3
日も暮れた頃、ハチとナナは少し離れた場所から女の家を観察していた。特に何かが起きる様子もない。すでに眠そうにしているナナにハチは声をかける。
「今日は徹夜かもしれないからお前は先に帰っていいぞ。一人で帰れるだろ?」
ナナは首を横に振る。
「一緒にいる」
その様子を見てハチは苦笑した。
二人に近付く人影があった。大きな木箱を背負った少年が二人。少年たちは家を見つめるハチとナナの姿を見つけ眉を寄せた。
二人と視線がかみあう。少年たちは不審な二人に警戒しながら問う。
「誰だお前らは。なんでこんなとこにいる」
少年の視線は冷たいものだった。
ミセリアは不審な気配を感じ家を飛び出した。子供たちは何事かと後を追う。玄関から飛び出すとそこには見知った顔が揃っていた。
「ミセリアさん!こいつらずっと家を見てたんだ、薬草泥棒かもしれない」
そう言ってハチの腕を捕らえていたのはこの家の長男、ヤナギだった。ヤナギよりも小柄な次男、ファティはナナの手首を握っている。
その様子を見たミセリアは顔色を変えて叫んだ。
「二人とも、早くこっちにいらっしゃい!」
初めて見るミセリアの表情にその場にいた子供たち全員が驚いた。
「どうしたのミセリアさん、なんで………」
「いいから早く!その二人から離れて!」
あまりの険悪な雰囲気にヤナギとファティは手を離しミセリアの元へと走った。
自由に動けるようになったハチとナナは全員の様子を伺う。ミセリアは子供たちを庇うように二人を見つめ、子供たちは彼女にくっつくようにこちらを伺っていた。
「な、何か用ですか」
上ずった声でミセリアは問う。警戒するのは当然のことだった。
ハチはミセリアに言い放つ。
「あんたが『悪』かどうかを確かめに来た」
ハチの言葉にその場にいた全員が雰囲気を変えた。ミセリアは動揺を見せ、子供たちは敵意をハチに向ける。
一歩前に出たのはヤナギだった。ハチと同じ年頃だろう、ハチよりも若干背が高い。
「どういう意味?ミセリアさんが悪なわけないだろ。ミセリアさん、こいつらなんなの?」
ヤナギの質問にミセリアは震える声で答える。
「この人たちは、私が悪魔だということを知っているの」
その言葉にハチやナナ、その場にいた全員が驚愕した。
ヤナギとファティは懐から短刀を取り出した。ヤナギはハチに問う。
「特殊警備隊か?ミセリアさん、下がってて」
ハチは不思議な感覚だった。彼らは全員、ミセリアが悪魔だということを知っている。知りながら共に生活し、彼女を守ろうとしている。
探し求める形が、ここにあるのかもしれない。
「特殊警備隊じゃない。君たちと話がしたい」
ハチの言葉に彼らはミセリアを見た。ミセリアはナナとハチを見つめた後、ハチの提案を承諾した。
家の中へ招かれると、そこは明るい大家族の様相だった。見る限りでは子供が九人、ミセリアを含めると十人家族となる。一番年上はおそらく15才ほどのヤナギ、下はまだ1才ほどに見える。
ヤナギは他の子供たちを別の部屋へ行かせた。
「で、そもそもあんたら何者?」
ヤナギは警戒心を解くことなくハチに聞く。
「俺はハチ、能力者だ。こっちは妹のナナ。ナナが悪魔を見分けられる」
ミセリアは不思議そうな顔をしたが何も言わなかった。
「ミセリアさんをどうするつもり?」
「俺はただ、彼女に聞きたいことがある」
ヤナギから敵意を向けられながらもハチはミセリアへと視線をやる。
「あんたは今、何を喰ってる?」
ミセリアは下を向き怯えた。彼女は自分が『悪』であるという自覚があった。
ヤナギが口を挟む。
「それを聞いてどうする?言っておくがミセリアさんは悪なんかじゃない。俺たちの大事な家族だ」
ミセリアの目にはうっすらと涙が浮かぶ。彼女は震える声で言った。
「ヤナギ、いいの、ありがとう。いつこの時がきてもおかしくなかったんです。だって私は、悪魔なんですから」
ミセリアはハチを見た。
「私は、この子たちを喰べています」
ミセリアの言葉にハチは希望を見た。子供たちの態度からしても予想は出来た。でもそれは、人間と悪魔にとってはあまりにも難儀なのだ。
「個人差はありますが本来悪魔は一、二週間ほどの周期で人を喰べます。私は毎日少しずつ、順番にみんなから血と肉をわけてもらっているんです」
するとヤナギが肩を見せる。そこには多少抉れた痕が残っていた。
「これはまだ俺とミセリアさんが二人だった頃の痕だ。俺はまだ小さかったし、少しずつとはいえ痕が残ってる。でも今はみんながいるし傷痕も残らない」
服を着直したヤナギはミセリアを見る。
「本当はもっと喰べるべきなんだ。ミセリアさんを見ればわかるだろ、痩せて顔色も悪い。栄養が足りてない、ギリギリだ」
ミセリアは苦笑する。
「十分ですよ。悪魔は人間よりも頑丈ですから」
その言葉にヤナギは眉をひそめる。
「こう言って喰べようとしないんだ。ここにいる子はみんなミセリアさんに助けられた。多少の痛みなんて我慢できる。もちろん強制してるわけじゃない、小さい子は痕が残る可能性もあるから喰べてないしな」
そしてヤナギはハチを睨む。
「それでもミセリアさんを悪だとするのか?ただ、悪魔だというだけで」
ヤナギの言葉に、ミセリアは寂しそうに微笑んだ。