覚でわかった。ヤナギはミセリアの心臓を押さえる。
「ファティ、なんでもいい、布を出してくれ!!」
ファティは青ざめながらも布を探す。血を止めなければいけない。子供たちは泣きながらミセリアの名を呼び続ける。
泣き叫ぶ子供たちの声を耳にしながらミセリアの目には必死で治療をしようとするヤナギの姿が映った。
「………なんで泣いてるの?」
少年はそう聞いた。ミセリアはこれから自分が犯す罪に、死にゆく少年の未来に涙を流していた。
「だって私は、これからあなたを殺すのよ」
そう答えるミセリアに少年はそっか、と呟いた。
「お姉さんは良い人だね」
思わぬ少年の言葉にミセリアは彼を見つめた。
「あなたを殺そうとしているのに良い人のわけがありません」
少年は笑った。
「だって食べさせてくれたでしょ。こんなに美味しいもの初めて食べたよ」
そして少年はミセリアを見る。
「それに、俺が死ぬことに泣いてくれてる。俺が死んだところで誰も悲しまないんだよ」
身寄りのない、小さな子供が背負う悲しみがあまりにも大きく思えた。
「最後にお姉さんに会えてよかった。一人は寂しかったから。一人で死ぬよりずっと良い」
ミセリアは思わず少年を抱き締めた。この子は私と同じだ。ずっと一人で、誰にも必要とされない。死ぬことを悲しんでもらえない。
ミセリアは少年を殺すことが出来なかった。
ミセリアはわずかな力を振り絞りヤナギに問う。
「ヤナギ……私と出会って……今でもよかったと、思ってくれますか………?」
ヤナギは涙を流していた。
「当たり前だろっ」
ミセリアは微笑む。
「ありがとう………」
私を受け入れてくれて、一緒に居てくれて、私の死に、涙を流してくれて。
ミセリアは静かに目を閉じた。
子供たちの泣き声が永遠と響き渡った。
近くで様子を見ていた女は悪魔の鼓動が止まったことを確認すると男のもとへと戻った。
「あの子たちにあの女は悪魔だったって言わなくていいの?」
女は飴をなめながら男に聞く。男は彼らの様子を見て答える。
「あんなに慕ってた人が悪魔だったなんて知らない方が幸せだろ」
「………それもそうか」
二人は子供たちの泣き声を背に歩き出す。
「でも弱い悪魔で助かったな。体力は残しておかないと」
「出来るだけ早く行け、とも言われてるけどね」
「つっても歩く速さには限界があんだろ」
「足遅いのはお前だ」
「遅くねえよ!お前と比べんな!」
「おんぶしてやろうか?」
「いらねえ!!」
二人は言い合いを続けながら目的地へと向かった。