騙される人形
古い民家が立ち並び、平和だった町にそれは訪れた。制服を着た体格の良い男が数人、無惨な姿となった者を観察する。
「二人目か。これで決まりだな。特殊警備隊に連絡をしてくれ」
男の部下は敬礼をした後すぐさま走り去っていった。
「しかしひどいもんだ。子供を狙うとは」
「偏食だな。手足だけ喰われてる。住民に警告を出してくれ。特に子供はしばらく出歩くなと」
「了解。特殊警備隊の奴らが来るまで果たして悪魔が留まっているかどうか」
町を渡り歩く二人の少年と少女は町の異様さを感じ取った。大人はいるが子供の姿が一切見あたらない。食堂に入り席へ座ると年配の女性が声をかけてきた。水を二人分出してくれる。
「旅の人かい?嫌な時に来たもんだね」
少年は女性に会釈をする。
「何かあったの?」
「悪魔が出たのさ。警備隊のやつらがうろうろしてただろ。昨日二人目がやられてね、専門家待ちってわけだ。何にする?」
少年は二人分の食事を注文した。
「被害者はどんな人か情報は出てるの?」
「ああ、二人とも子供だよ。まだ12そこらだったんだけどねえ。家の手伝いをしてくれる良い子だったのに、ひどいもんさ」
厨房へ歩く女性を見送ると少女が口を開く。
「特殊警備隊、どれくらいで着くのかな?」
彼らにとってそれはとても重要なことだった。
「昨日連絡がいったとすれば早ければ今日到着するかもな」
少女は緊張した面持ちで呟いた。
「どうするの?」
少年は間髪入れずに答える。
「探すぞ。特殊警備隊が来る前に見つけて、さっさとこの町を出よう」
運ばれてきた料理を平らげ、二人は颯爽と町へと出かけた。
少女は常に少年の影に隠れて歩いていた。辺りを見回しながら少年は問いかける。
「どうだ、まだ気配はあるか?」
問われた少女は頷いた。
「まだいる。でも見つけにくい」
少女は少年の服を掴む。彼女は不安や緊張をするとよくこうするのだ。
「食事は昨日だったんでしょ。しばらくはきっと動かないよ。任せちゃってもいいんじゃないの…?」
特殊警備隊は悪魔退治の専門家だ。彼らに任せれば彼が手を下す必要はなくなる。
少女の思いは彼には届かない。
「うん、夜まで探して見つからなかったらそうしよう。俺らはあいつらに聞かなきゃいけないことがあるからな」
薄暗くなった道で男が一人の少年の口をふさぎ組強いていた。少年の目には涙と恐怖があった。男は隠していた爪と牙をむき出しにし、次の瞬間、少年の片足を切り落とした。
少年の悲鳴にならぬ悲鳴が響く。男は声高々に笑った。
「ああ、最高だなぁ!やはり子供は良い、匂いも味も、切り落とす感覚も全て!」
殺される、少年は自分の命がわずかなのだと悟った。
(なんで俺が……なんで、なんで!!)
少年の近くには薬が散乱していた。母と弟のためのものだった。すぐに帰れば大丈夫だと思ったのだ。
「人のいる道を歩くのよ、すぐ帰ってくるのよ、いいわね?」
「わかってるよ、大丈夫」
「気を付けてね」
不安そうに見送る母の姿が目に浮かぶ。
(嫌だ、死にたくない!!)
少年が心で叫んだ時、男の姿が視界から消えた。鈍い音とともに男の悲鳴が響く。
「ナナ!その子を頼む!」
誰かの声が聞こえた瞬間、少年は少女に担がれていた。何が起きているのか理解出来なかった。ナナと呼ばれた少女はすごい速さでその場から走り去る。
少年が見たものは、男と対峙する人の後ろ姿だった。
十分に距離がとれたところでナナは少年を一度地面へとおろし、切断された足の止血をした。少年の顔は青ざめ呼吸も荒い。
「大丈夫、これくらいじゃ死なない。気をしっかり持って」
そしてまた少年を担ぎ走り出す。
朦朧とする意識の中、少年は彼女に聞いた。
「さっきのは悪魔だ…」
「うん」
「あのお兄ちゃんは、大丈夫なの…?」
ナナはかすかに微笑んだ。
「大丈夫だよ。あのお兄ちゃん、強いから」
少年の目からはさっきまでとは違う、安堵の涙が流れ出した。助かったのだ、そう実感できた。
少年は少女の首に手を回し抱き締めた。
「ありがとう、お姉ちゃん…ありがとう…っ」
片足をなくした少年はきっとこれから大変な人生を歩むだろう。ナナはそう思った。
彼女は慰めの言葉はかけなかった。