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少年と少女の姿が見えなくなったのを確認した女は動揺を気取られないようオリバーに質問する。
「さっきのお二人とは何か話しましたか?」
オリバーは首をかしげながらも答える。
「別に大した話はしてないけど。町で薬のことを聞いたから買いに来たんだって。傷薬を買っていったよ」
それを聞いた一人の少女が口を挟む。
「珍しいね、待ってれば町まで売りに行くのに。急いでたのかな?」
「バーカ、旅人だろ」
「ええ?ヤナギ兄と同じくらいじゃん。いいなぁ、ユカも早く一緒に行きたーい」
「お前よりも俺が先だ」
二人の会話を横目にもう一人の少女が女に話しかける。
「ミセリアさん、早く帰ってご飯の準備しよう」
少女の言葉にミセリアは弱々しく微笑む。
「そうね。今日はお店も終わりにしてオリバーも一緒に帰りましょう」
その言葉にオリバーは疑問を持つ。
「なんで?いつもの時間までやったらちゃんと片付けて帰るよ?」
ミセリアは言葉につまる。けれどどうしても一緒に帰る必要があった。
「今日はヤナギたちが帰ってくるだろうから豪華な食事にしようと思ってるんですよ。オリバーにも手伝ってもらおうと思いまして」
初めてのことにオリバーは不思議に思いながらもミセリアの言うとおりにすることにした。
村から少し離れた場所に女の家はあった。まわりには畑が広がり、広い土地には様々な薬草が干してあった。
買い物から戻ってきたミセリアたちを見つけた子供たちが近寄ってくる。
「おかえりミセリアさん!荷物運ぶから貸して。オリバーも一緒に帰って来たの?お店は?」
オリバーと同じ年頃の少女の質問にミセリアは答える。
「今日はやることがたくさんあるから帰って来てもらったんですよ。オリバー、ジウたちの手伝いをしてもらっていいですか」
「わかった」
そう言ってオリバーは畑へと向かった。
「私たちは片付けをしてから料理にとりかかりましょうか。美味しいご飯を作ってヤナギたちを待ちましょう」
少女たちは笑顔でミセリアと共に家の中へと入っていった。
ハチとナナは村を散策していた。民家同士はそれなりに距離があり、村にあるのは小さな食堂と八百屋、この村唯一と思われる雑貨屋くらいだ。
雑貨屋には男が二人楽しげに会話をしていた。年配の男性と20代後半ほどの青年だった。
「こんにちは、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
ハチは二人に声をかける。
「いらっしゃい、見ない顔だね」
答えたのは青年だった。
「さっき薬屋に行ってきたんだけど、あの薬屋はもうずっとここで生活してるの?」
青年はああ、と言って笑った。
「珍しいだろ、こんな田舎の村に薬屋があるのは。僕がこの村に来た時にはもういたよね、どれくらいになるかな」
そう問われた年配の男性はうーんと悩み曖昧に答える。
「ここ十年くらいだったかなぁ。何人も子供を連れててな。薬屋をやるために広い土地を探してるってんでもう使われてない家に住み始めたんだよ。店には子供がいたろ?あそこの母親はめったに顔を見せないんだ。まあ母親といっても血は繋がってないけどな」
「ミセリアさんならさっき買い物に来たけどね。子供たちだけじゃ持てない重い物を買う時くらいだよ、店に来るのは」
「この村には若者が少なくてな。ミセリアとヒースが来てからずいぶん生活が楽になって助かってるんだ。もともとは町まで買い物に出かける必要があったからな」
年配の男性は青年に目をやる。
「いやぁ、僕のほうこそ定住できる家が出来て助かってるからね。持ちつ持たれつだよ」
ヒースと呼ばれた青年はにこやかに笑った。
「ところで君たち、もう日も暮れはじめる時間だけど大丈夫なのかい?」
ヒースは不思議そうな表情で二人に問う。すると年配の男性も口を挟む。
「ああ、確かに。町まで四、五時間かかるだろ?暗くなっちまうぞ」
「目的地はキササゲなんだ」
するとヒースは驚きの声をあげる。
「これから行くのか?ここからだともっとかかるぞ」
「やめとけ、山道も歩くことになるし。一度町に戻った方がいい」
「今日はこの村に泊まろうと思って宿屋を探してたんだよ」
男性は困ったな、と頭をかく。
「この村に宿屋はないぞ。誰も来ないからな」
ナナの脳裏に野宿の文字が浮かび顔をしかめた。
「そんな嫌そうな顔すんな、野宿は慣れっこだろ」
その様子を見た男性は不思議そうにする。
「一度町に戻ればいいのに何かわけでもあるのか?」
ハチはばつが悪そうに笑った。
「ここまで歩いてきたから妹がもう限界で」
その言葉に二人は納得する。
「まぁこんなか弱い女の子にとっては大変な道のりだからね、当たり前か。そうだ、ダイさんの家がまだそのままだっただろう?そこを使ってもらってもいいんじゃないかな?」
ヒースの言葉に男性も頷く。
「ああ、確かに。一年ほど放置してる家があるんだよ。そこでいいなら使っても構わんぞ。まあだいぶ埃だらけだと思うが」
そう言って男性は椅子から立ち上がった。
「案内してやるよ。じゃあヒース、また夜にな」
連れてこられた家は男性の言うとおり長い間誰も暮らしていない様子だった。
「ここに住んでいた人はどうしたの?」
ハチの質問に男性は窓を開けながら答える。
「亡くなったんだよ。もう歳でね。独り身だったからこの家もそのままさ」
老衰、ということだろうか。
「人が少ないとすぐ気づいてもらえるだろうね」
ハチの呟きに男性はそうだな、と答える。
「ダイのじいさんが亡くなったのが最後だったか。数年前にミセリアんとこの子が一人亡くなったが、子供が亡くなるのはどうにも心苦しくてかなわんな」
そして男性はあとは自由にしてくれ、と言い残して立ち去っていった。